―――開業から半年、手応えはいかがでしょうか?
良いスタートダッシュを切れていると思います。浅草の前は新橋で6年、蒲田で4年半やってきて、以前の店舗からの常連の方や生ハムやワイン好きな新規の方など、先月は520名ものお客様に足を運んでいただきました。半数がリピーターで、すでに来店3回目の方も30名ほどいらっしゃり、本当にありがたいですね。
―――お店の特徴を教えてください。
イタリアンに和のエッセンスを加えたコース料理とアラカルト、お酒はイタリアのナチュラルワインを中心に揃えています。生ハムはフランス産の24ヵ月熟成ジャンボンオーベルニュ、14ヵ月熟成ジャンボンアルデュード、スペイン産36ヵ月熟成ハモンイベリコベジョータなど、コース料理の約6割に生ハムを使っています。
塩味や脂、旨味を活かしながら旬の食材と組み合わせたものを数皿、他に自家製の手打ちパスタやパン、スープ、デザートをつけた9~10品の構成です。お客様に食感の変化や驚きを感じてもらえるよう、毎月メニューを考えるのは楽しいですね。
―――生ハムというと前菜などを想像しますが、コース料理の主役にもなるのですね。
そうですね。当店では生ハムと発酵バターを乗せた厚切りブリオッシュや、生ハムをお米で巻いた一皿は定番のコースメニューです。果物や野菜はもちろん、魚介との組み合わせもとても美味しいですよ。
―――生ハムに合わせるお酒はどんなものを?
イタリアワインを中心にフランスと日本、珍しいものではブルガリアワイン、クラフトビールを取り揃えています。ナチュラルワインは天候に関わらず今年の出来高で勝負される生産者が多くて、最初からこういう味に仕上げようと決めて造るわけではないので造り手の性格や考えがはっきり出ます。これは生ハムにも通じるんですよ。
僕はソムリエ資格を持っているので、料理に合わせたセレクトや、逆に個性あるワインを主役にした料理を考えます。ナチュラルワインは生産本数が少ないのでラインナップも変わりやすい。自然に委ねるからこそ生まれる相性を大事にしたいですね。
―――生ハムの魅力に気が付いたのはいつ頃ですか?
イタリア北部モデナで1年半ほど料理修行をした20歳の時、生ハムの概念が大きく変わりました。正直、それまで生ハムといえばチーズやトマトと一緒に添えられている前菜くらいの認識でしたが、イタリアでは街のどこでも見かける身近な食材なんです。スーパーにはサルメリアという生ハムやサラミなどの加工品の売り場があって、その場でカット販売していて。パニーニの専門店では好きな生ハムを選ぶと、ずっしりとあふれんばかりに挟んでくれたり。素材の違いはもちろん、使う部位や切り方次第で味の変化、ふわっと口の中で蕩けるような舌触りや食感を出せることに衝撃を受けたんです。
日本では当時、生ハムを主役にした店は少なかったですし、「まだ知られていない郷土料理やお酒を出せる店をやりたい!」と直感的に思いました。
―――生ハムの仕入れで大事にされていることは?
信頼のおける生ハムを選ぶことです。生ハム原木になる前の豚から見ます。産地と値段が同じでも、前足と後足では質感も味も違う。さらにいえば、太っているのか痩せているのか、何を食べてどんな環境で育ったかなど。生産者から直接お話を聞きに直近ではフランス、その前はスペインへ行きました。
細かなことまで教えてくれるとは限りませんが、生産者の人柄やどんな想いで生ハム造りを始めたかなどは伝わります。直接お話を聞くと活力が湧くんです。先日、懇意にする生産者が来日され、店に寄ってもらいました。今後も情報交換したいですね。
―――家亀様の生ハムへの熱意も伝わっているのでは?
少なくとも「安ければ何でもいいわけじゃない」という僕のこだわりは伝わっていると思います。
現地視察の機会は限られるので、インポーターさんとの付き合いも大事。信頼のおけるところから、自分が「一番美味しい」と思えるものを選んでいます。
―――【nacol】の前はどのような経歴を?
料理の仕事をしたくて、中学卒業してすぐ社会人になりました。当時は漠然と「いずれ自分の会社を持って大きくしたい」と思っていて、最初の就職先「商業藝術」では実店舗で接客や料理を学び、その後、より実務的な経験を積むために転職した「グローバルダイニング」では店舗運営について学ぶことを意識しました。
父はフレンチの料理人、僕は6人兄弟の末っ子ですが、兄たちは皆、中学を卒業してすぐ手に職をつけて働いていました。長男や次男はすでに独立して事業をやっていて。彼らの背中を見て自分も早く社会に出て同じように稼ぎたい想いが強かったです。
―――料理人になる決意や、大人と同じ土俵の上で経験を積むことに対して覚悟は必要でしたか?
特に覚悟はなかったですね。どこに着目して生きていけばいいのかということですよね。僕は時間を無駄にしたくないなと。友達が高校に行く間に自分は働いて早く事業を始めたかった。特に食べることが好きなわけでも料理に強いこだわりがあったわけでもなかったのですが、兄弟は誰も料理の道に進んでいないから自分は料理かな、と。父親がフレンチなのでイタリアンをやってみるか!という感覚でした。
すごく人見知りで、人間関係の構築を無難にやるタイプではなかったので、料理学校に通うとか有名店で修行を積むより、飲食業界で色々な形で事業展開する会社で学べば成長できるんじゃないかなと考えました。自分で選んで生きてきたつもりです。
―――独立のきっかけはありましたか?
イタリアから帰国して8ヵ月ほど、イタリアンレストランの立ち上げに携わりました。そこから少しずつ自分でもやりたい欲が出てきて。22歳で独立しました。
新橋に良い物件が見つかり、自己資金の全額300万と銀行から借りた600万、初期費用900万を投入したらオープンを迎えた日の銀行口座には15万しか残っていなかったんです(笑)。「初月に赤字になったらヤバい!即潰れる」のレベルでしたが若さの勢いに任せて、今思えば捨て身でしたね。
でも、新橋という場所も良かったし安い価格設定が当時の流れにはまっていたんでしょうね。ありがたいことに初月から黒字が続き、軌道に乗ったタイミングで店舗拡大と蒲田への移転に繋がりました。
―――経験から得られた自信は大きいですか?
自信と言えるか分かりませんが、こうやったら失敗するとか、大丈夫だろうという感覚的なものは分かってきました。経営者になって従業員を雇い、原材料の調達、経費を支払う立場にならないと分からない気持ちや景色はありますよね。自分でスタートを切らないと始まらないし終わりもこない。アクセルもスピードも自分で決めて全責任を負う。褒められることも怒られることもなくなります。孤独ですが、精神力は鍛えられたかな。経験を積んで随分タフになったと思います。
―――自分の判断や基準に迷いや不安を感じることは?
不安はありますね。でも迷うことはあまりなくて。直感人間なので自分の感覚を信じてパッと行動を起こしちゃいます。行動力は半端ないですよ。失敗したら失敗したで、終わったことはあまり気にしないタイプですね。
―――これまで最も苦労したことは何ですか?
やはり一番はコロナですね。当時、蒲田の店は30席くらいあったので従業員も多くて。給料の支払いに加えて時間や人数など、厳しい制約のもとで営業を続けるのは精神的にもきつかったです。
―――コロナ禍を経て、経営方針は変わりましたか?
大きく変わりました。量より質という想いがより強くなりましたね。コロナ禍を経て、再び制約がない環境で営業できる喜びもありますし、お客様も誰と・どこで・何を食べるか、を大切にされる方が増えたと実感します。だからこそ、「一回の食事に感動を与えられる店」でありたいですね。
席数はカウンターのみ最大8席。カウンターを挟んで目線を合わせながら対話を愉しめる距離感を大切にしています。仕入れから切り方に至るまで、自分が良いと思える生ハムを秒速で提供できるライブ感。内装も含めゼロから作った今の理想のカタチが【nacol】です。浅草観音裏のこの静かなところも気に入っています。
―――これから挑戦したいことはありますか?
ミシュランガイド一ツ星獲得です。イタリアンは母数が多いのでハードルは高いと思いますし、まだまだ足りない部分はありますが、自分の料理がどこまで通用するのか勝負したいですね。
―――今後の展望を教えてください。
料理もワインも僕自身も、誇張せずカッコつけず、自然体の店にしたいという想いから【nacol】と名付けました。naturalから「na」と「l」を、その間にくる「co」はcompanyから取って【nacol】。レストラン経営とは別に、生ハムカンパニーを作る構想を練っていて、山梨と茨城で自家製の生ハムを試作中です。
これからもより丁寧に、より親切にお客様と向き合っていきたいですね。そして、自分がそうであったように、お客様の生ハムの概念を変えたい。自分なりのホスピタリティを大切にしながらこの地でお客様をお迎えしようと思います。
―――最後に、家亀様にとって「おいしい」とは?
幸福感でしょうか。おいしい料理を食べて、一気に気持ちが晴れる感覚。人によっては温かい気持ちや優しい感情に満たされる。そんな「おいしい」を追及したいですね。
浅草寺周辺の喧噪から歩くこと10分あまり、扉を開けると、キッチンからの芳醇な薫りに心が踊り、カウンター越しに家亀氏との会話も弾む。プライベートな邸宅に招かれたような温かみと安堵感に身を委ねながら、極上の生ハムと野性味あふれる自然派ワインに酔いしれたい。
取材・文/柳屋 有里
撮影/中岡 あずさ
nacol is an Italian restaurant located in a quiet area of Asakusa, Tokyo, renowned for its exquisite prosciutto. The dishes made with seasonal ingredients offer new flavors to enjoy each month, providing fresh surprises with every visit. Guests can expect a cozy atmosphere to spend special moments.