―――銀座の地に店を構えてどのくらい経つのでしょうか?
2015年に独立開業して今年で10周年です。修行時代から、いずれ自分の店を持つなら銀座でやりたいという想いがありました。「銀座」は日本の中心、いや世界の中心だと僕は思うんですよね。歴史と文化のある街ですし、こういう表現が正しいか分かりませんが、「銀座」には人も食材も「一流」と呼ばれるモノが集まってきますから、「ここで勝負して認められたい」という想いをずっと抱いていました。
営業は夜のみで予約制です。コロナ以前は二部制にしていましたが、現在はお客様のお好きな時間帯に予約を賜り、おまかせのコースをお出ししています。
以前勤めていた店から通ってくださっている常連のお客様もいますが、土地柄か接待でご利用される方や、私と同世代から少し上の年齢層のお寿司が好きな新規のお客様も多いです。近年はインバウンドのお客様が全体の3〜4割とずいぶん増えました。カウンター7席のみですが、多い日には全て海外のお客様という日もあります。
―――「鮨 竜介」のおまかせコースの内容を教えてください。
仕入れ状況にもよりますが、握り10貫、つまみ6品、海苔巻き2つ、卵焼きという内容です。鮪については、僕は大きさや脂よりも「旨味」のある鮪にこだわります。中でも定置網で獲れる鮪は、身が柔らかくて香りと旨味が抜群なんです。
5~6月頃に定置網漁で獲れる佐渡産の鮪は非常においしいですよ。冬にかけては津軽海峡付近の鮪の季節。一本釣りや延縄漁に変わりますが、あの辺りでも定置網漁をやっているところがあるので、良いものがあれば使っていきます。
僕が料理を提供するうえで大事にしていることは、自分の納得がいく本当に良いと思える素材を使うこと。そして「真剣に遊ぶ」ことです。江戸前寿司にこだわりたいので握りに関してはいじりたくないですが、つまみは一見すると寿司屋っぽくない蟹や帆立など旬の食材を使ったクリームコロッケや白身魚のトリュフがけなど、アレンジを加えた一皿もあります。「全部おいしかった」と言っていただくより、何か一品でもお客様の印象に残るような寿司を愉しんでいただけたら嬉しいですね。
―――「真剣に遊ぶ」とは、粋な表現ですね。白身魚のトリュフがけはどのようなきっかけで生まれたのですか?
常連のお客様からのアイディアなんですよ。ある時、オープン当初から通ってくださるお客様に3枚の平目をそれぞれ塩・醤油・ポン酢で食べていただこうとお出ししたところ、その方に最後に言われたのが、「すごく旨いけど、この食べ方は他の店でもやってるし、思い切ってトリュフを合わせるのはどう?」と。最初は寿司屋でトリュフ?と思ったのですが、何人かの常連のお客様にお出しすると皆さん悦んでくださって、これもアリかなと思いました。
とはいえ、お客様それぞれ好みがありますし、シンプルに食べたい方もいらっしゃるだろうと、やめた時期もあるのですが、今はSNSなどで情報がアップされていますよね。お客様から「今日は出ないの?」という声や、それを愉しみに来てくださるお客様の存在を感じて「これはもうやめられないな」と思い、おまかせコースの一品に加えました。
―――近年は海外からのお客様も多いとのことですが、どういった印象をお持ちですか?
初めて寿司を食べるというお客様もごく稀にいらっしゃいますが、皆さん自国で「SUSHI」を召し上がっていて食べ慣れている方が多いんですよね。
ですから、特に海外のお客様を意識して食べやすいようにアレンジするということはせずに、日本人のお客様と同じものをお出ししています。ご予約時には全てのお客様に苦手な食材やアレルギーの有無をお伺いしているのですが、海外のお客様は白子が苦手という方が結構いらっしゃるようです。これから冬を迎えると、真鱈の白子の茶碗蒸しや焼きものなども入ってきますので、「おまかせ」と言えど、事前の質問に加えて来店されてからもう一度苦手な食材をお聞きして、お客様のご要望にある程度ご対応できるように素材を用意しています。
―――競争の激しい銀座の地でお店を続けてこられた理由は何でしょうか?
自分としては、本当においしいと思うものをお客様にお出しすることに徹してきました。そこには魚屋さんをはじめとした業者の方々の協力が欠かせません。仕入れを一言でいうとタイミングとコミュニケーションなんですよね。僕は毎日7時から豊洲市場に行きます。例えば鮪は卸の「やま幸」さんから購入しているのですが、たとえ買うものがなくても必ず顔を出してその日の仕入れ状況を伺います。時には寿司と関係のない世間話やゴルフの話をすることもね。
ちょっとしたコミュニケーションの積み重ねですよ。「少しでも良いものを仕入れたい」という想いは、僕ら板前は皆んな同じだと思うんです。世界中から選りすぐりの食材が豊洲市場に集まる中で、何が一番かなんて競りの番号でもついていない限りは分からないわけで、自分の足で探して良いものを譲ってもらうための努力が必要だし重要だと思っています。
―――寿司職人を志すきっかけ、独立前の修行時代について教えてください。
小学生の頃にはすでに「将来は寿司屋になりたい」と家族に言っていたそうです。当時は寿司といえば家族でたまに行く回転寿司くらいでしたが、幼心ながら特別な感じがあったのでしょうね。高校卒業後に調理師学校に入り、1・2年目の研修先は、地元である千葉県の老舗デパート内に店を構えていた【銀座 久兵衛】でした。日本屈指の名店といわれるグループですが、学生だった当時の自分は正直それを知らずに研修していたんですよ。【銀座 久兵衛】の凄さを実感したのは、卒業後にお世話になることが決まって就職した後でした。
―――修行時代に印象に残っていることはどんなことですか?
【銀座 久兵衛】には20歳から8年ほどお世話になりました。当時は都内近郊に7店舗あり、僕は千葉のデパート内の店舗と「京王プラザホテル店」「ホテルオークラ本館」で修行をしました。特にホテルオークラ時代は立食パーティーの宴会が頻繁にあって、年末年始の繁忙期ともなると、1日に1000人前の寿司を用意するので仕込みの量が半端じゃなかったんです(笑)。
最初は先輩に付いて皿を並べたりするだけで握らせてもらえないのですが、下準備として車海老を剥いて串に挿して、それを茹でて冷まして開くという作業を1日に400本くらい担当することもありました。単純な作業ですが、そのペースでひと月も仕事をすると、おそらく小さな店の何年分かの仕込み作業時間に匹敵するんですよね。とても忙しかったですが、あの仕込みの量や魚の捌き方、段どりがあったおかげで手は早くなりましたし、効率良くやるにはどうしたらよいかという考える力も身に付き、本当に良い経験になりました。
―――スピード感や効率というのは、お寿司を握るうえで重要なのですか?
仕込みに関しては鮮度を保つためにも早く正確に、かつ丁寧にやるということが一番重要なことではないでしょうか。修行先では夜になると席によっては三回転することもあるほど忙しくて、そうした中でも食材の切り付けの厚さや大きさ、握り加減、味、その全てを誰がやっても同じようにお客様にお出しするということは徹底されていたように思います。
技術や知識をアップデートするための勉強会が毎月あって、店長クラスの大先輩から新人までが集まり、互いの握りを披露して意見したり技術の確認をするんです。僕の場合は6年目で京王プラザホテルのカウンターに立つことができましたが、年数を積めば順にカウンターに立てるわけではなく、完全に実力主義の環境でずいぶん勉強になりました。
―――名店で求められる技術や知識を磨くために個人的に大切にしていたことはありますか?
当時は朝から夜遅くまでよく働いていたと自分でも思います。自分の時間が限られていたからこそ、上手くなるためにはちょっとした時間を使っていくしかないんですね。
例えば、僕ら見習いに握りの練習をさせてくれることがあるのですが、その時のために、紙でできたおしぼりをシャリの大きさにまとめて握りの感覚や手の返し方をよく練習しました。通勤電車の中や休憩時間も手を動かしていたものですよ。
先輩から「やってみるか?」と言われた時にできないと次のチャンスはいつ巡ってくるか分からない。例えば、すぐ上の先輩が穴子の仕込みを任されている場合、次は自分も穴子に触れる順番が近いかもしれないわけです。いつ声がかかるか分かりませんが、その時に備えて休憩時間になると魚屋へ走って自腹で穴子を買って練習していました。チャンスは掴まないとね。
僕が修行をしていた時代と今では社会の価値観も体制もずいぶん変わっていることもあると思いますが、当時は時間に追われながらも必死にやっていましたね。
―――近年の物価の高騰は店の経営に影響していますか?
仰る通り、近年の物価の高騰は異常です。先日もニュースで鮭が獲れないなんてやっていましたが、この店を開業した10年前は、生の筋子は1キロあたり4,000~5,000円で当たり前に手に入ったんです。それが今では、同じものを求めると1キロあたり1万4,000円はします。
雲丹の最上級品でさえも10年前は4万円を切っていましたが、今では20万円超えですからね。白烏賊は1キロ1万1,000円、烏賊が1杯5,000円ですよ! 考えられます?
鮪は長年「やま幸」さんにお願いしていて、上質な鮪を良心的な価格で出してくれているのでとても助かっていますが、それがなければこれから先も同じ価格帯ではやっていくのは厳しいでしょうね。
温暖化の影響や水産資源の枯渇、世界的な寿司ブームなど様々な理由があると思いますが、水産資源の価格について、この先は下がる要素はなく上がる一方じゃないでしょうか。SNSなどで「コスパがいい店」という切り口で飲食店が紹介されているのをよく目にしますが、寿司に関しては本当の「コスト」を知ったら多くのお客様はびっくりされると思います。
―――質へのこだわりとお客様に納得していただける価格を設定するという両者のバランスをとるのは大変な状況なのですね。
寿司に限らず、どこの飲食店さんも苦労されているのではないでしょうか。僕は仕入れに行った時に魚の値段を聞いてから買うことはまずないんですよ。
経営者としては失格かもしれないですけど、市場に行って「これいくら?」と聞いて買うのは恥ずかしいしダサいじゃないですか(笑)。まずはモノを見て、いいと思ったものを「これを、このくらいちょうだい」と言って買う方が板前としてかっこいいと思うんですよね。
その場で支払うので金額はもちろん分かりますが、この時点ではまだ原価率を計算しながら仕入れているわけではないんです。帰宅後に日報を書いて使った量や重さなど細かな数字をつけます。そこから 2ヶ月後ぐらいに税理士さんから試算表が送られてきてようやく原価率が分かるんです。「こんなに!?」と驚くことも少なくないですよ。
予約状況に合わせてムダのない仕入れやアルバイトの出勤時間を調整するなど、できる限りのことは続けていきますが、今後も仕入れ価格の高騰が続くようであれば価格改定も考えていく必要があるかもしれないですね。材料は妥協したくないので質を下げるわけにはいきませんから。
―――今後の展望があればお聞かせください。
海外に自分の店舗を持ちたい気持ちはありますね。以前、シンガポールで新規店舗の立ち上げに携わったのですが、とても面白かったですよ。アメリカや中国はまだまだ需要はあるでしょうね。海外展開には自分が直接そこでやる場合とプロデュースする場合がありますが自分は後者かな、と。
海外のコンサル会社からプロデュースのお話をいただくこともありますが、僕はこの店に愛着がありますので自分が立つ店はここがいいですね。このビルと自分の体力がある限り、ここでずっとやり続けたいと思います。
―――最後に、山根様にとって「おいしい」とは?
「おいしい」は食事をする雰囲気が創るものだと思います。素材が「おいしい」ことはもちろんながら、誰と食べるか・どんな状況・空間で食べるかというのはすごく大事だと思います。お一人でいらしゃるお客様にはなるべくお声掛けできるように、様子をみながら自然なタイミングで会話に入っていきたいですし、お客様同士の会話の流れを邪魔しないように食事をお出しするなど、お客様毎に愉しんでいただける雰囲気を創るための気遣いを大切にしたいです。
小さな店ですから個々にお客様が来店されていても一つの空間を共有しています。時には匂いの強い香水や携帯電話の電子音などは控えていただくなど、場合によってはこちらから雰囲気を壊さないようにお声掛けさせていただき、ご理解を賜る場合もあります。
僕らのような寿司屋は、誰にでも気軽に来ていただける価格帯ではないので敷居が高いと思われがちですが、これからも来てくださるお客様が愉しく親しみのある空間でありたいと思います。
煌びやかな夜の顔に変わる銀座の裏通り。ビルの地下へと階段を降りると店内は白木の設えで統一された一枚板のカウンター。屈託のない笑顔と快活な挨拶で作務衣姿の山根氏が出迎えてくれる。熟練した所作で振舞われる硬派な江戸前寿司と自由闊達な酒肴の絶妙なバランスはこの城の大将である山根氏の懐の深さに似ているような気がした。
今日もまた暖簾をくぐり、山根氏の元に客人が集うことだろう。
取材・文/柳屋 有里
撮影/中岡 あずさ
Sushi Ryusuke is located in Tokyo's Ginza district, a fierce battleground for sushi restaurants. The counter, made of a single piece of white wood, is very compact with only seven seats. Ryusuke Yamane, who trained for many years at Ginza's Kyubei, creates sushi with the utmost care and tradition, and all of his traditional Japanese sushi are exquisite. The dishes are made with the best ingredients from all over Japan, and all are wonderfully flavored.