ーーーお店の特徴を教えてください。
当店は高級店になりますが、お客様には肩の力を抜いて楽しくお食事していただけるお店作りを目指しています。昔ながらの寿司店は「写真撮影NG」など決まりのあるお店も多いと思うのですが、当店は真逆のスタイルで写真もOKですし、SNSへの投稿も問題ありません。お客様には当店での時間を存分に楽しんでいただきたいですね。このスタイルは、8年前に六本木で当店を開業した頃から変わりません。
ーーー尾崎様なりのお考えやお気持ちがあるのでしょうか?
僕自身の若い頃の経験談ですが、当時勉強としてとある寿司店に伺った際にずっと背筋を伸ばして食べる空気感の中で自然体に楽しめない自分がいて、緊張しながら食べていたせいか味も全然記憶がなかったんです。せっかくの美味しい食事も、緊張しながら食べたら良さが100%伝わらないですよね?僕はお店の居心地の良さや楽しく食事ができることの大切さを身を持って知りました。
お店を始めるにあたって、僕たちが美味しい食事をお客様に提供することは当たり前のこととして、+αの要素として居心地の良い空間の中でお客様に楽しい食事時間を提供できたら、きっとまた行きたいと思っていただけるはず!という想いでした。それに空間を楽しく共有できるお客様が集まってくださったら、お店の雰囲気もすごく良くなりますよね。
ーーー楽しい空間作りを意識されていますがお客様の反応はいかがですか?
最初は皆さん結構驚かれていましたね。オープン一年目は、喜んでくださる方もいればそうでない方もいて、お客様のご意見も分かれていました。8年目を迎えた現在は、テレビを含め様々なメディアにも出させていただいたことで知名度も上がり、メディアやSNSを通じて多くのお客様にご来店いただいて、僕たちのおもてなしを楽しんでくださる方がかなり増えました。
お客様は日本人の方が30代半ば〜60代くらいで、経営者の方が多いです。海外は20代前半〜50代くらいの方々で、海外のお客様の比率は7割ほど。毎日約15人は確実にいらっしゃいますね。特にアジア圏のお客様は自国のSNSから当店を見つけて来てくださる方も多く、カウンター全員が香港からのお客様という時もあります。もしかすると海外での知名度の方が高いかもしれないですね。
ーーー多くのメディアでも話題の「プリン巻き」と「港区巻き」を生み出したきっかけは?
「プリン巻き」は、お客様からのご依頼で考えてたまたまできたものです。元々あん肝をブロックで煮ておつまみとしてお客様に提供していたものが好評で、あん肝をお出ししていない夏の時期に、お客様から「どうしても食べたい」とのリクエストをいただいたんです。たまたま休憩中にあん肝のことを考えながらSNSを見ていたら、シャリと雲丹を混ぜて手巻きにした他店の動画が流れてきて、ずっとあん肝のことを考えていた僕にはそれがあん肝に見えて(笑)、あん肝を裏漉してシャリと混ぜて提供するようになったというのが始まりです。実は脂の少ない夏のあん肝の方が、シャリと混ぜて食べると美味しかったんですよ!なので、脂が乗ってくる冬の時期は、あえて鮮度が良く脂が少なめのものを多めに使って濃厚さを出しています。更に改良して途中でキュウリを入れて少しさっぱりさせて出来上がりました。あん肝には「プリン体」がたっぷり入っているので「プリン巻き」とし、今では商標登録も取りました。
ーーー「港区巻き」についてはいかがでしょうか?
当初は蟹と雲丹の握りをコース内で提供していたんです。ある時、当店のお客様で「ハルキャビア」というキャビアを養殖している方がいて、「良かったらキャビアを使ってみる?」とご提案いただいたんです。蟹と雲丹にキャビアを乗せて寿司を作り、良いネーミングはないかとお客様に募集をかけました。当店は元々六本木にお店を構えていましたし、豪華食材が集結した煌びやかな巻物なので、たくさんの案の中から「港区巻き」が一番六本木らしいよね!と決めました。ちょうど7年前は、「港区」というワードも様々なメディアで注目されていたことが決定要因でした。
ーーーお料理の特徴やこだわりは?
当店は赤酢を2種類ブレンドさせた赤酢のシャリで、温度は高めで握っています。コース内容は、握り10貫とつまみ10種の合計20品ほどを交互に出しています。当店は修行時代の親方からの教えをしっかり引き継ぎ、仕込みは特にこだわり一つ一つ丁寧におこなっています。
中でも鯵など光り物は酸化しやすいので、おろしてそのまま置いて5時間くらい経つと青魚特有の臭みが出てしまうので、細やかな仕込みを施しています。当店では、酢を水と酒で割った「玉酢」という薄めの酢水で鯵を洗っています。フレッシュで生のような状態を保ちながら、薄い酢の膜が張ることで酸化を遅らせることができるんです。
ーーーコースの構成を考えるうえで大切にされていることはありますか?
僕の中では歌と一緒ですね!音楽はずっとサビだと飽きてしまうので、抑揚が必要ですよね。食材も同じで、豪華食材ばかりでコースを構成すると食べ疲れしてしまうんですよ。必ず箸休めやさっぱりしたものをお出しすることで、落ち着くタイミングを挟みながら緩急をつけています。「プリン巻き・港区巻き」を提供するタイミングは、お客様も盛り上がってくださいますよ。
また、当店を開業した当初は無名のお店だったので、SNSで皆さんに知っていただくためには工夫が必要で、お寿司の写真だけでは埋もれてしまうと思いました。僕たち板前とセットで写真を撮っていただくことを8年前から始め、かなり顔を出してやってきたおかげで、一気に皆さんに当店を知っていただくことができました。
ーーーお寿司とセットで顔出しするアイディアは偶然の閃きですか?
サービスの一環として戦略で始めた感じです。お客様にはSNSに投稿までお願いすることを二年間やり続けました。「投稿時は僕をメンションしてタグ付けしてください!必ず僕がコメントを書きます」と言うと、お客様は喜んでくださるんです。初めて行ったお店をSNSで投稿したら大将からコメントが来るなんて、けっこう楽しいじゃないですか。この取り組みを始めてから気が付いた発見ですが、何が起きるかというと悪口を書かれないんです、僕も見るわけですから。だから良い情報だけが二年間出続けたんですよ。お客様である第三者の声はより広がりが早いというか、当店の知名度が一気に上がる大きなきっかけになりましたね。
更にお客様の投稿にコメントをしてくださる方がいて、僕はフォローと一緒にお礼とご挨拶のメッセージをお送りしていました。それが来店のきっかけとなり、気付けばまたお客様が増えることに繋がる、という好循環が生まれました。当時は板前で僕のようにSNSに力を入れて取り組んでいるタイプはほとんどいなかったので物珍しさもあったでしょうし、ありがたくも開業一年目にしてミシュランの星を頂くこともできました。僕のような無名のケースはまずないので、奇跡的なことだと思います。
ーーー戦略によって総合的に良い波に乗られてきたという感じでしょうか?
波に乗る時もタイミングがとにかくすごく良くて。グルメサイトでの評価が一気に上がったことも、知名度だけでなく予約数増加に大きな影響がありましたね。当時は今以上にグルメサイトの影響力が強い時期でもあったので、お店の予約電話がずっと鳴りっぱなしで止まらないという日々が続き、その後ミシュランの星も頂戴し、更に軌道に乗ったという形です。そうした全てのタイミングが本当に良かったんですよね。最初からSNSで発信していて徐々に知名度が上がり、今まで知ってくださっていた人たちも、「あのお店はミシュランやグルメサイトで高得点を取ったんだ、ならば行かないと」と背中を押す形でお店に来てくださる方も多かったと思います。
ーーーSNSでのご対応を二年間でストップされたのには理由が?
お客様がすごく喜んでくださるので本当はもっとやりたかったのですが、開業二年後には二店舗目を出すことになり、人手が足らなくなり物理的に見ていられなくなってしまったんです。やらなくなったと言うよりできなくなってしまった感じです。二年間の間に僕のことは皆さんに知っていただいたので、今はスタッフに継承してその子たちをお客様に知っていただくという方向にシフトチェンジしました。やはり自分だけ成功すれば良いのではなく、スタッフたちもそれぞれ独立した時にせっかくならば成功して欲しいという想いもあるので。
ーーー若手の活躍も念頭にあってのことでしょうか?
自分が若い頃はだいぶ昔でしたので、仕込みもやらせてもらえないし親方の仕事を目で見て盗め!みたいな時代で、教えていただいた記憶はほぼ無いんですよ。若い頃にもっとやらせてもらえていたら、もっとお店のために役に立てたのにという想いがあったんです。目に見えるチャンスを前にすると人は頑張れますが、目に見えなくて「いつになったらこのお店で一人前になれるんだろう」と思うと、全力でがむしゃらに仕事に向き合える人はあまりいないものです。
人は分かりやすい目標やステージが用意されていたら頑張れるよね、と僕自身の苦しかった経験があるからこそ気持ちが分かるので、当店ではしっかりと目指す指針を提示しているんです。一年目は魚はおろさせませんが、二年目からは魚をおろさせ、三年目からは若手というジャンルで握らせるというように、年数毎で決めています。でも、もちろん全員ができるわけではなく、努力して一定レベルに達している子のみの条件です。レベルに到達していない子はまた半年くらいやり直すことになります。そうなると皆んな努力するんですよ。こうして若手をどんどん育成し、若手が握れる場所として、恵比寿に【鮨結う翼】というお店を展開し、価格をリーズナブルにして現場で握る機会を作りました。
ーーータイミングと直感、そして行動力が成功の鍵なのですね!
当店の開業から8年が経ち、現在は系列店が6軒に増えました。どのお店も予約待ちの状況で、スタッフにもお客様にも感謝しかないですね。僕は職人なんですが商人気質の方がかなり強くて、どちらかと言うと経営が好きなんですよ。SNSもそうだし戦略として色々やったことが良い方に進んだというか、僕の中では予想通りというところです(笑)。お店を開業する際や何かを始める時には自分の中に一つだけ決めていることがあって、「お客様がどういう気持ちか」を考えることを一番大切にしています。
自分たちのやりやすさなど、お店側の人間の意見はとりあえず一旦置いておいて、「お客様はどんな雰囲気や環境の中で、どんなサービスを受け、お食事をしたら、また来たいと思っていただけるか」を何よりも最初に考えるんです。その土台を元に、僕たちは何をしたら良いかと肉付けしてお店を作っていく。そこまで考えてお店を作ったら、流行る流行らないは別として潰れないお店になるんです。要はリスクをどんどん削って作ったら良い方に転じるというイメージです。
流行っているお店には共通していることがあり、例えばお店が綺麗・スタッフの対応が良い・料理の盛り付けが綺麗・居心地が良いなど、流行っているお店にはお食事の味以外の良い面がたくさんあるので人気が衰えない。当店のように一回のお食事に3万〜4万円も頂戴している高級寿司店は、新店舗ができたから行ってみよう!と気軽に行けるわけではないと思うんです。それでも同じような価格帯の中で当店を選んでいただくためには、味への追求と付加価値がとても大事になってきます。居心地が良く大将が楽しい・写真も撮らせてくれて周りの評判も良いというような付加価値を付けていく、僕はその総合力で勝ちにいくスタイルです。同じ味と同じ金額だけど、行くならこのお店が絶対に良いというオンリーワンを常に意識して目指しています。
ーーー六本木から銀座に移転された手応えはいかがですか?
移転するにあたっても一番に考えたのはお客様のことでした。当店は昭和通りに面しているのでタクシーの便も良いですし、六本木の時は地下一階にお店があり階段しかなかったので、足が不自由になってきたお客様は来店が遠のいてしまったのですが、現在はエレベーターがあるので杖の方もストレスなくご来店いただけます。車椅子も入れるように設計してあるので、車椅子のお客様もご来店くださいますよ。
お手洗いを完備した完全個室もご用意しているので、芸能関係やスポーツ選手などをはじめ様々なお客様のニーズにも対応できるよう設計し、僕の理想とするお店を作れたと思っています。費用はだいぶ掛かりましたが、お陰様で一年経ち、二年目で返済も完了できそうです。
ーーー尾崎様のご経歴や修行時代のエピソードなどをお聞かせください。
僕が高級店として頑張ろうと意識を持ってやったのは、23歳の時に就職した【鎌倉以ず美】という神奈川のお店でした。親方と僕の二人しかいないお店で、5年ほど働いた頃が自分の中で板前としてのベースになりました。親方はとても厳しい方で、仕事のほとんどを親方がやるので僕は見て学ぶしかできず、正直歯がゆい時期でした。ですが、前職では料理長や先輩方はお客様が帰られるとそのまま仕事を上がるのが当たり前と思っていた中、親方は僕よりも早く市場に仕入れに行き、仕事終わりも僕と一緒にお店を出る方で、今まで僕が見てきた先輩方とは全然違う親方でしたね。仕込みや食材に対しての向き合い方だけでなく、親方としての在り方についても学ばせていただきました。
親方は自分で全部やらないと気が済まないタイプで、僕にとっては反面教師的な一面もあったので、人に教えることによって次のステージに行くという当店のスタイルに行き着いた背景もあるんです。
僕はこの仕事が好きで一日でも長く現役を続けたいと思っています。朝から晩まで働いていたら、年齢と共に体力はもちろん落ちてしまうし、やれることも少なくなる。だからこそ若手の育成に力を入れています。スタッフにチャンスを与え、営業時間外のことを皆んなに任せることができたら、僕は営業中に最大限のパフォーマンスを維持しながらいつまでも現役で楽しく仕事ができると思うんです。そう考えるようになってから、教え方や育成の仕方など経営方針を少し変えましたね。
ーーースタッフとのコミュニケーションで大切にされていることや伝えたいことは?
店舗が複数あるので日々全員とはなかなか難しいですが、各店の大将とは毎日一緒に市場に行っているので、コミュニケーションは取れていますね。何か問題があった時はスタッフ一人一人としっかり話をするようにしています。
また、今は若手の育成に力を入れているので、「休みの日にどれだけ努力するかが大事」だということを伝えています。各店舗の若い子たちには、休日に練習した魚の仕込みや握り・卵焼きなど全て写真を僕に送りなさいと言っているので、全スタッフから休み明けに写真が送られてくるんです。その努力を見ながら、各店舗の大将に「この子は最近どう?」と聞いて、頑張っている様子だったら次にチャンスをあげる検討をしています。
ーーー厳しさの中にも愛情が感じられますね。
僕はスタッフに合言葉のように「努力するのは当たり前」と伝えていて、努力しない子にはチャンスをあげませんよというスタイルです。天才と呼ばれるスポーツ選手だって誰よりも練習しているわけですよ。天才と呼ばれる人が練習しているのに、凡人の自分たちが練習しないで同じステージに立てますか?というところですよね。そもそも努力しない子はうちの会社には要りませんという考えです。反対に自分がやったことは全力でアピールしてこいと伝えています。人によってアピールする子としない子がいたらアピールする子だけが得をしてしまう、それだと公平ではないので全員強制的にアピールさせています(笑)。やることによりチャンスをもらえる可能性が高くなるのなら、僕だったらやりますよね。僕の修行時代はやろうがやるまいがチャンスなんて来なかったので、そういう意味では働く環境として良いのかなと思っていますし、スタッフの成長が何より嬉しいものですよ。
ーーー最後に、尾崎様にとって「おいしい」とは?
お食事が美味しいのは当たり前で、居心地が良かったり楽しかったりすることが大事です。お食事の最後にお客様が「楽しかった」と言って帰られることが、一番嬉しくてすごく幸せなんです。僕は「おいしい」の最上級が「楽しい」だと思っていて、まず美味しくなかったら絶対に楽しくはないんですよね。美味しくて居心地が良くて、色々な要素がプラスされて全部が最高になった時に、「楽しかった」になるのだと思います。だから、僕にとって「おいしい」は一番下の最低条件です。そこから更に付加価値を付けて、お客様が「楽しくおいしく食事ができた時が一番幸せ!」というところを目指しています。これからもお客様に「今日は楽しかったです!また来ます」と言って帰っていただけるように、スタッフ一丸となって努力していきます。
「職人として努力すること、おいしいことは当たり前」と明言する尾崎氏。すでに8年前からSNSを駆使して客人の声や興味を敏感にキャッチし、「楽しいお店」であるための手段を徹底して可視化することに注力してきた姿が印象的であった。また、次世代を担う若手に「目に見えるチャンスを与える」ことで将来のビジョンを描ける舞台を提供する。優れた職人でありながら、商人、経営者としての視座の広さを持ち合わせ具現化していく、尾崎氏の挑戦に今後も目が離せない。
取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡 あずさ
Questo è un ristorante di sushi popolare a Ginza, dove puoi godere di un'esperienza al bancone ricca di intrattenimento, guidata dal maestro Ozaki. Anche dopo il trasferimento da Roppongi, la sua capacità di intrattenere e la maestria nel sushi, che valorizza gli ingredienti, creano un'armonia sublime, affascinando molti clienti. Sushi delizioso e un'accoglienza sincera offrono la migliore esperienza di sushi a chi visita. È un ristorante di alta soddisfazione che fa venire voglia di tornare.