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お客様の記憶に残る最高の食体験のために!【とんかつ成蔵】三谷 成藏氏の胸に秘めた想い
2024/12/4

お客様の記憶に残る最高の食体験のために!【とんかつ成蔵】三谷 成藏氏の胸に秘めた想い

日本の国民的な豚肉料理である「とんかつ」。その常識を覆す「白いとんかつ」を求めて、連日行列の絶えない人気店として不動の地位を築いてきた【とんかつ成蔵】三谷 成藏氏。創業74年の老舗【燕楽】で11年間修行後、2010年に独立。約9年続いた高田馬場の営業最終日は閉店を惜しむ数百人が列を成したという逸話をもつ。2019年に阿佐ヶ谷へ移転し、完全予約制へ移行した今も人気は衰えない。「白いとんかつ」の誕生秘話や料理人としての想いについて、店主の三谷氏にお話を伺った。

唯一無二のとんかつは苦しい頃の経験から生み出された奇跡

ーーーとんかつの特徴や低温での揚げ方について教えてください。

低温から揚げ始めて少しずつ温度を上げていく揚げ方と、肉に火が通った瞬間が一番美味しいので揚げたてをご提供することにこだわっています。低い温度からじっくりと揚げていくことで、肉にストレスをかけずに肉汁を閉じ込めたままジューシーに仕上げるというのが僕のとんかつの特徴です。

ーーー「白いとんかつ」と称されるほど、見た目の美しさにも定評がありますが、現在のとんかつのスタイルに行き着いた経緯は?

高田馬場での開業初期は来店されるお客様も少なかったんです。でも仕入れだけはしていたので、肉はどんどん劣化していくので廃棄するしかない状況でした。捨てるのならば何かしようと思い、色々な方法でとんかつを揚げてみたんです。油に全く火をつけていない状態から豚肉を入れたり、逆に高温から入れてみたり、次は低い温度から高い温度へ、高い温度から低い温度へ、など本当に色々なことをずっとやっていました。とんかつばかり食べる毎日でしたね(笑)。

当時の僕は薄い120gほどのとんかつしかやっていませんでしたが、店に来た先輩に「肉があるなら厚いものもやってみては?」と言われて、試しに150g/200gと厚みをつけて揚げてみたところ、すごく好評だったんです。そこからヒントを得て、「特徴のあるものを作ろう!」と思いました。

また、見た目だけでなく柔らかい食感にもこだわりました。特にヒレはもともとが赤いので、火が入りすぎると色はグレーに、肉質も硬くなってしまいますから、低温でじっくり揚げることで、全体的に同じ色でどこを食べても柔らかい食感に行き着き、現在のスタイルになりました。

名前については、牛のヒレの部位にあたる「シャトーブリアン」があるのですが、友達と「豚だから『シャ豚ブリアン』だね!」という話になって、他にない名前ですしシャレなんですけどね(笑)。今ではほぼ全てのお客様に召し上がっていただいています。一番お薦めでもあり、一番人気の部位です。僕のとんかつの特徴が一番出ているものかなとも思いますね。高田馬場の苦しい時期があったからこそ、今に繋がっています。

ーーー低温での揚げ方について詳しく伺えますか?

通常、料理本などに書いてあるとんかつを揚げる温度は180度位ですが、僕は110〜120度位です。そこから少しずつ温度を上げていきますが、最終的にも150度はいきません。揚げ物としてはかなり低い温度かなと思います。

今は100gあたり10分程揚げてから同じく10分程休ませています。例えるならローストビーフのような作り方ですね、火を通す時間と休ませる時間が同じくらいなので。

僕が使用するラードは「腸間膜油」という内臓の油で、15頭で1缶くらいしか採れない希少なものなのですが、融点が高くて、溶けにくく冷めにくいことが特徴です。油にコシがあるので油から出しても衣に含まれる油がずっと熱を持っていて、ジワジワと肉に火を通していくんです。揚げたばかりの肉の芯温は20度位ですが、揚げてから10分経った頃には最終的に芯温が60度位になっています。

ーーー使っている豚肉の特徴は?

今、メインで使っているのは「雪室熟成豚」という新潟県の豚です。「雪室」と呼ばれる手法で、倉庫全体を4m程の固めた雪で完全に覆い、その上におが屑や藁を敷いて倉庫内が通念温まらないようになっています。僕も夏に行ったのですがすごく涼しくて、中は0度〜1度位で湿度は95〜99%と、温度湿度が一定なので熟成に適しているんです。そこでは肉だけでなく色々なものを熟成させていて、じゃがいもを食べたら驚くほど甘くなっていました。豚肉も熟成させることで旨味が増しますし、繊維もほぐれてすごく柔らかくなるんです。僕は柔らかいとんかつを提供したいので、相性がとても良いんです。

8年程前に展示会でいただいたサンプルを揚げた時に、歯がすっと入っていくような感じで「これは良いな」と思い、それからずっと使ってます。また、今はあんまり入ってこないのですが、タイミングが合えば「東京X」や「岩中豚」「黒豚」を使う時もありますね。

人生を変えたとんかつとの出逢い

ーーー三谷様のご経歴についてお聞かせください。

大学卒業後は百貨店に入社して販売の仕事に就きましたが、実際にやってみると接客業は裏の作業がたくさんあって、接客だけじゃない大変さを知りましたね。自分で何かやれば自分の好きなようにできるのかなと悩み、父親に相談したところ、叔父が東京でとんかつ屋をやっているから行ってみたらどうかと提案されました。「じゃあ一度食べに行こう!」となったわけですが、そこで衝撃を受けました。「こんなとんかつは食べたことない!」と。とても繁盛している店でしたし、「自分でできるようになったら生活に困らないかな」とも思いました。そして百貨店での勤務が2年経った頃、料理の道に進むことを決めました。

ーーー叔父様のお店で働いてみて一番学んだことはなんですか?

「我慢」でしょうか。店には店主の叔父の他に経験年数が長い先輩が二人いて、彼らに追いつきたい一心でした。とはいえ、この道に入るまで料理が全然できなかった僕が入っても当然何もできない。キャベツ一つにしてもキャベツを切る前に指を切るような(笑)。

営業後はひたすらキャベツを切る練習の日々でしたね。身近に尊敬する先輩がいたので、先輩を目指し「この人に少しでも追いつきたい!」という想いと独立の夢があったので、苦しい我慢の時期を乗り越えられたのだと思います。

ーーー叔父様の指導の仕方や伝え方はどうでしたか?

叔父は昼の営業以外は僕らに任せていたので、直接の指導というのはあまりなかったのですが、お客様の中には「マスターいないの?いないならいいや」と帰ってしまう方もいらしたので、「あぁ、叔父は店の顔なんだな」と思っていました。なので、僕も自分で店をやる時は「やるなら自分で全責任を持ちたい」と自然に思うようになりました。良いなら僕のとんかつが好きで来てくれる人で、ダメなら僕のとんかつがまだまだだったんだな、と何事も自分の責任として腹を括ろうと思えましたね。

色褪せることのない情熱が独立へと身を結ぶ

ーーー独立に至るエピソードは?

35歳の時、叔父に自分で店を出そうと思っていることを伝えたところ背中を押してもらい、独立を決意しましたが、物件の問題など簡単にはいかなくて。かといって、いまさら戻るわけにはいかないと思い、とんかつ以外のことにも挑戦してみようと居酒屋や串揚げ屋で働いたんです。そして最後にもう一度、とんかつ屋さんに行かせてもらいました。ちょうどその頃に高田馬場に良い物件が見つかり、独立することができました。39歳でお店を出したので、叔父の店を辞めてから5年程費しましたね。

僕の名前は「成藏(セイゾウ)」なのですが、店名を付ける時にそのままだと名前を呼ばれるようでおかしいなと思って(笑)。訓読みで「なりくら」とし、全く実績も歴史もない【とんかつ成蔵】としての新しい道がスタートしました。

ーーーとんかつとは異なるジャンルでの経験は、料理や接客面で学びがありましたか?

盛り付けの重要性ですね。とんかつ屋はキャベツととんかつだけなので盛り付けや彩りという概念がなくて、付けるとしてもパセリくらい。一皿の中で高さを出したり手前に薬味を置いて色合いを豊かにしたり、とすごく勉強になりました。串揚げのメニュー考案を任されていた時は、串揚げの出し方について考えていましたね。食材毎に違うソースをつけて提供するのですが、「この食材にはこういうのが合うんだ」とかね。本当にとんかつしか知らなかったので、幅がグッと広がりました。また、串揚げととんかつでは揚げ方にも違いがあります。高い温度で肉も魚もサッと揚げて一気に油を切る、とんかつにはないアプローチを知れたことで自分の引き出しの幅も広がりました。

接客面については昔から得意ではなく、どちらかといえば料理に集中したいタイプなので、自分からお客様に話しかけたりはしないようにしています。もちろん、お客様からご質問や話しかけられた時には誠意を持ってしっかりとお答えするようにしています。

人気は留まることなく、海外からも注目を集める

ーーー2019年に阿佐ヶ谷に移転されましたね。変化はありますか?

最初は整理券にしようと思っていたのですが、ありがたいことに結果的に大行列ができてしまって。このエリアは住宅街で車も比較的頻繁に通る場所なので、近隣への配慮や交通の安全面を考慮して完全予約制に切り替えました。移転後はゆっくりやりたいとも思っていたので、ご予約されたお客様の来店時間を把握できることで料理を作る面においても良かったです。また、今年に入ってから予約の段階で先に注文を聞くようにしたことで、以前よりスムーズに料理を出せるようになりましたね。

ーーー海外のお客様はいらっしゃいますか?

今は海外のお客様が8割程でアジア圏の方が多いです。一日に2組位、欧米の方がいらっしゃるかな。自国ではあまり「とんかつ」を食べる機会がないんじゃないでしょうか。どうやって当店を知ってくださったんだろうとは思いますが、皆さん「おいしい」と言ってくださいます。

ーーーメニューはどんな形で提供されてますか?

定食のように前菜と小鉢、キャベツを出してからごはんと豚汁、最後にカツをお出ししています。コースではないですが、とんかつが揚がるまでにお時間があるので、お客様がお待ちいただく間に召し上がれるようにしています。小鉢はひじきやきんぴらなど、前菜はヒレのスジが出るのでスジ煮を作ったり、一口サイズのカナッペやローストポークだったり、そんなに種類はないですが色々と作っています。

全体のボリュームはかなりあると思います。僕は物足りないよりは多い方が良くて、最近はとんかつもだんだん大きくなってきていますし、お腹いっぱいになってほしいですからね。

どんな時もお客様の幸せと「満足」のために

ーーー料理をするうえで一番大切にされてることはなんですか?

例えば、僕ら料理人からしたら昼に来るお客様が50人なら50食、お客様はその中の1人で1/50なんです。でもお客様からしたら、その日のお昼ご飯は1食。1/50と1/1が同じじゃないとダメだなと思っています。店が多忙だからといって慌てて作って、もしダメなものがいってしまったら、その方にとってその1食はすごく残念なものになってしまいます。なので、そこは僕も1/1の同じ気持ちでやるようにしています。1日3食しかないうちの貴重な1食を当店に来て食べていただくのに、残念なお食事になってしまったら申し訳ないじゃないですか。お客様には「おいしかった」と言って帰ってほしいので。

自己満足にはなるんですけど、良いものができるとやっぱり嬉しいんです。自分がおいしそうと思えるものをお客様にもおいしいと思ってほしいので、そこを目指して自分が納得できるものを作るようにしています。本当に自己満足なんですけどね。

ーーー今後挑戦したいこと、計画中のことはありますか?

今、カツ丼がメニューにないのですが定食を食べきれない方のために味変というか、とんかつとしてお出ししたものを、小さいコンロを使って「お客様ご自身でカツ丼を作ってもらう」というのを考えてます。自分でやるのが好きな人も結構多いじゃないですか、そういうのができたらいいなと思ってます。滞在時間が限られてるのでどうしようかなと悩みどころではあるのですが。

ーーー最後に三谷様にとって「おいしい」とは?

幸せになれるかどうか、だと思います。おいしいものを食べるとすごく幸せな気分になれるじゃないですか。そうなってほしいと思いながらやってます。「もう終わっちゃう」とか言いながら食べていただけると、僕自身すごく嬉しいんです。おいしく食べて幸せになってもらえることが一番ですし、これからも日々、お客様に幸せを届けられたらと思います。

とんかつ界のレジェンドとして不動の地位を築いた今も、最高の一食を提供するために日夜探求を続ける三谷氏。【とんかつ成蔵】の代名詞である「白いとんかつ」が誕生した背景には、開業まもない閑散期に食材や衣、揚げ油について一つ一つ研究を重ねた時間があったからこそ、という話が印象的であった。苦難を好機に変えていく三谷氏の料理への真摯な姿勢、おいしいを届けたいという熱い想いに一切のブレがないところが、独立から14年を経た今も【とんかつ成蔵】が愛され続ける由縁なのだろう。

取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡あずさ

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