ーーー料理人を志したきっかけは?
私は香川県の山や海が近い環境で幼少期を過ごし、釣りなどで食材を獲り料理をするのが好きでした。父と一緒に猪鍋やキジ鍋を食べた経験なども影響している気がします。高校生の頃には料理人になりたい気持ちが固まり、調理師学校も考えていましたが、親の勧めで大学へ行くことになりました。進学後に居酒屋でのアルバイトをきっかけに、料理人の道へ進みました。
ーーー社会人になられてはじめはどのようなお仕事を?
KIHACHI(アイビーカンパニー株式会社)で、中華の店舗(キハチ・チャイナ 南青山店[閉業])に2年ほど勤めました。入社を希望したのは、その当時KIHACHIが運営するグルメサロンに通っていたことがきっかけでした。ただし、採用には調理師学校卒業が条件だったようで、何度か希望するも断られていました(笑)。それで余計に入社したい気持ちが強くなり、根気強く粘っているうちに採用していただくことができました(笑)。入社後は、社会人一年目として料理人技術習得の厳しさ以上に社会人スキルを身につけるのが大変で、どちらかというと社会人としての学びの比重が大きかったくらいでした。
KIHACHIを離れてからは、料理に限らず好きなことをして過ごしていた時期があります。その後に六本木ヒルズや愛宕山ヒルズ、表参道ヒルズなどの立ち上げに関わる仕事をしていましたが、自分の中で区切りの付いたタイミングで東京の池尻へ独立開業(Restaurant HOKU[閉業])しました。
ーーー初めて独立された頃のお話を伺ってもよろしいでしょうか。
20年前のことで、当時は食品偽装など食の安全に対する問題がよく取り上げられていた時代でした。最近は一般的になりましたが、「〇〇さんが育てた人参」のような個人農家さんのオーガニック食材を使い、食の安全をコンセプトにしたレストランをテーマにやっていました。今振り返るとそんなことできないくらい「よし、いける!」と。勢いで独立したんです(笑)。若いから思い切れたんだと思います。
次第に東京での環境が合わないと思い始めました。お客様やその時代のペースに合わせないとやっていけない感じがして、私は自分のペースでやりたいんです(笑)。いざ独立開業してみて、お店を運営する上でたくさんのことに頭を悩ませるようになり、「何のために働いてんのかな」と考え始めて、3か月間店を閉めたことがあります。私はあまりメンタルの浮き沈みがあるタイプではないんですが、東京を離れて色々と見つめ直して考える時間を持とうと思ったんです。愛車のハーレーに乗り、目的地も決めずいろんな所へ行ったりあてもなく過ごしていました。するとみるみる口座からお金が減っていくのに気付いてこれはまずい!と、一人でお店を再開しました(笑)。
ーーー新たに新潟という土地を選んだ理由はありますか?
香川も含め土地の候補はいくつかありましたが、妻の実家である新潟へ辿り着きました。妻の実家が和食店【魚善】を営んでいましたが、店を売りに出すか誰かに貸す話になっていて、それならここでやろうと決めました。どんなことにしても直感って大切で、タイミングが来てそれをチャンスにできるかは、気付けるかどうかだと思うんです。自分が準備を重ねてきたからこそチャンスと思える人がいれば、準備ができていないとチャンスだと思えない人もいるわけじゃないですか。なので、タイミングと感覚を大切に考えて生きています(笑)。
ーーー今の料理スタイルになられたきっかけは?
お店を始めた当初こだわりは一切なく、フォアグラやフランス産のカモなど県外の食材も使用していました。畑を持ち、狩りをしてガストロノミーをやりたいと計画性をもって始めたお店じゃないんです。自然に触れて過ごすうちに食べられる食材がたくさんあることに気付きました。冬になるとおいしそうな鴨が田んぼに居たり、「これ使えるんじゃない?」となったのが始まりで、純粋に自分でも食べてみたいと思いました。はじめから地産地消を考えて始めたわけではなく、ただ身近にある食材のおいしさをお客様にも共有したいという想いから今の形へ繋がってきました。新潟の鴨やジビエを獲っている人がいると紹介してもらい、私も自分で獲りたいとなったのが狩猟を始めたきっかけです。
ーーー狩猟はどちらで行われるんでしょうか?
主にこの辺りの山で、一番近いのは裏山です。良い食材が獲れる山自体はたくさんあるんですが、「あそこの山で良い食材がいっぱい獲れるよ」と聞いて行ったとしても自分が獲れるとは限りません。その山のことを知り、なぜその食材がそこに育つのかと理解していることが大切なんです。山によって土や岩場など生育環境も違い、見られる動植物も変わるんですよ。狩猟免許を取得した頃は遠征し色々な所へ行きましたが、その時は「獲った」というより偶然「獲れた」だけだったと認識しています。私がやりたいのは、獣道があって獲物はどう行動しているんだろう、沢がここにあって、あそこが急斜面になっている、と知識を深めたうえで獲りたいんです。山を理解していないと狩りは本当に難しいんです。
私は猟犬と単独猟を行いますが、一般的に狩猟は複数人で行われる方が多いと思います。はじめから一人で行ってもなかなか上手くいかないです。それは山を知らなかったり、獲物に気付かれてしまったり。山の歩き方は必ず決まっていて、獲物に気付かれない歩き方があるんです。その山をどういう風に登り、どこを歩くべきか分かっていないと獲れない。なので、私は狩りも採集も自分の知っている範囲の山にしか行きません。
ーーーやはり獲れない日も?
猟に出る半分ほどは獲れない日です。そう簡単にいきません(笑)。最初は1匹、2匹獲れたら良いくらいでしたね。今年の冬は降雪量が多く、その時は行けば獲れるような状態でした。猪を5頭獲ったんですが、一人では持ち帰れないので友人に応援を頼みました(笑)。猟の帰りが遅い時は20時半を過ぎることもあります。20時半の山は真っ暗で、携帯のライトで照らしながら雪道を「かんじき(雪道を歩きやすくする道具)」で歩くんです。好きじゃないとできないですね、食材を料理に使うだけなら獲ってもらった方が楽ですから。
ーーー新潟の食材に特徴はありますか?
新潟は南北に距離が長いので、食材が豊富なんです。県内だけでも場所毎に採れる山菜も違ってきます。私の畑ではニンニクがもうすぐ収穫なんです。雪が降る前の時期にお店で使う予定の一年分を植え、越冬させて生産しています。他には空豆も栽培しています。
ーーー食材は全てご自身で収穫されたものを?
仕入れる部分もありますよ。特にアスパラガスやトウモロコシなどはプロの方が作った方が絶対おいしいので。アスパラガスは、日本一のトマトも生産されている「曽我農園」さんから仕入れています。【RESTAURANT UOZEN】で扱うものは基本的に天然食材なので、キノコ類は収穫したものを保存して使っています。春はほとんど山菜ばかりですね。
ーーー今後の展望などお考えはありますか?
私が獲った食材を調理提供するだけでなく、お客様と一緒に釣りに行ったり、採集した食材を調理し味わっていただけるような新しい形を考えています。これまでと同じように営業していてもお客様を増やすのは難しく、席数の余裕も少ないので、一度に1〜2組を受ける形で、一緒に食育のような体験をしてもらうレストランをやってみたいんです。畑で食べたいものを採ってきてもらい、それをコースの中に入れて出すような形ができたら良いかなと思いますね。
ーーー井上様にとってフランス料理とはどういうものですか?
食のジャンルというのは、食べた人がどう感じるかだと思っていて、私はフランス料理として作っている気はないんです。フランス料理の技術を使ってはいますが、扱っている食材をフランス料理へ落とし込んでいるわけではないので。ですがそれほど応用が効く、世界に誇れる料理だと思っています。
ーーー最後に、井上様にとって「おいしい」とは?
食材のバックボーンというか、ストーリー性があって更にプラスされるものでしょうか。例えば私が獲った猪のローストに、銀杏を添えたとします。その際何も伝えなければなんでもない料理です。しかし、猪の腹を割った時に銀杏が出てきて、この猪は銀杏を食べて育った猪なんだなと、銀杏を付け合わせで添えることで、料理にストーリー性という付加価値が付く。これは私にしかできないことだと考えています。
すでに精肉の猪があって、付け合わせは何にしよう?と考えても、そこにストーリー性は生まれませんよね。私の場合は猟に出るので、どんな所に生息していて、何を食べて大きくなったというストーリーも添えられる。そういう情報を感じることで増えるおいしさもあると思います。野菜なり山菜も、近くで育っているもの同士を合わせてみたり。そういうことができるのは当店の強みだと思っています。
単純においしいものは世の中にもう溢れていて、そのおいしさをアップデートするのは、新しい発見や既成概念の外に出ることが大切な気がします。今まで空豆って火を通してしか食べたことなかったけど、採れたての空豆を何もつけないで食べてみると、みずみずしく甘くて香りがすごく感じられる。といったことを知る体験も、私が考える「おいしい」です。食べる人、作る人が変われば、また違うおいしさがあると思うんですよ。それは同じようにやっても同じおいしさは生まれないってことで、料理人とはそのおいしさとなるものを見極めて調理する仕事だと考えています。食材としてとれたてのものに勝るおいしさは無いと思うんですけど、それだけが「おいしい」の条件ではない。ストーリーという付加価値が足されることで、そこに新たなおいしさが生まれると感じています。
ただ味覚が満たされるだけが「おいしい」ではない。井上氏が語るように、目の前の一皿一皿の背景に秘められたストーリーに触れることは、料理の味わいや喜びを一層深め、より記憶に残る体験となる。自らの手で食材を獲り、育て、想いを込めて調理する。その過程全てが井上氏の体現する料理であり、【RESTAURANT UOZEN】の真髄だ。ここでしか味わえない体験が、訪れた者の感性に明かりを灯すことだろう。
取材・文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡あずさ
The restaurant is so popular that it has been awarded two Michelin stars and has been featured on television. The emphasis is on cooking and eating life in its natural habitat of mountains and oceans. The restaurant has a modern atmosphere, decorated with the bones of the wild boar that the owner himself caught. The restaurant is located in the middle of a private house with many rice paddies, offering a peaceful view. The sign "Uozen" and the fact that you have to take off your shoes like in a kappo-ryouriya (Japanese cooking restaurant) give this popular restaurant an unusual appearance for a French restaurant.