ーーー料理人を志したきっかけをお伺いできますか?
小さい頃から食べることが本当に大好きで、両親が食べ歩きが好きだったことも影響していると思います。僕の家は月に一度は必ず家族で外食しに、近所だけでなく車で30分〜1時間ほどかけてレストランに行く習慣がありました。家では母親がレストランで食べた味を再現したりアレンジしたり。なので僕も幼少期から「食」にはすごく興味がありました。母親が健康食品の店をやっていた関係で、家で食べる時は必ず玄米食でしたね。
ーーーお母様が健康食品の販売をなさっていたのですか?
そうなんですよ。小学校6年生の時に、友達の家でコンビニで売っているような普通のポテトチップスを食べたら鳥肌が立つほど美味しくて(笑)。結論、この美味しさの秘密は化学調味料だった、というところではあるのですが、当時の僕には今まで食べたことのない衝撃的な美味しさとの出逢いでした。そこからさらに「食」への興味が強くなり、料理人となってからは化学調味料に頼らない旨味を追求してきました。
ーーーどういった経緯で料理人に?
大学の掲示板に、学生の僕たちには手が届かない高級店として有名なイタリアンの求人があるのを見つけて、「ここで働けばきっとおいしい料理が食べられる」と思い、働き出したことでイタリアンの世界にハマったんです。当時、僕は群馬県に住んでいましたが、本に載っているような都内のイタリアンの名店にも足を運び、バイト代を注ぎ込んで大学生時代はひたすら「食べ歩き」が趣味でした。
ただ、一度の東京遠征でそれなりの金額を使うので、お金がいくらあっても全然足りないわけですよ。ならば勉強して自分で作れるようになろうと思ったんです。働きながら友人から会費を貰って料理を振る舞うなどもこの頃にはすでにしていたのですが、イタリアへ行く機会が巡ってきたことをきっかけに、「食」に対して趣味としてではなく料理人になるという道を選びました。
ーーーイタリアでの生活はいかがでしたか?
まず北イタリアのドモドッソラという街にある調理師専門学校に通いました。勉強期間とレストランでの実践期間を合わせた半年間のプログラムに参加したんです。現地でも勉強だけでなく色々なレストランに食べに行きましたが、日本にいた頃からイタリアンの名店の本をずっと見ていて、「落合シェフの元で働きたい」という想いがどうしても強くて、イタリアから手紙を送ったところ僕の働き先に落合シェフから電話が来たんです。
イタリアから帰国したら連絡するよう言われたのですが、半年で帰国する旨をお伝えしたところ、落合シェフから「せめて一年間はイタリアにいなさい」と言われ、ビザを申請して結局一年以上滞在する形になりました。ですが、帰国まで残り僅か3ヶ月となった頃に、落合シェフが当時いらした店を辞められたことを知ったんです!僕が慌てて落合シェフに連絡したら、帰国日を知らせるよう言われ、なんとか落合シェフと会えることになりました。二人で色々な話をした結果、一度地元に戻り、アルバイトをしながら落合シェフが次の店をオープンされるのを待つ形で話がまとまりました。それから半年ほど経った頃に色々な料理本を見ていたら、とある雑誌で落合シェフが銀座に店をオープンするという記事をたまたま発見して、またか!(笑)と。再度、すぐに落合シェフに電話をして東京に行き、23歳の時に【LA BETTOLA da Ochiai】のオープニングスタッフとして働くことができました。
ーーー独立までのお話を伺えますか?
落合シェフの店を辞めた後も先輩などからのお声掛けで色々な店を手伝っていました。僕には30歳の頃には独立したいという夢があったので、2004年に会社を設立し、ギリギリ29歳の時に一軒目である【DAL-MATTO】を西麻布にオープンすることができました。
僕はなるべく店の価格帯も安くしながら食材を大事にしたいという想いがあったので、色々な産地や農家に行ったのですが、落合シェフの元で働いて、価格を抑えられるのはシェフの人脈があってこそというのも感じていました。やはり「人とのお付き合い」があるじゃないですか。落合シェフと同じレベルまでとはいかずとも、お客様には色々召し上がって欲しいという想いもあり、少量多皿のコースを当初5,000円でスタートしたんです。ですが、食材を探して色々と使いたい食材に出逢えても店のコンセプトを考えるとどうしてもコストが合わなくて。相談や交渉を繰り返しながら生産者・業者の方々には本当にお世話になり、面倒を見てもらって実現できた価格帯でした。
ーーー「おまかせコース」にした経緯について教えてください。
当時は「おまかせコース」が世の中にはなかったんですよ。20年前は大体、プリフィックスコースかアラカルトのスタイルが多くて。そんな中で唯一「おまかせ」が存在したのはお寿司屋さん。でも現在の認識とは違って、あくまで同じ店に何度も足を運び、常連になったお客様の特権みたいな位置付けでした。かっこいいじゃないですか、僕も憧れていたので。ならば僕の店では最初から「おまかせ」にして苦手食材を伺い、あとは僕たちに身を委ねていただくことで、お客様に常連気分を味わっていただけるかなと思ったんです。また、ご予約時に人数が把握できるので、季節の旬の食材を仕入れる際は大口で注文が可能となり、値下げ交渉ができたり廃棄食材も極力減らすことで原価率も下がり、その分をお客様に還元できるという店にとってもメリットがあることが分かりました。
当時は「メニューを書いたり作った方が良い」「選べるようにアラカルトにしたら?」など色々な声があったのですが、徐々にお客様も慣れてくださって。当時はグルメサイトもなかったので、ネットより雑誌の情報や口コミからお客様が興味を示してくださり、客数も増えていきましたね。
ーーー今では「おまかせコース」が主流となりましたが、今回のリニューアルでは敢えてスタイルを変更されたとか?
仰る通り、「おまかせコース」の店が時代の変化と共にどんどん増えて、20年経った今では海外でも主流になり、増えすぎちゃいましたよね。そうなってくると最近ではアラカルトに焦点があたってくる流れが出てきたり。なので僕は両方の良いとこ取りができる店をやろうと思い、この【P-MATTO】を作りました。
先程お伝えしたように、「おまかせ」のメリットは「食材を無駄にすることがない」という点です。例えば、アラカルトのみの店で天然キノコを仕入れても、お客様に選ばれなかったら当然ダメになってしまう。だから、当店ではお客様に必ずオーダーしていただく「おつまみ前菜」というメニューを作り、旬の食材を無駄なく美味しいうちに召し上がっていただけるよう、僕たちに委ねる「おまかせ」部分を残しながら、アラカルトも用意して自由度も持たせるようにしたんです。
また「おまかせコース」が世の中に溢れたことで、昨今の20〜30代の方々は自分でメニューを選べなくなってしまっている点を僕は危惧していて、少しでもこの流れに変化を付けられたら、という想いから料理だけでなくドリンクもアラカルトで選べるスタイルにしました。
ーーー原点にまた戻っていく感じでしょうか?
流行りというものはぐるぐる回るものなので。「おまかせコース」は店にとってメリットは多いですが食べきれないというお客様も最近では増えてきましたし。20年間店をやっているので、お客様の変化も感じます。自分も食べることが好きだからこそ、コースのボリュームの負担や予約時間の柔軟性の無さは理解できるんです。2〜3年ほど前から、この点についてはアラカルトの自由度の高さを再認識していましたね。
ーーー今回のリニューアルでは料理の提供スタイルだけでなく店名も変えられましたが、影響はありましたか?
少なからず影響がありました。これまでに築いてきたイメージがお客様にはあって、当店に予約しようとすると「【ダルマット本店】は無くなっちゃったんだ、とりあえず冷製パスタが食べたいし支店に行こう」という流れにはなっていて、明らかに支店の方が売上も上がっているんです。コンセプトを変えたので名前も変えた方が良いだろうという単純な考えで変えたのですが、本当はそうじゃなかったのかもしれないと最近悩みどころでもあります。
ーーーコンセプトを変えることに迷いはなかったのですか?
お客様の視点で考えた時に、このようなスタイルの店があったらふらっと立ち寄れて使い勝手が良いだろうな、と思ったから迷いはなかったです。おつまみが自動的に出てきて、好きなワインを飲んでパスタを一品だけ食べて帰る日もあれば、たくさん食べたい日は注文を追加すればいいので。とはいえ、使い勝手が良すぎて安っぽい印象になってしまうのは避けたくて、オーダー必須の6,000円の「おつまみ前菜 -6品-」を設けました。もちろん、価格面にしっかりと納得していただける内容であることは大前提です。
例えば「フジタ水産」の鮪や、珍しいところで言うとキャビアのカラスミを使ったり。イタリアにはカラスミといっても鮪やキャビアなど色々な種類があって、当店ではキャビアのカラスミを削ってお出ししているのですが、見た目が黒いので結構皆さん驚かれるんですよ。
また、「おつまみ前菜」にはお客様の苦手食材を出さないよう配慮し、よりご満足いただけるような対応をしています。前菜以降はお好きなものを選んでいただき、少しずつ色々なものを食べて楽しんでいただけたらと思いますし、ご希望があればパスタの増量などにもフレキシブルに応じています。まだまだ珍しい提供スタイルなので皆さん戸惑われることもあるのですが、ご来店後はまず僕たちからしっかりと注文システムをご説明させていただいています。
ーーーお店のコンセプトを変えたことで改めて感じたことや難しさはありますか?
「おまかせコース」の方が受け入れられている、というのは今のスタイルにしたことで分かった部分ですね。特に常連のお客様は、僕たちに任せることに慣れていらっしゃるということへの気付きがありました。反対に今のスタイルを好いてくださる方もいますが、リピート率なども鑑みると僕としてはまだ早すぎたというか、時代的に受け入れられていない感覚があります。
ならば思い切ってアラカルトだけの店にした方が良かったのかもしれないし、お決まりの「おつまみ前菜」というハードルが邪魔なのかもしれないと思ったり。「おまかせコース」よりアラカルトの方がこれからの時代は選ばれていくという見立てのもとでリニューアルし、お客様にも受け入れていただけたら他の店舗も含めシフトチェンジしてみてもいいかなとは思ったのですが、迷子ですね…。悩んでいます。
お客様の選択肢として、決まったコースの店よりも内容も量も「選択ができる」店の方が今後伸びていくのではないかなと思っていますし、これについてはかなり確信を持っていて、だからこそリニューアルをしたんですけど。今は我慢の時期なのか僕の考えている方向性に何か間違いがあるのか…というところです。
ーーーお客様自身の食に対する想いや求めているものにも変化があるのでしょうか?
20年前はブログはあれどSNSはなかったので、今はそれが強い時代ですよね。珍しい食材も食べ歩きされているお客様はすでに知っていらしたり。食の知識が豊富な方が以前より格段に増えましたね。あと、最近はよく営業電話やDMが来るんですよ。「SNSでレストラン紹介をしているので無料で食べさせてくれたら紹介します」みたいな売り込みが(笑)。時代ですよね。
PR会社などからも営業が頻繁に来るのですが、そうなるとPRのハッシュタグが付くじゃない?PRにお金を払っているものに対して僕自身が惹かれないので。ですが、時代的に何かしらSNSもやった方がいいのかなと悩んだりはしますけど。
実際に僕も初めて行く地方ではTikTokを見て行きたい店が見つかったりするので、便利な世の中だとは思いつつ、僕はSNSが苦手なので。得意な人に店のプロモーションなど協力を仰ぐのも時代的には合っているのかもしれないです。そういうところに今はお金をかけるのでしょうね。昔は本しかなかったですが、僕たちも時代に追いつかないといけないなとは思います。
ーーー何か若手スタッフに伝えていることや信条はありますか?
仕込みや食材の使い方については細かいことが色々とありますが、共通して言えるのは「手間暇を惜しまず丁寧に取り組む」こと。それが面倒に感じるのならば料理人じゃないですし、料理人は向いていないので辞めた方がいい。あとは「いかにお客様に喜んでいただけるか」をまず前提に考えるという点ですね。お客様は神様というわけではないですが、店に来て楽しんで帰っていただくことが料理人として大切であると思っています。そのために店はあるので、本質的な部分を勘違いしないように!と伝えています。もちろん、ある程度のルールは店にとっても必要ですが、「絶対ダメです!」ではなく、お客様のご要望との落としどころをちゃんと見つけていくことですね。なるべく楽しんで帰っていただける方法を考えることを僕は一番重要だと考えているので。居心地の良い店の方がいいじゃないですか。
ーーー最後に、平井様にとって「おいしい」とは?
「おいしい」は「満足感」にも繋がることだと思います。心が楽しくなるというか、料理を口に含んだ瞬間に思わずニヤけてしまったり。これは僕自身が断食道場に行った時に思ったんですよ。
4日間は完全に食事を抜き、その後は回復食としてお米を煮た汁(おもゆ)とピューレ状にしたほうれん草が出てきたのですが、ほうれん草は本当に若干の塩味が付いていて、久しぶりに食べ物を口にしたからか、食べた瞬間に「ウマッ!」と思いました。普段だったらおいしいなんて感じないと思うような味付けでも、その時はとにかくおいしかった。あと口に食べ物が入り咀嚼できることが嬉しくて楽しくてしょうがなかったんです(笑)。
味だけでなく「食べている」という行為自体や場の空気によって楽しさがプラスされて、人はさらにおいしいと感じるのだと思います。そもそも人間にはおいしく食べようとする習性が備わっているんですよ。心が踊ったり、思わずニヤけてしまうのが僕の思う「おいしい」ですね。これからも真摯に料理と向き合い、お客様には当店で食事をする楽しみを感じていただけたら嬉しいです。
人々のライフスタイルや価値観が多様化する中、レストラン経営について様々なアプローチに挑み続ける平井氏。食べ歩きの趣味が高じて料理人を志したという平井氏の客人として、また料理人としての視点から導き出された「アラカルトとおまかせの融合」という従来の提供スタイルに一石を投じる【P-MATTO】流の新たな提案に、今後注目をしていきたい。
取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡あずさ
DAL-MATTO Nishi-Azabu Honten is a charming Italian restaurant newly reborn in Nishi-Azabu. The open kitchen counter seating allows diners to enjoy the chef's skills up close, and the at-home atmosphere encourages conversation as the food is prepared. The restaurant uses seasonal ingredients and offers exquisite cuisine that looks as good as it tastes. Every time you visit, you will be surprised and impressed anew.