ーーー六本木から移転された経緯について教えてください。
当店は六本木に2003年12月23日に店を構えて、2018年まで15年間続けてきました。「日比谷ミッドタウン」に移転を決めたのは、当店の開業日が上皇陛下のお誕生日でもあり「日比谷ミッドタウン」ができるにあたり、上皇陛下のお膝元に呼んでいただいた気持ちになれたことが理由の一つ。二つ目は、皇居の向かいにあるという好立地だったことです。皇居の良い気を頂戴しながら日本料理を作れることは、日本料理人として名誉であり幸せなことだと思います。
ーーー商業施設のレストランは様々な制約があるそうですが、ご不安はなかったですか?
これまでにも商業施設への移転の提案を頂いたことはありましたが、僕は年100日以上豊富に休みを取らないとダメな人間で、「好きな時に店を閉めて当店の都合でやらせてもらえますか?」という条件は大抵聞いてもらえませんでした。ですが、当ビルの関係者からは、当店を休業にする日は専用エレベーターを止めれば問題ないと言っていただけたので非常にありがたかったです。
また、当店に炭火は欠かせない要素で、電気やガスでは当店の料理は完成しません。通常、商業施設やビル内で炭火を扱うことはまず無理なんです。特に当ビルは皇居の隣で日本で一番消防法が厳しい場所ということもあり、炭火を扱うとなると35階建ての屋上排気しか認められず、関係者からは当初難しいと言われました。ですが、移転には「炭火を扱えるようにすること」を絶対条件とし、この話は無くなったのだろうと思っていた8ヶ月が過ぎた頃、香港でイベントをしている時に「問題を解決しました!」と突然の連絡が入りました。移転前と変わらず、休みが自由に取れること・ビルの中で炭火焼きを実現できることは僕にとってとても重要なことだったので、本当に嬉しかったです。移転を決意し、当店の大きな特徴であり強みとも言える部分となりました。
ーーー「日比谷ミッドタウン」の設計は【龍吟】ありき、だったのですね!
移転を機に掲げたことは、「日本料理の玄関口」をやりたいということです。東京駅からも程近い日本の中心地で、僕が日本料理をどのように見せていくのか/発信していくのかを常に意識しています。当店は日本人と外国人のお客様の割合が半分ずつなので、日本料理の在り方を新しく追求していきたいと考えています。まず「日本料理はこうでないとダメ/これが日本料理なんだ」という「型」にとらわれる必要はないということ。「今」を生きる僕たち料理人は、先人たちが築き上げてきたレールの上をただひたすら走れば良いというわけではなく、今の時代の僕たちだからこそできることを形にしなければ、それはただ先人たちが残したものに料理人として甘えているだけになってしまいます。
僕たちが生きてきた証を「料理」を通じてどのように表現していくのか、日本料理とは料理だけでなく、設えや器といった現代に残る日本の伝統工芸や技と共にあるということを発信していくことが大事だと考えています。料理とは、ただ空腹を満たすだけでなく、「精神を満たすもの」であるべきだと思うんです。日本におけるガストロノミーとは、日本文化であったり、素材感や季節感などを全て盛り込んでいくことであって、決して「型」ではないと僕は解釈しています。
ーーー山本様のお料理の特徴は?
日本料理とは何ぞやというところだと思いますが、「日本料理とは四季のある日本国の自然環境の豊かさを、料理でもって表現したものである」と僕は一律に答えています。そして、素材の命を料理に変えて伝える役割を果たすのが、日本料理人のあるべき姿だと思っています。「この魚は自分の物」という感覚は僕には無くて、海の物は海に、山の物は山に命があるわけです。それを個人の物にしてしまって、「俺の料理」とお客様にお出しするのは好きではありません。素材のありのままの良さをどう伝えるかが大事で、考え方によっては「素材の方が偉い」と思っています。僕たち料理人が黒子に徹することで、素材の命の素晴らしさがお客様に伝えられるのだと思います。お客様には「山本さんの料理」と言っていただくことも多いですが、僕は「自分の料理」と素材を自分色に染め上げたような料理を出すつもりは全くありません。ゆえに、当店ではカウンター席は設けていません。素材の命に対してどう向き合うかの姿勢や精神が大事なのです。
味付けや火入れ次第でおいしい料理にはなるかもしれません。ですが素材の命が感じられなければ、単なるメニュー(献立)にしかなりません。日本の素材はテロワール(土壌)や気候によってもたらされた結晶です。素材の命の素晴らしさが伝わるからこそ、「良いものをいただいた」とお客様に感じていただけるのだと思います。料理とは素材の魅力を引き出し、足りない部分は補って「全ての食感が嬉しくなる」ものでなければなりません。例えば、この魚はこういう素材感や食感だから、これを添えるとおいしく感じ、相乗効果で魚もどちらも嬉しくなる、というように。僕はこれを「ご褒美の法則」と言うのですが、お酒もそれを手伝ってくれる一つですね。
ーーー精神を満たす料理について、具体的に教えていただけますか?
刺身(お造り)は作っているわけではなく、魚の中に元々あるものですよね。いかにして取り出すかだけなんです。でも西洋料理は発想が違っていて、薄く切って並べてオイルをかけて作っています。僕たちとは精神が違うんですよ。イメージとしては一本の木を切り出して観音様を彫り上げる感じで、粘土を足してマリア様を作ってるのとは違うわけです。僕は日本のそうした精神が好きです。なので、シンプルに仕上げたいという想いも僕にはなく、「嘘のないものをやる」、それだけです。素材のすっぴんの良さを見せないと、僕たちが勝手に整形したり化粧したりしてはダメですし失礼じゃないですか、厳選された素材の魅力を引き出すための我々は黒子なのですから。人体のことを知らない人に体を切られるのは嫌ですよね。魚も思っているはずです。「私のことを知りもせずに、自分の作りたい料理の中で勝手にパズルみたいなコマにしないで!」と。「よしよし、お前のことは分かっているからな」と扱うことを忘れてはダメなんです。
ーーーお料理を提供するうえで大切にされているポイントは?
一番大事なことは、「お客様はご馳走を食べに来てくださっている」ということです。つまり、僕たちは料理を作るうえでご馳走感を出さなければなりません。ご馳走感とは「温度と香り」です。器の温度や蓋を開けた時に漂う香りは、食べるよりも先に届くご馳走です。器が冷たい中に温かい物が入っていても価値がないんです。ビールも常温で飲むか冷やして飲むかでは、元の味は一緒ですが感じ方は全く違いますよね。温度と香りがいかに大事かということです。僕たちが考える最高の温度感(状態)できちんとお客様に料理が届いているかがとても大事なポイントで、「状態」こそが料理の命でありご馳走なんです。
ーーー山本様とスタッフが一丸となって最高のお料理が届けられるわけですね!
お客様のために料理を作っていると話す料理人の方も多いですが、僕は違和感を感じています。僕は自分が食べたいもの/一番良いなと思うものをお客様にお出ししています。なぜなら、自分の中で最も責任が持てるからです。東京には無数の店があり、その中でお客様は当店を選んで来てくださいます。家でもご飯は食べられるのになぜ当店かというと、どうしてもおいしいものを食べたいからですよね、これは欲求なんですよ。僕はそれを「美味しいもの食べたい病」と呼んでいて、僕はメニューではなく処方箋を出しているんです。おいしいものを食べたい症状はおいしいものを食べないと治らないし、満たされない料理を食べても治らないんです。
重症患者さんは日本国の多彩な魅力をもって僕が治してあげます、山本クリニックへようこそ!という気持ちで僕は構えています(笑)。もちろん処方箋は人それぞれ違い、少しだけおいしいものを食べたい人に山盛りの料理を出しても症状は治りません。その人にとっては名医になれなかったということなので、もう来ていただけません。やはりお客様の精神までも満たす食事でなければ意味がないのです。
ーーー料理を通じて、日本の伝統や文化をどのように伝えていきたいですか?
日本には誇りに思えることがたくさんありますが、最近は日本人が自国に対してあまり誇りを持てずにいます。そんな中で、「食」は日本人で良かったと思えることが多々あるし、外国の方からすると日本はなんて素敵なんだと感じてもらえるものだと思います。誰もが生まれながらにして「おいしいものを食べたい」という欲求を持っています。だからこそ、ただの食事ではなく「ご馳走」として心に残ることが大事で、「器は食べられないから何でもいい」などと言われると非常に悲しい。器も料理の一部で、日本の伝統工芸の魅力を伝える大切な要素です。日本にはこんなに美しくて可愛らしく、そして洗練されたものがあるのだとお客様に知っていただきたいです。だからこそ、空間・温度・香り・器の質感の一つ一つにこだわることで、「日本の素晴らしさ」をお客様に感じていただけると思っています。
ーーー海外のお客様に日本料理の魅力を伝える際、意識されていることはありますか?
日本ならではの料理の価値を求めて来られている意識の高い人が増えたなと思います。美食の都市とも呼ばれる東京に来て、食事がおいしくなかったら僕たちの存在は一体何なのかということになるので、そこだけは絶対守ってあげないといけないわけですよね。そういう想いはあります、勝手な使命感ですけどね。海外のお客様であっても素材感を伝えることが第一です。僕は自信を持って日本の素材は世界一のクオリティだと思っているので、素材は嘘をつかないことを信じるのみです。「これが日本国の素材です、どうですか!」と、もうそれだけですね。素材から伝わるエネルギーが皿に宿っている限り、国籍を問わず絶対に通用すると思っていますし、「【龍吟】は、今の日本の自然環境の豊かさが食べられる店だぞ!」と思ってもらいたいです。日本を食べに来いという感じですね、食べに来いと言うと怒られてしまいますが、食べに来てもらいたいなと思うんです。
ーーー山本様が目指される日本料理人としての在り方とは?
フランス料理や中国料理などの料理人に進む選択肢はありましたが、日本人として本物を発信する側になりたくて、日本料理人の道を選びました。日本料理を極めるには技術を磨くだけではなく、生き方や精神の在り方まで日本人としての本質を持っていなければならず、日本的でなければなりません。そして最も大切なことは、「何をお客様に伝えることができるか」です。
僕が伝えられることなど些細なものかもしれませんが、日本の数え切れないほどの素晴らしい食材や伝統工芸品の魅力をいかに発信するかに人生を賭けることで、より大きな価値を生み出すことに繋がり、この想いが最終的にお客様へと伝わっていくと信じています。
ーーー山本様が大切にされる精神性は修行時代から培われてきたのでしょうか?
修行時代は求められることが全く違いました。与えられたセクションを完璧にこなすことが自分にとっての仕事であり、任されていたことなので、責任を果たすということに必死でしたね。料理人としての精神性について深く考えるようになったのは、修行時代よりも独立してからです。
経営者として人を使って店をやっていく難しさや、独立といってもまずお金が無かったので、生きているだけでお金がかかることの現実を目の当たりにしました。僕は生きているだけでお金がかかる人間になってしまった…みたいな。修行先では普通にあったものが無いので道具も揃えなければならないですし、何かあったら全て自分の責任になります。精神的な強さを持たなければ、「料理屋の主人です」という顔はできないことを思い知り、最初は心を潰されるような毎日でした。自分は料理しかできないということに気付かされましたね。怖さというか綱渡りのような人生を送っているという気持ちで、当時は余裕が全くなかったです。
ーーー多くのものをお一人で背負ってこられたのですね。
最初の頃はしばらく何も考えられず、プレッシャーの方が大きかったです。料理をするのと料理屋をやるのとでは0と100くらい違うと思う日々の中、生きた心地がしませんでした。自分ができることは料理しかなく、自分一人で抱えて何ができるんだ、と。皆んなに支えられて自分が生きていることを、この20年間で思い知りました。龍吟=私ではないんです。周りの人たちに生かされている、だからこそ僕も謙虚な気持ちを持って自分が預かる食材を生かさなければならないという精神が身についたわけです。自分ができないことはスタッフが手伝ってくれるし、スタッフの方が優秀なこともあるんですよね。
ーーー驕りや過信の意識が生まれたことはなかったのでしょうか?
それは役に立たないです。僕たち料理人はプロとして問われるものがあり、技術・資質・話す内容や理解力・お客様の何かを察する能力・空気を読む力などがプロ意識なんですよね。プロ意識にそぐわないものは本人のただの欲求なので、自分の趣味の世界で満たすことで僕はうまく心のバランスを取っているつもりです。スタッフにもしっかりと休みを出すようにしています。今は11日間の休みを年3回出していて、スタッフの士気に繋がれば良いなと思っています。ちなみに年4回にしたいと会計士に言ったら怒られました(笑)。
ーーーお弟子さんたちにはどんなことを継承してもらいたいとお考えですか?
料理人が食事を通して唯一お客様に残せるのは、その店に行った時の記憶と食べ物の記憶です。だからこそ、設えなどもちゃんと整えておかないと、「料理は美味しいけどあの店のサービスはダメ」になってしまいます。料理人とは「記憶」を大事にする/してもらう職業でもあるので、それを彼らに伝えれば自分という人間をどう作っていくべきか、自ずと分かるはずです。褒められた記憶も叱られた記憶も、何事もその人の人生の肥やしになります。そうした記憶と共に、己の精神と常に向き合うことが絶対に大事なんです。見えるものにだけ興味を持つのではなく、見えないものを見ようとする目と心を持ちましょう、と伝えています。
料理は決して作業ではないので、お客様の体内に吸収されるものを僕らは責任を持って出さなければなりません。僕は精神の在り方については伝えても、料理のことは全然教えていません。それでも料理は上手になるんです。「僕の料理をそのままコピーすることに何の意味も無い」とも伝えています。料理には無限の可能性があり、僕は料理の世界観というものを諦めないでもらいたいです。日本料理の本質は、日本の自然環境の豊かさを料理でもって表現するということを絶対に忘れないで欲しいですし、いつか彼らも次の世代に、その精神を教えられる人になってもらいたいという想いです。
ーーー今後の展望としてはどのようにお考えでしょうか?
新たに支店を出すことは考えていません。支店を出しても僕はいないので責任を持てないですよね。トラブルが起きれば心配事も増え、精神が不健全になれば料理にも影響します。それはお客様に対して私の本意ではありません。
僕の一番の目標は、お客様にもスタッフにもストレスのない強いチームとパーフェクトな料理屋を作り上げること。当店で長い時間を共にする全てのスタッフが、料理をやっていて良かった/【龍吟】で働けて良かったと思ってもらえる環境(設備投資や福利厚生)を整えて、家よりも居心地が良い場にしたいです。共に同じ世界を見ている仲間同士の「絆」から生まれる空気感を大切にすることで、僕たちが思う最高の状態の料理をお客様に提供することにも繋がると信じています。
ーーー豊かで健全な精神に導くための環境づくりが必要なのですね。
東京には16万軒ものレストランがある中で、ミシュラン三ツ星は12軒、そのうち5軒ある日本料理店の一軒として当店は選ばれています。その栄誉に恥じない店でありたいですし、スタッフも楽しんで仕事に取り組めたら最高かなと。高いハードルの中で自分たちが高い意識を持って仕事ができることがかっこいいと僕は思っています。料理屋は80点の店しか作れないんですよ、なぜなら100点を決めるのは自分たちではないからです。自分たちにとって100点だとしても、経営面や料理・サービスなど必ずどこかにマイナス要素が出てくるので、最高は80点なんです。だからこそ、残りの20点はお客様に「20点足しますよ!」と絶対に言ってもらえるようにどう向き合っていけるかが大事です。
ーーー最後に、山本様にとって「おいしい」とは?
一言で表すと「心の悦び」です。これまでの自分の価値観を良い意味で覆されたり、おいしいものを食べると明日からまた仕事が頑張れる活力に繋がります。自分の精神が活性化されて元気になるというか。悦びポイントは人それぞれ違いますが、「おいしい」とは心の悦びであり、「精神を満たす食事」だと思います。
以前、お客様をお見送りする際に「どうもありがとうございました。良い週末をお過ごしください。」とお声掛けしたら、「たった今、良い週末を過ごしたばかりだよ。」と言ってくださったことがありました。本当に嬉しかったですし、この仕事をしていて良かったなと思いました。僕たちがお客様に「心の悦び」を提供して、お客様は受け取った気持ちをこちらに返してくださる。その時に店は100点になるんです。
日本国の価値を表現する黒子に徹し、目に見えないものを見ようとする目と心を持つことが大事だと語る山本氏。国内外での高い評価に奢ることなく、自分という料理人の個性や創作を表現することなく、「精神を満たす食事」を追求し続けている。「食」がもたらす本当の豊かさとは何か、を改めて考えさせられる山本氏の言葉からは、我々が日本人であることへの誇りも同時に感じることができた。皇居を望む日比谷【龍吟】で、日本の素晴らしさと心の悦びを感じる唯一無二の食体験を是非味わってみて欲しい。
取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/眞田 厚司
龍吟は、日本が誇る四季折々の食材を用いた絶品料理で知られる和食の名店です。全国から厳選された天然素材を使用し、季節ごとの特別料理が楽しめます。絶妙な焼き加減や調理技術で本物の滋味を引き出し、訪れる客に幸せな瞬間を届けます。