―――子どもの頃から料理人になるのが夢だったのでしょうか?
愛媛県の田舎暮らしの一人っ子だったので、大学を出たら地元に戻って公務員になるくらいの将来像しか当時は描けていませんでした。調理師専門学校への進学を考え始めたのは、高校1年生の時です。3年生を対象とした専門学校の説明会にもぐりこんだら、調理師専門学校の先生がよくテレビに出ている有名な方で話も面白くて、先生から「卒業したらうちに来い」なんて言われたものだから、2年生の春にはもう体験入学へ参加していました。
―――料理をするのはもともとお好きだったのですか?
両親が共働きだったこともあり、小さい頃から度々自分で作ってご飯を食べていました。そんな当時の私にとって、料理番組の講師の方々は正に雲の上の存在でした。そんな憧れの人たちに次々と声をかけられて、ここで決心を固めましたね。
両親からしてみれば一人息子の突然の進路変更ですから、始めのうちは猛反対でしたが、最終的には「日本を離れるのだけは許さん」という条件付きで、「自分の人生は自分で決めろ」と認めてくれました(笑)。
本当は当時、私が興味を持っていたのはフランス料理だったのですが、「日本」という世界の中でトップを目指そうと腹を括り、日本料理の道を選びました。とはいえプロの世界は本当に厳しいもので、料理が楽しいと思えるようになったのは、【かが万】に就職してから8年ほど経った頃でした。この頃には店を任されるようになったことで、良くも悪くも自分の仕事がそのまま評価として返ってくるというポジションに、責任感はありながらも同時にやりがいを感じるようになったのだと思います。
―――任されたのは【かが万】監修の天ぷらを専門に扱うお店だったとか。
当時の私は、天ぷらに対する知識も経験もほとんど無かったので、早々に大きな壁にぶち当たりました。会席料理にも揚げ物はありますが、自分の揚げた天ぷらと一流店の天ぷらとでは明らかに別の料理なんです。飲食店に精通し舌の肥えたお客様からは、「料理屋なら納得できるけど、しっかりと暖簾を掲げている天ぷら店とは次元が違う」とすぐに見抜かれてしまいました。時には「あの店に行ってこい」「ここの天ぷらを食べてこい」とお客様からご指導が入ることもしばしばありましたね。
ですので当時の私は、給料を丸々つぎ込んで時間の許す限り、主に関東の一流店に足を運びました。「ここが分からないので教えてください」と初対面にも関わらず厚かましくご質問させていただいたりして(笑)。一流店の料理人の先輩方には、いくらでも頭を下げて教えを乞いましたよ。 皆さんとても親切に様々なことを教えてくださり、本当に感謝しかなかったですね。
その中の教えの一つを例として挙げるなら、「衣」です。家庭用の天ぷら粉には一般的に膨張剤が入っていますよね。膨張剤によって衣の食感はカリッとはなりますが、反対に油を吸ってしまい重たくなってしまうという性質を持っています。先輩方の天ぷらは薄力粉・水・卵だけを使用し衣の食感がサクッとしていて軽く、いくら食べても食べ飽きません。
当時の私は、「究極の天ぷら粉」を作れば良い!という発想だったのですが、「天ぷらの衣はカリッではなく、サクッだよ」と先輩方に諭され、本当に目から鱗が落ちる経験でしたね。また、天ぷらの味を決めるのは、長い歴史の中で上の世代から連綿と受け継がれてきた技術と、個々の経験値によることも学びました。それからはとにかく数をこなし、先輩方に少しでも追い付けるよう日々とにかく必死に向き合っていました。
―――ご自身で天ぷらの店を持とうと思われたきっかけは?
任されていた店を離れて【かが万】に戻ったのですが、天ぷらをやっていた時ほど楽しめていない自分に気がついたんです。私はただ料理をすることが好きなのではなく、目の前のお客様に喜んでいただくことにやりがいを感じているのだなと。大きな店で働いていると、仲居さんづてかお見送りのタイミングでしかお客様の反応を得られません。揚げたてを召し上がっていただく天ぷらならば、一品一品提供するたびにお客様の反応が得られますし、同時に評価もしていただけます。カウンター席ならお客様との距離も近いので、きっと面白い店になるだろうと確信しました。
ーーー【天麩羅ひらいし】は、従来の関西の天ぷらとは違いがあるそうですね。
香りが特徴的です。天ぷらで使用する油は、基本的に米油・胡麻油・綿実油の3種類です。関西の天ぷらはクセの少ない綿実油の割合が高いのですが、当店では胡麻油の比率を上げることで、香ばしい香りを活かした関東寄りの天ぷらを召し上がっていただけます。私自身がそもそも風味豊かな関東の天ぷらが好みだからという点と、主に東京のお店で天ぷらの技術を学ばせていただいたことが、当店の天ぷらのスタイルの核となっています。
―――開業された2007年当時、関西では本格的な天ぷら店は少なかったそうですが。
当時のお客様は、天ぷらに対して「お造りなどの料理と並んで出てくるもの」という認識に留まっていたように感じます。仕入れ先の業者さんも「揚げ物屋」と一括りにしていたところがあって、会席で使うような高級食材は当店に回ってこないこともあり苦労しましたね。お客様に中途半端な料理をお出しするわけにはいかないので、取引先を見直して、料理人の先輩方にも相談しながら一から仕入れ先を開拓していきました。
古くからお付き合いのあるお客様の中には、「他の料理も出した方が良いんじゃない?」と心配される声も当初はありましたが、その一方で舌の肥えたお客様たちは、「どうせやるなら天ぷら一本で勝負せいよ!」と私の背中をドンと強く押してくださいました。それが当時の私には本当に大きな自信に繋がりましたね。「新鮮で上質な素材を揚げ、天ぷらだけでお客様に満足していただく」という信念と覚悟は、創業以来、変わらない私のスタイルです。
―――お料理を作るうえで大切にされていることは?
当店は10席の小さな店ですが、仕入れの取引先の数は大規模な店舗と変わらないはずです。全国各地から旬の素材・高品質の素材を取り寄せています。魚介類が新鮮なのは当然のこと、野菜も甘味や苦味といった個々の特徴を活かしながら、コース全体の味わいに波(変化)や季節感を持たせるようにしています。
当店の看板メニューにもなっている「フカヒレの天ぷら」は私のオリジナルですが、それ以外のネタはスタンダードな構成です。とにかく上質な食材にこだわり、素材毎に衣の厚さや火入れ加減・どのくらい水分を抜くかなどといった話をすると奥が深いのですが、全ては経験値によるところですから。特段に変わったことをしようとか目新しい素材を積極的に揚げようといった考えは持っておらず、この先もまったく考えていません。
―――最後に、平石様にとって「おいしい」とは?
家で食べている料理をより上質にした料理、それが「おいしい料理」だと思います。私は「普段はあまり食べないけれど、この店の天ぷらはとてもおいしい」と言っていただけることが何より一番嬉しいですね。家の料理と比較したら料理人に失礼と思われている方もいらっしゃいますが、私にとっては最高の褒め言葉です。「家庭料理から、ワンランクかそれ以上の味になっている」、それこそが料理屋が求められる「おいしい」なのではないでしょうか。これからも受け継がれてきた技術や教えをしっかりと守りながら、さらに己の経験値を深め、私らしい天ぷらでお客様をお迎えしていきます。
関西の天ぷらを変えた料理人である平石氏。職人気質で寡黙な人物と想像をしていたが、ご本人はいたって気さくで話も上手く、終始和やかな雰囲気でインタビューは進み、対話から平石氏の人柄が滲み出るかのようであった。ミシュランがいち早く星を付与したのも、平石氏の料理への真摯な姿勢に加え、店中におもてなしの心が溢れているからだろう。熟練した技による揚げたての天ぷらをサクッと頬張れば、心まで軽くなること間違いなし!
取材・文 / 中島玲子
撮影 / 鈴木雅人
Tempura Hiraishi is a Michelin-starred tempura specialty restaurant that offers around 100 varieties of wine, primarily from France. In a calm, Japanese-inspired interior, a blissful experience awaits where you can savor freshly fried tempura. The tempura, known for its crispy texture and rich flavor, is particularly praised. Along with warm hospitality, you can immerse yourself in a rich culinary experience.