ーーー料理人を志したきっかけを教えてください。
生まれた時から「二代目」と言われて育ち、自然と家業を継ぐことが当たり前になっていました。しかし、成長するにつれて料理に対する興味は薄れ、高校に入る頃には「料理は嫌だ、朝から晩まで働くのは大変だ」と感じるようになり、料理とは関係のない仕事も考えていました。例えば、豆腐屋さんなら朝は早いけれど、夜は自由だから遊ぶ時間が確保できるんじゃないかと。しかし、難しいことにすぐ気付きましたね(笑)。高校時代に、友人が「辻学園調理専門学校へ行く」と言い出し、それを聞いて自分もとりあえず料理の道に進むことを決めました。ですが、当時は働くことよりも遊びたい気持ちの方が強くて、両親には本音が言えませんでした。
そうして料理の世界に足を踏み入れたものの、最初は仕事が厳しく怒られる日々でした。さらに、持病の椎間板ヘルニアの腰痛が悪化し、仕事が続けられなくなることもありました。周囲には「ずる休みだろう」と言われましたが、実際には立ち上がれないほどの痛みだったんです。そんな苦しい時期を経て、一度は料理の世界から離れるのですが、その後、様々な飲食店を巡る中でたくさんの料理人とのご縁に恵まれました。料理の世界で本気で頑張っている人たちと接するうちに、自分の考え方が少しずつ変わっていったんです。この頃は、仕事云々というよりも料理そのものへの好奇心が強かったですね。
ーーー中華料理に関心が深くなったきっかけを教えてください。
実家の店に戻ってからのことです。はじめのうちは、実家の店に戻ることに少し抵抗を感じていましたが、昔馴染みのお客様から「二代目が帰ってきたぞ!まだまだ父ちゃんには勝てないな」と厳しくも温かい声をかけられる中で、次第に自分の役割を受け入れられるようになり、料理もどんどん好きになってきたことをきっかけに、自然と中国料理の奥深さに惹かれるようになりました。特に四川料理に興味を持ち、その魅力にどっぷりと浸かるようになったんです。
どうしても本場の味を知りたいと思い、約15年前に父親と共に初めて四川を訪れました。本格的な四川料理に直接触れたことで、多彩な味わいや様々な調理技法の存在を知り、その奥深さに圧倒されました。この経験を通して、料理への向き合い方が大きく変わり、僕にとって料理は単なる仕事ではなく、自分の情熱を注ぐべきものだと捉えるようになったんです。四川での学びを活かして、実家の店では本場さながらの四川料理を取り入れることにしました。本物の味をお客様に届ける中で、自分の料理への情熱もますます深まっていきましたね。
ーーーワインや食材に関してもこだわりがあるそうですね!何かきっかけがあったのでしょうか。
ナチュラルワインの伝道師としても名高い、京都の「エーテルヴァイン」の江上昌伸氏との出逢いをきっかけに、料理とワインの組み合わせにも興味を持つようになりました。しかし、その頃の日本では、ナチュラルワインを提供する中華料理店がなく、最初の頃はお客様からの厳しい声も多かったのですが、自分がおいしいと信じるものを提供し続けることで、徐々に世界中からワイン好きな仲間が増えていき、日本でも「中華とワイン」の組み合わせが注目されるようになりました。
料理の根本である食材に対する視点も、この頃から変わりました。コロナ禍をきっかけに、日本国内の食材を見直し、特に京都の食材に着目するようになりました。生産者さんと関わる中で、農業の奥深さを知り、食材に対するこだわりが強くなっていったんです。特にこだわったのは鶏肉でした。農場長の峰地幹介氏と出逢い、彼の農場を訪れた際に、「ここはすごく良い場所だ」と直感したんです。一緒にバーベキューをしたり、中華鍋で料理を作ったりしながら、「こういう場所で何かを始めたい」という気持ちが少しずつ芽生えてきました。
ーーー元々ご自身のお店を持ちたいという想いはあったのですか?
最初から独立して店を開こうと決めていたわけではなく、農場と協力しながら少しずつお客様を迎えるようになり、それが徐々に形になっていったんです。ワインとの出逢いをきっかけに食の世界が広がり、生産者さんとの縁をつなげることで、料理に対する僕自身の考え方も大きく変わり、新しいスタイルの店づくりの実現へとつながっていきました。こうして振り返ると、すべては「食」への好奇心と人との出逢いが導いてくれたものだったと思います。
ーーー料理の特徴や料理を作るうえで大切にされていることを教えてください。
料理を作るうえで最も大切にしているのは、食材に対して謙虚な姿勢を持つことです。料理人は技術を学び、多くの方法を取り入れたくなるものですが、本当に重要なのは食材の持つ本来の味を最大限に活かすことだと思っています。山菜のタラの芽は、天ぷらにして揚げるだけでその素晴らしさが際立ちます。自然な香りとほろ苦さが一皿に凝縮され、口の中に広がるその味わいは都会ではなかなか得られないものです。こうした素材の力をそのまま引き出す調理を追求することで、お客様には自然の恵みを最大限に感じていただける料理を提供しています。一見、この考え方は「和食みたいだ」と思われたり、何か工夫を加えないと料理として成立しないのではないかと感じる料理人の方もいるかもしれません。ですが僕にとって料理の醍醐味は、自然が与えてくれる本来の恵みをそのまま味わうことにあるのです。食材を丁寧に扱いながら、食材が持つ本来の力を最大限に引き出すことで、食材に対する尊敬の念を料理に反映させています。
ちなみに、料理において「地産地消」や「地元食材の活用」といった考え方はよく語られますが、それだけでは本質的な食材との向き合い方にはなりません。僕が大切にしているのは、「身土不二」という考え方です。これは、周囲の土地のものと身体が密接につながっているという考えで、食材と環境の関係を重視するものです。例えば、この土地で収穫された山菜や鶏肉、野菜などは、都会では味わうことのできない「地域そのものの力」を感じさせます。そうした食材に向き合い、その魅力を最大限に活かすことが料理人としての使命だと考えています。
ーーーお料理には発酵した食材も使用されるそうですね。
食材の保存や発酵にもこだわっています。例えば昨年の夏に収穫したササゲを、発酵させて長期間保存することがあります。発酵の過程ではカビが発生するのですが、これをあえてコントロールすることで、腐敗ではなく発酵へと進ませることができるんです。菌のバランスを調整しながら、食材を守り、より深い味わいを引き出すことができると考えています。
ーーーこの地でお店を始められたことでご自身の中で何か変化はありましたか?
京都市内にいた頃は土に触れる機会がほとんどありませんでしたが、ここへ来てから僕自身の体質も変わったと感じています。また、農業を始めてから、私たちが普段感じている「旬」が、実は人の手によって調整されたものだと気付くことがありました。
ハウス栽培や品種改良によって、本来の自然な旬とは少し異なる形で出回る食材が多くあります。例えば、5月頃から見かける枝豆。本来の自然環境下では、5月はまだ新芽が出始める時期です。また、秋が旬とされる茄子も、品種によっては6月頃から収穫できるようになっています。こうして、食材の旬は技術によって柔軟に調整されているのが現代の農業の一面です。そうした工夫も素晴らしいものですが、私はその土地で育まれ、季節の移ろいの中で名残を感じられる食材の魅力をより大切にしたいと考えています。自然の流れに寄り添いながら、その時々で味わえるものの価値を楽しんでいきたいと思います。
ーーー「ここでしかできない料理」についてもう少し詳しく教えていただけますか。
都会の飲食店で働いていた頃は、料理を提供するスピードが求められ、次々と皿を出すことが当たり前でした。しかし、ここでは一日一組限定のスタイルを選んだことで、じっくりお客様と向き合いながら料理を作ることができるようになりました。この変化が自分の生き方にも大きな影響を与えたと感じています。さらに、この地での暮らしを通じて、都会では得られない自然との深いつながりを感じられるようになりました。
例えば、満月の夜に鹿が家族で移動していく様子を間近で眺めたときには、その静けさと自然の営みの美しさに触発されて、新たな料理のアイディアが浮かぶことがあります。都会の忙しい生活の中では、こうした自然からのインスピレーションを得る機会はほとんどありません。この地ならではの風景が、料理人としての僕の感性をより豊かにしてくれるのです。自然の中で暮らしていると、「自分はこの土地に生きている」という感覚が強くなります。空を見上げる時間が増え、日々の変化をより感じられるようになりました。田舎での生活は「自然にお邪魔しているだけ」という気持ちにもなりますが、その環境の中で料理を作ることで、食材への向き合い方も変わっていきました。
一日一組限定のスタイルだからこそ可能になった穏やかな対話の時間も魅力のひとつです。食事中にお客様と直接感想を共有しながら、「この素材はこうして育てられたんです」「この発酵技術でこんな味わいが引き出せるんですよ」といった説明を交えつつ交流を深めることができるのは、料理人として非常に貴重な経験です。
ーーー地域の人たちとの関係を築くうえで、意識していることや大切にしていることはありますか?
田舎で店を構えたからこそ、地域の人たちとのつながりがより深く感じられます。お花見に料理を持ち寄ったり、地元のおじいちゃんやおばあちゃんと会話をしたり、ある日届いた旬の野菜を漬物にして地域で分かち合ったり、そうした小さな交流の積み重ねが地域との絆を強くしていきました。ただ若い世代だけが集まって楽しむのではなく、世代を超えて認め合い、支え合える関係を築いていくこと。それこそが僕が考える「活気」だと思っています。
ーーー今後挑戦していきたいことはありますか?
これからの展望としては、特別に大きな目標を掲げるのではなく、今ある環境を守りながら、地域の人々とともに成長していくことが重要だと考えています。世の中がどう変化していくかは誰にも予測できません。だからこそ、変化に振り回されるのではなく、料理を軸にした生活を続けていくことが大切だと思っています。災害時にも地域で支え合える環境を築くことが理想です。ただ避難所へ向かい、与えられるものに頼りながら先の見えない不安の中で過ごすのではなく、今いる場所で暮らしをどう建て直し、安心や安全を作り上げていくかが重要だと考えています。
例えば、井戸水を確保することで飲料水の安定供給を図ったり、近隣で採れる野菜や果物を活用して食材の自給自足を目指す計画を進めています。こうした取り組みを通じて、災害時であっても地域住民が支え合いながら、主体的に暮らしを再構築できる基盤を築いていきたいと考えています。
自然変化に対応するための取り組みとして、畑を活用しながら自然とのつながりを感じる生活を心がけています。四季折々の植物や作物と向き合い、その恵みを料理に反映させることで、自然と共存する喜びを日々の営みに取り入れています。料理を通じて、人がつながり、地域が活気づく。この地を守り続けながら、新しい挑戦も続けていきたいと思います。
ーーー最後に、幸樹さんにとって「おいしい」とは?
僕は単なる味覚の快楽ではなく、食材が持つ命の力を感じることではないかと思います。例えば、今の時代は糖度を高めたものが「おいしい」と評価されやすい。実際、市場でも糖度◯%と表示されることも多く、甘さが強調されるほど売れやすくなっています。しかし、本当のおいしさとは、それだけではないはずです。僕が目指すおいしさは、そうした「作られたおいしさ」とは異なります。
おいしさとは、食材が育ってきた環境や食材の持つエネルギーによって決まるものだと思っています。本日お出しした鶏のスープに使用した鶏は、広々とした環境の中で自然の恵みを受けながら過ごしてきたため、力強い味わいが特徴です。一口飲むと、旨味だけでなく食材の生命力を舌と心で感じることができるはずです。一緒にお出ししたご飯のお米は、当店の目の前に広がる、近所のおじいちゃんから受け継いだ田んぼで育てられています。私たち自身の手で一つ一つ丁寧に植え、天日干し乾燥を経て仕上げたお米は、周囲の自然環境と調和しながら、その土地の恵みを存分に感じられるものとなっています。
例えば、品種「伊勢光」やインディカ米の品種「プリンセスサリー」を加えたブレンド米には、甘さに偏ることなく自然な香りが立ち、土地の息吹を感じる味わい、つまり「土地の味」を感じていただけるはずです。
僕は、自然と向き合いながら育まれた食材の命の強さや本質が伝わるものこそ、本当の「おいしい」を感じるんです。食の価値観は時代とともに変化していきますが、僕が大切にしたいのは「本物のおいしさ」です。これからもこの地で育まれた命の力を活かし、本物のおいしさを届ける料理を作り続けていきたいと思っています。
料理を通じて自然と向き合い、地域とのつながりを大切にしている【田舎の大鵬】。渡辺氏の案内で畑や鶏舎を巡ると、食材がどのように育てられたのかを体感できる。都会では考えなかった食との向き合い方を、ここでは五感で味わうことができるのだ。料理とは、ただ食べるだけでなく、自然や地域と結びつく営みであることを改めて感じさせてくれる。ここでの食体験は、日々の食のあり方を見つめ直すきっかけとなるだろう。
取材・文/フードアナリストあい(棚橋 麻衣子)
撮影/鈴木 雅人
Inakano Taihou is a restaurant located in the mountainous area of Ayabe City, Kyoto, offering visitors an extraordinary experience. The owner, Watanabe, uses fresh ingredients grown on his farm to serve rustic and flavorful Chinese regional dishes. There is no fixed menu; instead, the restaurant serves dishes that highlight the seasonal bounty of nature. Dining in the great outdoors provides a luxurious and enriching experience that cannot be found in the city.