ーーーどのような経緯で料理人を目指し、独立に至りましたか?
高校卒業後、カジュアルなイタリアンレストランで働き始めたことをきっかけに、そのまま料理の道に進みました。イタリアンを選んだのは、ラザニアが好きで「ミートソースを作れるようになりたい」という気軽な気持ちからでした。その後、本格的に料理人を目指すため上京し、東京のカジュアルなピッツェリアやワインバー、割烹居酒屋などで研鑽を積んだ後、サローネグループ【イル・テアトリーノ・ダ・サローネ】や【K+(カゲロウプリュス)】を経て独立しました。
ーーー【イル・テアトリーノ・ダ・サローネ】ではどのような経験をされましたか?
キッチンスタッフとして【イル・テアトリーノ・ダ・サローネ】に入社し、上下関係や言葉遣いなど厳しく指導される環境の中で、最後は副料理長のポジションまで経験しました。月毎にメニューが変わるため、毎月試食会を行いながら意見交換を重ねて、一品一品を完成させていました。月末には、翌月の仕込みをしながら翌々月のメニューまで考えていたので、当時は本当に忙しかったですね。メニューとして採用されるか否かに関わらず、キッチンスタッフは全員メニュー案を提出することになっていたので、季節毎に変わる旬の食材を踏まえてメニューを考えることも大変でした。
若い頃は自分が頭の中でイメージしているものを具現化することは特に難しいところですが、それができるようになるとシェフになれるのかなと思います。メニューが実際に採用された場合は、原価率などの計算も含め、実際に「料理」として形にしていきます。日頃から原価率の計算は厳しく指導されていたので、賄いに使った分なども毎週記録して提出していました。当時の経験があったおかげで今では大体の料理の原価率が分かるようになりましたし、少し先の時期に旬を迎える食材のことまで考えながら動けるようになりましたね。
ーーーご自身の成長を感じられる環境だったようですね。
昔ながらの職人気質な環境だと「見て覚えろ」という指導がされることもあると思います。僕は文字通りの意味ではなく、「ちゃんと観察して、そこから吸収する能力を身につけてほしい」という意味合いなのではないかと思いますが、実際に自分の手を動かしてやってみないと分からないことも多いんですよね。【イル・テアトリーノ・ダ・サローネ】では、調理するまでの下積み期間が必要とされることなく、主体性があればなんでもチャレンジさせてもらえる環境だったので成長を感じられました。
ただし、料理の評価をされるのはあくまで料理長であり、副料理長の仕事はあまり目立たないのが実情です。料理長を陰から支える立場として、若いキッチンスタッフとの間の緩衝材のような役割も担っていたので、自分の個性の出しづらさというのは当時感じていたかもしれません。
ーーーその後、ホテルのレストランの料理長も経験されたそうですね。
【イル・テアトリーノ・ダ・サローネ】退職後は、伊豆の下田にあるリゾート系ホテルのレストランで料理長を経験しました。支配人が僕の考えていることにも理解を示してくださり、シーズンオフの閑散期にも研鑽を積むため、フレンチのソースを一から全部作ってみたりと色々と試させてもらいましたね。なぜフレンチのソース作りをしたかというと、イタリアンのソースと比較して種類が豊富でおいしいものが多く、ソースについてもっと理解を深めたいという想いがあったからです。
イタリアンはトマトソースなど定番はありますが、実はあまり種類が多くなく、味の深みに欠けていると感じることが多いです。その背景には政治的に分裂と統一を繰り返し、1861年に建国したばかりの歴史がまだ浅い国ということがあります。つまり、イタリアンは様々な地域性が入り交じった料理で、一つの国家の料理としてソースの味が洗練されてこなかったことが要因にあるのだと思います。
一方、フレンチの起源は宮廷料理で洗練されたレシピも多く、ソースの種類も豊富でおいしいものが多いです。ソースの煮詰め方や凝縮具合いなど非常に繊細な調理が必要で、ソースの味は料理全体のバランスにも影響します。この頃の経験や学びは、現在の自分の大きな武器であり糧となっています。
ーーー名店【レストラン・エクアトゥール】の姉妹店【K+】では料理長を務めたそうですね。
ご縁があり元麻布にある一流フレンチ【エクアトゥール】の手伝いを始めた頃、姉妹店である【K+(カゲロウプリュス)】のシェフをやって欲しいとお声掛けいただきました。当時は同店を立ち上げたメンバー全員が抜けたことで中心となるスタッフが誰もいない状態で、僕は料理長として現場の責任者を任されることになったんです。立ち上げ時のメニューは40種類くらいあり、お客様に選んでいただくスタイルだったのですが、運営上スタッフの負担も大きかったことからメニューを一から変えるところから始めました。ですが、いきなり僕の色を出してもお客様に受け入れていただきづらいと思うので、自分が理想とする形をイメージしながら少しずつメニューを変えていきました。
同店は一流店の姉妹店ではありましたが、だからといって自動的に集客できるわけではなく当初は苦戦しましたね。8〜10ヶ月ほど経った頃には、食材にもこだわりながらメニューを全て切り替え、お客様も多くいらっしゃって忙しくなり本当にありがたかったです。店舗改革を一から経験したことで、自分次第でいくらでも集客は変えられることを強く実感しました。
ーーー【K+】での経験がどのように今に繋がっていると思いますか?
当時の僕は29歳と若かったですが、現場のトップとして責任のある仕事を任せていただき、責任者として店舗を運営するうえで貴重な経験をさせてもらいました。また、お客様の中にはワイン愛好家の方も多く、ワインへの見識を深めながらお客様との関係作りができたことも大きかったですね。当時のお客様で現在も常連のお客様もいらっしゃいます。ワインのおいしさを知ってからは、料理を作るだけではなくワインにも詳しくなりたいと自分でも進んで買うようにもなりました。
自分の作る料理を気に入ってくださったお客様からは「独立しないの?」と聞かれることもあり、自分でやるのなら落ち着いた雰囲気の店をやりたいという想いはありました。元々自分の意思がはっきりしている方で自分の思うスタイルでお店をやりたいとは思っていましたが、独立するとしても40歳くらいになるかなと思っていました。ですがタイミングと運に恵まれ、33歳の時に独立して当店をオープンすることができました。
ーーー【TATSUMI】の料理について教えてください。
当店は良質な食材を厳選しながら食材を引き立てるようなシンプルな料理を提供しています。様々なパーツを足すこともしないのでSNS映えするような見た目の華やかさはないかもしれませんが、シンプルなイタリア料理らしさを備えています。食材にこだわりシンプルに調理すれば料理はおいしく仕上がるんですよね。例えば、良質な鰹であればシンプルに焼くだけでも十分おいしくなります。あまり質が良くない鰹の場合は、味をカバーするためにサラダ仕立てにするなど様々な方法がありますが、良い食材を使うのであれば僕は余計な構成要素は必要ないと思っています。
例えばマイクロハーブやエディブルフラワーが添えられた料理も綺麗だと思いますが、「料理として必要なのか」、それ自体のおいしさを考えます。エディブルフラワーを用意するにしても、その分の仕込みやお金が掛かりますし、追加することによってお客様の感動が生まれるかどうかを考えると、僕は必要なものだけ皿に載せたいと思いますね。当店ではパスタに飾りとしてのチーズは載せないですし、基本的に自分がきちんと説明できる料理を提供します。お客様が最後に振り返った時、しっかりと記憶されるような料理を作りたいですね。
ーーー料理を作るうえでどんなことを意識していますか?
修業時代に「頭の中で食べられるようにしなさい」と言われたことがあり、いつもそのスタンスで料理を作っています。様々な食材を食べてその味を覚え、「この食材同士を組み合わせるとこういう味になる」とインプットしていくことで、イメージした味を表現できるようにしています。
年を重ねるにつれて和食店に食べに行く機会も増え、和食のように構成要素を重ねすぎずに食材本来のおいしさを引き立てる料理を作りたいと思いますね。寿司などと比べるとイタリアンはどうしても構成要素の多い料理にはなりますが、作っている料理は年々シンプルになっていますし、和食の椀物のように「後からじわじわとくるおいしさ」と舌の奥で感じられる旨味のある料理を作っていきたいですね。
ーーーパスタへのこだわりを教えてください。
パスタを作る小麦粉には様々な種類があり、最近はそれぞれのパスタに適した粉でパスタを作ることが面白いですね。イタリアンの伝統的なパスタの形状や作り方にも敬意を払っていますが、料理を提供するお客様は日本人が中心なので、現地の伝統的なスタイルにこだわりすぎるとおいしいものは作れないと思います。僕は日本人である自分がおいしいと思えるパスタを追求しています。
同じパスタの粉でも、強力粉と中力粉・薄力粉それぞれの粉に特徴があり、パスタをプツッと切れる触感にしたいのか、ふわっとさせたいのかなど、作りたい触感によって選ぶべき粉も異なります。ほかにも、粉が作られる際に使用する水が硬水か軟水かによっても質感が変わるため、どの生産者さんが作っているのか、たんぱく質の含有量など様々な観点から比較しています。小麦粉の一種であるセモリナ粉は、国産の種類が少ないので海外から取り寄せることが多いですが、それ以外の粉は国産のものを厳選して使用しています。
ーーー食材はどのようにこだわっていますか?
業者さんから取り寄せたものを吟味したり、料理人など知り合いの方からの紹介も多いです。最近ではSNSで上手に情報発信をされている農家さんも多く、SNSから情報収集することもありますよ。当店で取り寄せて使用している食材には、例えば但馬玄(たじまぐろ)という牛肉がありますが、上質な脂と赤身の深い風味がまるでマグロのようであることからその名前が名付けられていて、とてもおいしいです。牛にあげる餌や育て方などもこだわっているそうで、食材の質は育てる環境からも大きく影響を受けると感じますね。
ーーー料理のアイディアはどのように生まれていますか?
僕はあまのじゃくなので(笑)、修業時代に様々な方から教わりながらも「自分だったらこうする」というのを常に考えながらやってきました。僕だけでなく、シェフの方々は皆んな自分ならではのメニューを考え続けていると思いますね。ただ、メニューを考えることは難しくて、すぐに思いつく時もあれば考えていてもずっと思いつかない時もあります。僕は基本的に紙に書いていくタイプで、思い浮かんだアイディアを20枚くらいの紙に一気に書き残す時もあります。コース料理を考える際にも、一皿一皿の構成要素を少しずつ変えながらアイディアを紙に書き起こし、そこから業者さんに旬の食材の仕入れ情報などをヒアリングしながら実現可能かを検討し料理にしていきます。
ーーー空間づくりへのこだわりを教えてください。
当店はオープンキッチンを採用しています。料理中もお客様に見られている状態というのは、良い仕事をするうえで大事だと思っています。キッチンがお客様の席から離れている店で働いたこともありますが、誰に向けて何を作っているのだろうという感覚になってしまいました。オープンキッチンはお客様の反応もよく見えますし、何よりもコミュニケーションを取りながら料理ができることが好きなので、店をやるならオープンキッチンにしようと思っていました。お客様が料理を楽しまれている時の雰囲気もよく伝わってきますし、キッチン内も見られているので常に綺麗にしなければならないというプレッシャーもある分、清潔に保てますね。
また、会合や著名人などの食事会での利用も想定して、個室は完全にプライベートな空間にしています。カウンター席とは別にお手洗いも設けており、お客様と会わない動線作りを意識しています。最近は海外からのお客様も多く、アジア各国やヨーロッパ・アメリカ・オーストラリアなど、世界各地から来てくださっています。【K+】時代からお越しいただいていたお客様が海外の知り合いの方に紹介してくださり、そこからもお客様の輪が広がっているようです。
ーーー若い世代をどのように育成していますか?
一経営者として、スタッフが十分な収入を得ながら自主性を持って働ける環境を整えることを意識しています。僕から言わなくても若いスタッフは自ら試作品を作って「味をみてください」と言ってきますし、僕がアドバイスをしたりしています。僕は常に自分で考えて仕事をしてほしいと思っているので、出勤時間は「自由」としていて、仕事の段取りが間に合うのであれば14時に出勤しても構わないし、ランチで行きたい店があるのなら途中抜けしても構わないと伝えています。それでもスタッフはきちんと仕事を遂行してくれています。将来的には、自分が関わったスタッフたちには独立もしくはシェフとして活躍してもらいたいと思っていますし、自主性を育てることは将来のためにも大切だと思いますね。
コミュニケーションを取るうえで若いスタッフに意識させているのは、「手を抜かないこと・嘘をつかないこと」です。嘘をつかないというのは料理人としてだけではなく、人としての在り方なのかもしれません。一度ついた嘘は積み重ねられて大きな嘘になってしまうので、思ったことは素直に率直に伝えてほしいと言っていますし、僕からも率直なコミュニケーションを意識しています。
ーーー最後に、渡辺様にとって「おいしい」とは?
お客様が料理を召し上がる瞬間だけ「おいしい」と感じるのではなく、振り返って「あの時に食べたあの料理がおいしかったね」と思い出せる料理が僕にとっての「おいしい」です。例えばリピーターとなって来てくださる方も、記憶に残る「おいしい」を提供できたからこそ、当店の料理を思い出してまたお越しいただけているのかなと思います。
また、味覚のほぼ8割が視覚・聴覚・嗅覚で決まるという統計も出ており、オープンキッチンで五感を使いながら料理を楽しめるこの空間も、「おいしい」を感じる重要な要素だと思います。これからも自分がイメージした理想を形にしながら、お客様に響く料理を提供するために頑張っていきたいですね。
スタイリッシュながらも温かみのある空間が広がり、料理風景をダイナミックに体感できるオープンキッチンはシェフとの会話を楽しめるのも醍醐味だろう。渡辺氏の想いが具現化された料理は、艶感のある白い陶器の皿によって料理本来の美しさが引き立てられ、そのシンプルな美しさに心が揺さぶられる。深い旨みと味わいを感じられる料理を味わいながら、五感を呼び覚ます高揚感を体験しに、ぜひ【TATSUMI】へ訪れてほしい。
取材・文 / 佐田 優佳
撮影 / 中岡 あずさ
This is a restaurant where you can enjoy new Italian encounters with Chef Tatsumi Watanabe's outstanding skills. Nestled in a quiet residential area of Shirokane, the restaurant is a space overflowing with a special atmosphere. The dishes are prepared using ingredients harvested by the chef himself, and are full of surprises and discoveries that stimulate all five senses. It is a place like a hideaway for adults where you can spend a pleasant time in a gorgeous and relaxed atmosphere.