ーーー子どもの頃から料理の世界を目指されていたのですか?
料理というよりも、「食」という意味で最初に興味を持ったのは「魚」でした。私は千葉県出身ですが、叔父が富山県で鮮魚店を営んでいたため、高校生の頃は夏休みなどを利用してよく手伝いに出かけていました。魚介が豊富な富山では各家庭で魚を食べる文化が根付いています。当時も店で魚を買い求める人たちは良い魚を知っている方が多く、鮮度にもうるさかった記憶があります。そうしたお客様とのやりとりと、何より毎日飛ぶように魚が売れていく様子を近くで見ていて、とても楽しかったです。私はいずれ魚屋になる気満々だったのですが、叔父から「これから鮮魚業界は厳しくなる。(同じ食べ物なら)料理の方が良いんじゃないか?」と飲食業を勧められました。
ーーー天ぷらを選ばれたのはなぜですか?
料理をやるならば和食の道と思っていましたが、実は天ぷらの世界に入ったのは“たまたま”なんです(笑)。高校卒業後はアルバイトをしながら夜間の調理師学校に一年半ほど通い、いよいよ就職先を探すとなった時に、親戚が2代目の大将をしていた【お座敷天麩羅 天政】から声を掛けていただきました。その道の料理人なら誰もが憧れる、働きたくとも働けないような老舗の名店です。断る理由などありませんでした。しかも、世間知らずだった私は、「日本料理は10年以上の修業が必要だが、天ぷらならもう少し短い年数で独り立ちできるのではないか」という甘い考えを持っていました。結局、自分の店を持つまでに13年ほどかかりましたが、これまでずっと天ぷら一筋に料理人として迷わず突き進むことができました。一途な性格の私には有難いお誘いだったと、当時のことを感謝しています。
ーーー実際にお店で働き始めていかがでしたか?
学校で学んだことは、基本の「き」に過ぎないのだと思い知らされました。本物の飲食の現場では何もかもが初めての経験で、まかない料理もまともに作ることができず戸惑うばかりでした。当時、店には10名以上の料理人がいましたが、天ぷらを揚げる「揚場」に立てるのは年季が入った先輩職人3名のみ。それ以外の料理人の仕事は、揚場に材料を運ぶか、厨房での仕込み作業です。天ぷらの技を磨こうにも、当時は手取り足取り教えてもらえる時代ではなく、見て覚えるのが当たり前で、あとは独学になります。当時は家で天ぷらを揚げる練習をしては、よく家族に味見をしてもらっていました。
ーーーお店で天ぷらを揚げるようになったのはいつ頃からですか?
【天政】が監修していたレストランで天ぷら定食を振る舞う機会はいただきましたが、6年半ほどの修業の間、店の揚場には一度も立つことができませんでした。ところが次に勤めた天ぷら屋で、私は一転して天ぷら作りに明け暮れることになります。親方が一人で切り盛りしていた店は庶民的な価格帯の繁盛店でした。すぐには私が揚場に入ることを許されなかったのですが、徐々に親方の手伝いを任されるようになり、気がつけば1日60名分もの天ぷらを揚げる日々に追われていました。
揚場の中では常に真横に親方がいらっしゃり、熟練の技を間近で学びながら、毎日数をこなしていく中で天ぷら職人としての経験を積んでいきました。店では3年ほど働かせていただき、「お客様に出しても恥ずかしくない天ぷらが揚げられるようになった」と自信を得ることができました。
ーーーいよいよ、ご自身で店を開くことになったのですね?
さらに3年ほど【天政】時代の先輩がいる天ぷら屋を手伝っていましたが、天ぷらを揚げるのは主に先輩たちで、私には揚場に立つチャンスがなかなか回ってきませんでした。せっかく天ぷらを揚げることが楽しくなってきたところで、やりたいことがやれない状況に置かれ、新しい仕事先を探す選択肢もありましたが「自分で店を持つしかない」という考えにたどり着き、2001年に【天ぷら 逢坂】を開店するに至りました。
ーーーお店を始められてから何か変化はありましたか?
料理人として40年ほどが経ち、ここ数年でようやく自分の天ぷらが「形」になりつつあると感じています。それでも毎日揚場に立っていると新たな発見があり、「まだまだだな」と痛感するばかりです。天ぷらの名店を食べ歩いていると、それぞれに違う「おいしさ」があり、とても勉強になるのですが、私は誰かの味を真似るのではなく、私なりの「おいしさ」を確立するために日々奮闘しています。
ーーー天ぷら作りのどこに難しさを感じますか?
天ぷらは「揚げるだけ」というシンプルな調理法だからこそ、繊細で奥が深い料理です。水ひとつでも卵ひとつでも味わいに大きな変化が生まれます。以前、冷蔵庫に2日ほど冷やしておいた水を衣に使ってみたら、天ぷらの揚がり具合にちょっとした違和感を覚えました。「酸素を多く含む浄水器から汲んだばかりの水の方が揚げやすくなるのでは」というのが新たな発見だったのですが、これは科学的に裏付けされたものではありません。あくまでも私の感覚です。
道具によっても揚げ上がりが変わってくるため、自分に合った道具や設備を見つけ出すのも天ぷら職人の仕事であると考えています。例えば私の店では、アルミ製の鍋を使っています。薄手なので油の温度が上がりやすく、そして下がりやすいので温度の調整がしやすいからです。温度が下がりにくい厚手の銅鍋を選ぶ料理人さんもいますが、私の場合は店で使っているアルミ鍋でしか自分の天ぷらを揚げることができませんね。先日、イベントで出張料理をしましたが、この時は使い慣れないガス台での調理に非常に難儀しました。
ーーー天ぷらの味の決め手とは?
天ぷらは衣で味が決まると言っても過言ではありません。軽い衣に仕上げるために、同じ魚介でも海老の衣をそのまま穴子に使ったりせず素材によって使い分け、つける量やつけ方も変えています。小麦粉・卵・水の割合は食材ごとに頭の中に入っていますが、最終的には自分の手の感覚を頼りにします。衣を極力薄くすることでよりサクッとした食感を生み出し、食べ進めていっても飽きのこない天ぷらをご提供しています。
食材は豊洲市場で調達しています。「穴子ならばこの店、鱚はあの店」というように信頼できるお店を通じて、全国から集まった高級食材の中からさらに良質な素材を厳選します。コースは季節感を大切にした、魚介と野菜がほぼ半々ずつです。その日の仕入れによって構成は変わりますが、当店は「王道の天ぷら」を信条としているため、江戸前天ぷらの顔とも言える海老・穴子・鱚は外せないです。
九州の対馬近郊でとれる肉厚の穴子は、鮮魚関係者の間でとても評価が高いです。鱚は近年漁獲量が激減しているため、メニューに載せなくなった天ぷら屋も増えているようですが、当店にお越しいただくお客様には昔ながらの天ぷらを堪能していただけるよう、仕入れに対する努力は惜しまず続けるつもりです。
ーーー天ぷら油にも特徴はありますか?
天ぷら屋で胡麻油を使うのは、胡麻が持つ特有の甘味や旨味を衣に纏わせ天ぷらを味わい深くするためです。当店で使用しているのは、胡麻を生絞りした「太白胡麻油」です。透明で香りもほとんどなく、煎った胡麻を用いる一般的な胡麻油に比べるとあっさりとした風味が特徴です。衣の揚げ上がりも軽くなります。
ーーー接客の際に気をつけていらっしゃることはありますか?
初来店のお客様にはこちらから積極的にお話をすることなく、少し距離を置いた接客を心掛けています。まずは一品一品、天ぷらの味に集中していただきたいからです。「面白味のない料理人だな」と思われているお客様も中にはいらっしゃるかもしれませんね(笑)。
揚場に立っているとお客様の反応が直に伝わってくるので、あまりにも静かにお食事をされている方がいると「お口に合わなかったのかな」と、今でもドキドキしてしまいます。逆に「うまい」と呟かれたお声が耳に入ってきたり、天ぷらを頬張りながら大きく頷かれるお客様がいらっしゃると大きな励みになりますね。そうした日々の喜びの積み重ねがあって、今日まで店を続けてこられたのだと思っています。厨房の世界だけでは味わえない感動体験があるのも、天ぷら屋の醍醐味ですね。
今はたくさんの常連のお客様に店を支えていただいていますが、これからは若い世代の方々にももっと足を運んでいただきたいです。そのためには、伝統の天ぷら文化を守りつつも「若い人たちに好まれる天ぷら」を探求し、時代に合わない部分は変えるぐらいの柔軟性も必要だと考えています。
ーーー最後に、大坂様にとって「おいしい」とは?
料理の技術は当然のこととして、「おいしいものを作ろう/食べていただこう」という気持ちを込めてこそ、「おいしい料理」が生まれるのではないでしょうか。ただし、作り手だけが「おいしい」と思っていても意味はないと思います。天ぷらは揚げたてに添える調味料も味のバランスを決める重要な要素です。素材そのものの味を引き出すには塩がお勧めですが、時折「天つゆで食べたいです」とお客様に返されることがあります。そんな時、私はハッとします。自分の「おいしい」とお客様の「おいしい」は必ずしも一致するわけではないと気づかされるからです。
食材と調味料の組合せだけでなく「天つゆの次は塩。その次は天つゆ」といった全体の流れも意識しながら、穴子の天ぷらには山椒入りの塩を添えて香りでも変化を持たせるなど、お客様に最後まで飽きずにお召し上がりいただくための工夫は尽きることがありません。
店の雰囲気やお客様がどなたとお食事をされるかによっても「おいしい」は変わってくるはずです。接待の食事会とプライベートな集まりでは、天ぷらの味にも違いが生まれるでしょう。お客様の視点に立つこと、そしてお客様の好みを知ろうとすることが料理人の務めだと思います。これからもお客様に愛される店を目指して、天ぷらと真摯に向き合っていきたいですね。
「おいしいとは?」という最後の質問に対して、頭をかきながらしばし困った表情を浮かべていた大坂氏。インタビューでも「自分はまだまだ」と口にされていたが、「おいしいを語れるレベルではない」との自己評価ゆえの困惑だったのかもしれない。長年のキャリアの上に胡座をかくことなく、謙虚な姿勢で料理にもお客様にも対峙している大坂氏。カウンター越しに見える熟練の技を肴に、素材の旨味が凝縮した天ぷらをしみじみ味わいたい。
取材・文/青木玲子
撮影/安井智洋
Tempura Oosaka is a famous tempura restaurant located in Toranomon, Tokyo, offering flavors that provide heartfelt satisfaction with every visit. The hand-crafted tempura is expertly cooked to bring out the best qualities of each ingredient, with asparagus and anago (conger eel) being particularly acclaimed. The interior has a calm atmosphere, allowing you to enjoy exquisite tempura in a spacious and relaxed setting.