AutoReserveAutoReserve
【τρεῖς (トレイス) 】河島 英明氏が誘う、想像を超えた先の「おいしい」との出逢い
2025/3/10

【τρεῖς (トレイス) 】河島 英明氏が誘う、想像を超えた先の「おいしい」との出逢い

日没を迎えた東京都内某所。建物の入り口に掲げられたスクエア型の看板が点灯し、謎めいた【τρεῖς】の文字が浮かび上がる。古代ギリシャ文字の「3」を意味する【τρεῖς(トレイス)】は、カウンター6席と個室カウンター4席の会員制イノベーティブレストラン。同店のシェフ河島 英明氏は、素材に塩と水しか足さないスペシャリテをはじめ、代々木【Bon.nu】で多くの美食家たちを唸らせてきた凄腕料理人。常識を覆す河島氏の料理の数々は、カウンターに降り注ぐ一筋の光の元で振る舞われ、ゲストの心までも魅了する。日々どのように料理と向き合い、理想を具現化させているのか、河島氏の料理哲学や店づくりの想いについて、ベールに包まれた【τρεῖς】の魅惑的なコースの一部と共にお届けしよう。

塩と水だけで調理するスペシャリテ

ーーー光と影のコントラストが効いた大人の隠れ家のようですね。

天井までの大きな窓が気に入って即決した場所なんです。内見した時にはまだ何も無い空間でしたが、店の完成形がすぐに頭に浮かびました、まさにイメージ通りで完璧だなと。修行時代の【RESTAURANT SANT PAU(サン パウ)】は、表通りに面してガラス張りの厨房があり、外からも見られるのですが、料理をしながらも開放感があり、独立するならば同じく開放感のある空間が良かったんです。それまではステンレスに囲まれた厨房に籠って料理を作るのが当たり前だったので、開放的な空間の中で料理するのはものすごくワクワクするんですよ!

ーーーまるで舞台のような店内で私たちもワクワクします!本日はどんなお料理を?

まずはこちらの「新玉ねぎのスープ」をお召し上がりください。【τρεῖς】を開業して最初に作った料理です。常連のお客様には馴染みがあり、自分にとっても想い入れのある一品です。コースの最初にお出しする料理なので身体を温めていただきます。

材料は新玉ねぎと塩と水だけ。どれも特別な産地や作り手から取り寄せたわけではなく、「塩と水だけでスープを作るから、それにあった新玉ねぎが欲しい」と卸業者さんに発注しています。新玉ねぎは水分量が多いので、その日の個体差をみながら火入れをして、塩と水の量を調整しています。塩はイギリスの「マルドンソルト」、水は市販のミネラルウォーターです。材料を明かすと皆さん驚かれるのですが、僕は塩と水をお客様に食べてもらいたいわけではなく、主役はあくまで新玉ねぎ。新玉ねぎがもつ柔らかな甘みと瑞々しさを際立たせるために、塩と水を使います。塩も塩味をつけるためではないので、塩と水はあえて「日常の中にあるおいしい脇役」が良いですね。

ーーー素材を活かすための必要な条件として塩と水を加えているのですね。

素材や料理にとって必要なことはやるべきだろうという考え方です。よくお客様から「何も足していないのでしょう」と言われるのですが、塩と水だけで料理を作る理由はそれが最善だと思っているから。僕はその素材が活きるのであれば、必要な調味料や工程は足すべきだと思っています。極端なことを言えば、素材に化学調味料を入れた方がその素材が活きてくるのであれば、僕は化学調味料を入れますし、入れた方が良いと思います。それが料理だと思うんですよね。

「新玉ねぎのスープ」は、新玉ねぎの柔らかな甘みと瑞々しさを損なわずに、素材以上に新玉ねぎらしく食べていただきたいという想いから、塩と水でスープに仕立てました。これまで数えきれないほど作ってきたスープですが、素材の持ち味を邪魔しない調味料・火入れ・温度感は毎回異なるので、レシピはありません。その時の絶妙なバランスを見逃さないようにしています。

素材の個性を見極め、新たな表情を提案する演出の妙

ーーー続いての一品は見た目からユニークですね! 香ばしさに食指が進みます。

某ファストフード店で見かける徳用バスケットに似ていますよね、当店のスペシャリテ「KFP ケンタッキーフライドピジョン」です(笑)。普段は出来たてをお客様にまず一口召し上がっていただいています。容器の相乗効果もあってパーティーのような盛り上がりが生まれたり、素材が鳩であることに驚かれる方、鳩肉特有の旨味とスパイスを気に入ってくださる方、色々な反応をいただきます。常連のお客様の中には「たくさん食べたい!」と、店で4本召し上がったうえでテイクアウトを希望される方もいらっしゃいましたね。

ーーー肉汁がたっぷり含まれた鳩肉ですね。こちらは塩以外の調味料も使っているのですか?

内容は秘密にしておきたいのですが塩以外にも複数のスパイスを使っています。フレンチではメイン料理にローストした鳩肉が出てくることがありますが、一般的な調理方法としては皮目をしっかり焼いた後に一時間ほど置いて熱を落ち着かせる工程があります。肉を落ち着かせる間にどんどん肉汁が出てくるのですが、この肉汁がとんでもなく美味しいんですよ。

この肉汁は本来は素材から出てきてはいけないものではないかと仮説をたてると、ローストの仕方自体を間違えているのではないかと僕は思いました。そこで考えたのは、鳩の胸肉を生の状態から5分ほど油で揚げ、ローストと同じようなミディアムレアの状態を作る方法です。揚げることで、ローストでは出ていってしまう肉汁を留めることができるので、噛むまで肉汁が出てこないのです。この結果をみると、今のところ鳩を一番効率良く、かつおいしく食べる方法ではないかと僕は思っています。

ーーー遊び心溢れるアイディアはどこから湧いたのですか?

開業した2020年はコロナ禍で、営業するにもお客様の人数制限が設けられ、当時は会食をすることにネガティブな社会の空気もあって、カウンター6席を埋めることができませんでした。僕は楽しく食事をしていただける空間にしたくて、当初は鴨を一羽焼いて皆さんでシェアすることを考えていたんです。ですが、コロナ禍ではものすごいロスが発生してしまいます。そんな時に、鳩肉に専用バスケットを合わせたら面白いのでは? と閃いたんです。そして本家の店頭で徳用バスケットを購入してアレンジを加えたところ、お客様にウケたんです。KFPの「K」は「河島」として、「C」はマジックで「P」に塗り変えるだけですけれどね。以前、ケンタッキーフライドチキン日本支社の取締役の方と当店のスナック大好きなソムリエが飲みの席で偶然お会いしまして、この件に関してはしっかり許可もいただけました(笑)。当時の状況下の中で苦肉の策として生まれたメニューですが、今では【τρεῖς】に欠かせないスペシャリテとなりました。

ーーー料理を作るうえで大切にしていることは何ですか? 

料理を作るために考えすぎないこと。以前の店では厨房のステンレスの壁一面に閃いたことを書き出して、それぞれを線で結んでアイディアの関連図を作っていた時期もありましたが、今は後輩を育てる立場ではないですし、あえて意識的に考えないようにしています。「考える」とは、自分の中にある経験や知識の引き出しを開けて出てきたものをまとめる作業。料理人とはいえ、現代の日本に暮らして同じような情報に触れていると、引き出しの中から頑張ってひねり出したところで同じようなものしか出てこない気がするんです。料理にしてみても小さな差にしかならないし、つまらないですよね。

今でもスマホのメモ帳に書き留めたアイディアを整理することはありますが、最終的な閃きは子どもとゲームをしている時や自転車で街を走っている時、料理のことなんて何ひとつ考えていない瞬間に面白いものが生まれたりするんですよ。

ーーー自然体から生まれる閃きを大事にされているのですね。他に、良いパフォーマンスをするために心掛けていることはありますか?

毎日の生活リズムを崩さないように、食事や入浴を決まった時間にするなど、自分の中でのルーティンを大切にしています。体力勝負の仕事ですし、体調を崩すと味付けも変わってしまいますからね。実はこの店を始めてから、ハイボールに葛根湯を入れたものを毎日飲んでから店に立つようにしているんです。それには理由があって、本来の僕は話し下手で細かいことが気になってしまう性格なんです。お酒が入ることで、お客様とテンションを合わせながらお話を弾ませることができて、かつ余計な雑念が混じらないので、僕にはこのスタイルがちょうど良いみたいです、風邪予防にも最適ですしね(笑)。

ーーー修行時代に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

【RISTORANTE KIORA】で修行していた24歳の頃、関連会社のシェフたちが一堂に会して腕を競うパスタコンクールがありました。僕の先輩が出る予定だったのですが、代わりに出るよう頼まれまして、「じゃあやってみます!」とひとつ返事で参加したところ、優勝してしまったのです。当初は、冷製パスタに水蛸の吸盤をスパイスで揚げたものをトッピングして温かいトマトソースを合わせる予定でしたが、会場の厨房には見たことのないようなお皿の冷却器具があって、試しにその皿に冷製パスタを盛り付けたところ一瞬で凍ってしまったんです。ここに温かいトマトソースをかけたら冷めてしまうだろうと土壇場でラーメンのようにトマトソースのつけ麺スタイルに変えてみたら、それが功を奏し「食感と温度感のコントラストが全くの想定外でとても良い」と総評をいただきました。まさか自分が優勝するとは思ってもいなかったのですが、固定概念にとらわれたくないという想いや無意識の中で生まれる閃きに委ねる感じは、今の料理に繋がっていると思います。

限定された客層に対していかに付加価値をつけるか

ーーー開業以来、会員制をとられていますが手応えはいかがですか?

2020年の開業に合わせて必要な資金を調達するため、クラウドファンディングを立ち上げ、賛同してくださった方に【τρεῖς】の会員権をお渡ししたのが始まりです。会員制は後からやめてもよいかなと最初は漠然と考えていたのですが、おかげさまで多くの方にご支援をいただきまして。資金的な管理は経営に長けている方にお任せし、店の方は全て僕に任せてもらい自由にやらせてもらっています。僕自身も今のスタイルでの営業が心地良く、開業から5年目を迎えた現在もこうして続けることができていますので、結果的にこの選択は間違いではなかったと思います。

現在は会員数の増減をみながら不定期に新規会員を募集していて、新たに会員になるには年会費と会員の方からのご紹介が必要となります。会員権は更新制で、年に一度でもご利用があれば年会費更新料はいただきません。現在、会員は240名ほどいらっしゃいますが、このくらいの規模がベストな印象です。増えすぎてしまってもお客様にご不便をかけてしまうので、現会員からのご紹介については一会員おひとり様までとさせていただいています。

ーーー料理人として会員制レストランの「心地良さ」やメリットは何だと思われますか?

お客様をさほどお待たせすることなく、ご希望のタイミングで予約を賜ることができることです。最近は数年先まで予約が埋まっている店もありますが、僕は数年後の自分を想像できません。日本に住んでいないかもしれないし、生きているかさえも分からないですよね。お客様は今、僕の料理を食べたいと思ってくださっても、数年後は食べたい料理が変わっているかもしれません。【τρεῖς】の料理を食べに来てくださるお客様が、日常の中でお好きな時に安心して食事を愉しんでいただける場所にしたかったんです。また、会員制なのでお客様の情報も蓄積されますから、お好みやご利用目的などの個別性を反映しやすいメリットもあります。

ーーー会員制という枠組みの中でお客様は確約された安心感がありますね。

安心感というのは食べていただくお客様、料理を作る料理人にとっても大事なことなんですよね。誤解を恐れずに言うと、料理人として食材を選ぶことは言うまでもなく大事なことですが、それと同じくらいお客様を選んでも良いのではないかと。たとえ料理人として素材や味など納得のいく料理ができたとしても、空間を乱すような出来事があると「おいしい」には繋がらないと思うんです。

当店はカウンター席だけの限られた空間で一斉スタートします。ひとつの空間を共に愉しんでいただくためのある程度のマナーや価値観を共有できるお客様にお越しいただく手段としても、会員制を続けています。僕自身、どんなにおいしいお店でも堅苦しい所だと居心地が悪くて帰りたくなってしまうので、僕自身も心地良いと思える空間の中でお客様の期待に応える料理を出す店にしていきたいですね。

期待と予想を超えたところに「おいしい」がある

ーーーあえて「普通の食材」にこだわる理由、高級食材を選ばないのはなぜですか?

世の中にはおいしい食材やこだわりの製法で作られた農作物がたくさんありますが、それらの食材は単体としても十分おいしい。つまり、厳選された食材はそれ自体ですでに完成度が高いんです。僕は料理人ですから色々な仕込みをして、素材を切り出し、火入れをして、調味料を加えるという作業に懸けているわけですが、自分の料理がその素材単体に最初から負けてしまう=超えられないのであったら料理人として面白くないですし、納得がいかないんです。僕は、食材が「普通の素材」であっても、個性を活かす正しいアプローチがあれば、本来の素材がもつ「おいしい」を表現できると信じています。

ーーー最後に、河島さんにとって「おいしい」とは?

「おいしい」とは、味だけでなく食材の魅力・表現方法・空間によって食べる人の期待を超えていくことだと思います。面白さや驚きがあって食べる人の想像を超えた瞬間に「おいしい」が生まれるのではないでしょうか。料理人なので自分が「おいしい」と感じる料理を作るわけですが、最終的に「おいしい」を決めるのはお客様です。僕が作りたい料理やおいしいと思う料理を作っているだけでは自己満足、つまりエゴですよね。お客様に食べていただく料理はお客様が召し上がっておいしいと感じてくださって初めて完成するもの。料理とは、そこに向かって素材を最大限に活かすための組み合わせやアプローチを見つけていく作業ではないかと思います。これからも「美しい味」と書く「美味しい」を目指していきたいと思います。

光と影のコントラストが映える【τρεῖς(トレイス)】。店主・河島 英明氏はカウンターの前で調理前の食材をゲストに披露すると、しばし厨房に籠る。ほどなくして香りが立ち込め、素材を調理する音が店内に響き渡る。再び河島氏が登場した時に手にする「料理」には、ゲストの予想を超えた様々な仕掛けが施され、歓談に花が咲く。素材ごとの魅力を最大限引き出すべく、誰よりも料理に対する熱い想いを持つ河島氏は、これからもこの場所で様々な閃きがもたらす感動をゲストに与え続けるだろう。

取材・文 / 柳屋 有里
撮影 / 鈴木 雅人 

店舗情報

  1. AutoReserveマガジン
  2. 世界に誇る日本の名店
  3. 【τρεῖς (トレイス) 】河島 英明氏が誘う、想像を超えた先の「おいしい」との出逢い
【τρεῖς (トレイス) 】河島 英明氏が誘う、想像を超えた先の「おいしい」との出逢い | AutoReserveマガジン