ーーー【Yd'or】というお店の名前には、どんな想いが込められているのでしょうか?
私にとってレストランとは、訪れる前の期待と食事中の高揚感、そして帰宅後も記憶に残るような「輝く存在」であるべきだと考えています。レストランに対する神々しい憧れの気持ちと私の目指すレストランへの想いを一つで表現したくて、この店名を作りました。「Y」はフランス語の代名詞として、すでに話題に出た場所を指す時に使われますので、レストランを目的地としたイメージで選びました。そして「d'or」は「黄金の」という意味です。
ーーーお店のロゴにも特別な意味があると伺いました。
私がフランスで働いていたノワールムティエ島の松の木をモチーフにしています。その島では松の香りで燻製にするなど料理に取り入れる機会があり、すごく印象に残っていて、そこでの思い出をロゴに込めています。また、ロゴの周りにある四角い道のような模様は「果てしなく続く道」を表していて、料理の世界には終わりがないことを意味しています。常に探求し続け、歩みを止めないという決意を込めました。実はロゴのデザインの中にはノワールムティエ島の形がさりげなく隠されています。ちょっとした遊び心ですが、私にとって特別な場所なのでデザインに取り入れました。是非見つけてみてください。
ーーー開業するにあたって、場所選びはどのようにして進めたのですか。
最初は恵比寿や広尾・元麻布など東京中を歩き回って物件を探していました。昼/夜、平日/週末の人の流れや街の表情を何度も見比べて、「ここだ」と思える場所を探し続けていました。候補はいくつもありましたが、どこか違和感を覚えることが多く、納得できる場所がなかなか見つからなかったんです。ほんの少しでも違和感を感じるのなら、店を開くべきではないと決めていたので、なかなか決められずにいました。
そんな時、【Simplicité(サンプリシテ)】の相原シェフから、「近くに移転するから、この場所を使わない?」と突然の連絡がありました。驚きましたね。実はご縁があり、【Simplicité(サンプリシテ)】がオープンした当日は、私もその場に立ち会っていたんです。まさか自分がその場所を受け継ぐことができるようになるとは思いもしませんでしたし、相原シェフのご提案を聞いた瞬間に、私は「ここだ!」と直感しました。条件も何も聞かず、翌日には「やります」と即答していましたね。
このことを私は運命だと信じています。長く探し続けても見つからなかった場所がこうして自然と巡ってきた。迷いは一切ありませんでしたし、空間の雰囲気も店の広さも私の理想そのものでした。お客様には、店内に足を踏み入れた時の非日常感を感じながらお食事を楽しんでいただきたいです。
レストランにおいて厨房の動線も非常に重要な要素です。狭すぎるとストレスになりますが、譲り受けたこの店は「失礼します」と一言添えるだけで無理なく動ける構造です。動線がスムーズなことで無駄な動きがなくなり、料理に集中することができます。お客様にとっても目の前で料理が仕上がる様子を楽しんでいただくことができるので、「一緒にこの時間を共有している」という感覚があります。
お客様の目の前で料理が仕上がるライブ感こそが、食事の時間をより特別なものにしてくれると思っていますので、店を開くならばお客様の表情がダイレクトに伝わるカウンター席をメインのお店にしたいというのは決めていました。カウンター席までに階段があるのも気に入っています。たった数段ですが、この階段を上がると非日常感があって「これから特別な時間が始まる」とお客様の料理への期待感を高められているんじゃないかと感じています。当店はただ料理を提供するだけの場所ではなく、空間全体で食事の時間を演出する場でもある。そんな風に感じてもらえたら嬉しいですね。
独立するまでに都内のお寿司屋さんで修行の機会にも恵まれ、カウンターならではの所作や空間の使い方を学ばせていただきました。
私にとっての原点は、高校生時代の焼鳥屋でのアルバイトでした。そこでは単に食材を焼く技術以上に、料理がつくる「場の力」を知りました。お客様が楽しそうに語らいながら食事をする、その「陽」の空間が好きだったんです。最初はアルバイトのつもりでしたが、次第に自分が作る料理でこういう空間を生み出せたら良いなと思うようになり、料理人としての道を志すようになりました。
とはいえ、いざ志すと、焼鳥というシンプルな料理の裏にも膨大な技術と経験が必要だと気付かされたんです。もっと技術を向上させるために、フランス料理の世界に飛び込みました。当時の私にとって最も技術が求められる料理だと思っていた世界で、徹底的に学ぼうと決意したんです。各店で体得した多くの仕事と立場、食材の扱い方やソースの奥深さなどの技術的なことはもちろん、「心の修行」、料理人としての在り方まで研修の日々の中で広く学ばせていただきました。
ーーー修業時代の経験で今に繋がっているものはありますか。
赤坂【Lyla】では成清シェフとの対話を通じて、料理に対する考え方が大きく変わりましたね。それまでの私は「言われたことを正しくこなす」ことに意識を向けていましたが、成行シェフは「どう思う?」と常に私に問いかけてくださいました。
新しい料理を考える時も、シェフの指示通りにただ作るのではなく、「この食材をどう活かす?」「他にもっと良い組み合わせは?」と何度もディスカッションを重ねました。最初は戸惑いましたが、考え続けるうちに、料理に対して自分の言葉で語れるようになっていく変化も感じましたし、期待に応えたくて自分なりに一生懸命考えていましたね。受け身ではなく能動的に料理を作ることが、この時期に身についた大きな学びでした。
ーーー本場フランスでの修行時代はいかがでしたか?
フランス・ノワールムティエ島にあるミシュラン三ツ星の名店【La Marine】での経験は、私にとって財産になっています。フランス料理は単に技術を駆使して美しく仕上げるものではなく、素材の組み合わせや調理法を掛け合わせることで、ひとつの完成形を生み出す料理だと解釈しています。また、シェフの感覚や経験、食材の背景が料理に全て影響することを強く実感したのも【La Marine】でした。
当時のフランス料理は、「美しい皿を仕上げること」に重点を置く流れが強く、どれだけ手間をかけるか、どれだけ技術を盛り込むかが評価される傾向にありました。ですが、工程が増えれば温度管理は難しくなり、料理としての本質が失われることもあるわけです。おいしい食事をしに来ているはずなのに、芸術作品のような料理を食べることが目的になってしまう。当時の傾向に対して「フランス料理の本来の姿なのか?」と違和感を感じていたんです。
そんな時に出逢ったのが、【La Marine】のアレクサンドル・クイヨン氏の料理でした。地元食材をシンプルに活かしながら、火入れや温度管理が徹底され、計算し尽くされたソースと組み合わされることで、個性が際立つ一皿に仕上げる。アレクサンドル・クイヨン氏の料理は、誰が作ったか一目で分かるほどの明確なスタイルがあります。こんな料理を作れるシェフがフランスにいることに感銘を受けて、「ここで学びたい」と履歴書を送り、フランスへ向かいました。
私がアレクサンドル・クイヨン氏から学び、気付いたことは、「良い食材を使っておいしく仕上げる」だけでなく、「その食材の背景をどう表現するか」というフランス料理が持つ本質的な魅力です。彼との出逢いが、その後の私の目指す料理スタイルの確立へも繋がりましたね。
ーーー金川様が目指す料理のスタイルとはどのようなものですか。
私が目指すのは、「ここでしか食べられないフランス料理」です。クラシカルな技法を学んだうえで、日本の地の利と向き合いながら、私にしかできない表現を見つけていくこと、これを私は「透明に素材を宿すフランス料理」だと捉えています。
フランスで修行していた時、私は日本で出汁を引いた時のような香りがなかなか出てこないなと思っていたんです。理由を探る中で、水の違いが大きな要因だと感じました。フランスの硬水では旨味を引き出すのに時間がかかるため、長時間煮込み煮詰めるフォンやソースが発展したと当時解釈をしました。一方、日本の軟水は短時間で繊細な香りや旨味を引き出すことができます。この違いを活かして、日本ならではのフランス料理を作ろうと心掛けています。余計なものを削ぎ落とし、素材が持つ本来の味わいを最大限に引き出して、食材の純粋な味がそのまま浮かび上がるような料理に仕上げる。そのためには、出汁の取り方やソースの作り方、火入れ、素材の扱い方、全てにおいて繊細なバランスが求められます。私は現地で学んだクラシカルな方法に加えて、焼鳥屋や寿司屋での経験を通じて、「火入れの感覚」・「素材の扱い方」など異なるジャンルで技術を培ってきました。これらを融合させながら、「透明に素材を宿すフランス料理」という自分なりの表現を突き詰めています。
ーーー料理するでのこだわりをお聞かせください。
料理は「体験」だと思っています。一つ一つの料理には、食材が育った環境・生産者の想い、そして料理人の技術や経験がすべて詰まっています。だからこそ、私は「ストーリーのある料理」を大切にしています。
食材を選ぶ時も、ただ「旬だから/美味しいから」という理由だけではなく、その食材が持つ背景にあるものまで伝えたいと考えています。例えば、野菜は小田原の有機野菜をよく使っていますが、それは単に質が良いからではなく、作り手の久保寺智氏の哲学に共感しているからです。彼は、できる限り自然のままの環境で野菜を育てることを大事にされていて、その考え方そのものに私は素晴らしさを見出しています。だからこそ、料理でも野菜の良さをなるべくシンプルに活かしたいですし、余計な手を加えず、食材が持つ力をそのまま伝えることを意識しています。
ーーー他にも意識していらっしゃることを教えてください。
「清潔感」でしょうか。フランス料理の仕込みは、目に見えない部分で膨大な手間がかかります。お客様の目に触れないからこそ、その見えない部分にこそ最大限の注意を払うべきだと思っています。器に指紋を残さない、拭いた後はお客様の前で触れない、戻ってきたら必ず手を洗うなど、細やかな気配りの積み重ねを大事にしています。
当店はカウンター越しに料理を仕上げるので、お客様は料理だけでなくシェフの所作や空気感まで感じ取って食事をされます。フランス料理の現場では前屈みになりがちな作業が多いのですが、私は常に姿勢を意識しており、オーブンを極力使わずに炭やサラマンダーを活用して調理している理由はここにもあります。目に映る料理人の立ち居振る舞いもレストランの印象付けに起因し、料理の一つの要素だと思うからです。
清潔感や振る舞いを含めて私たちにできるお店の空間を整えたら、あとはお客様自身に自由に感じ取っていただきたいと思っています。料理の説明も、できるだけシンプルにお伝えするようにしているのも、お客様にとっての自由(余白)を残しておきたいからです。そんな想いで日々お客様をお迎えしています。もちろん料理について詳しく知りたいという方にはしっかりとお応えしていますよ!
ーーー今後の展望として描いていることはありますか?
お客様に最高の体験を提供できるチームを作りたいと考えています。料理だけでなく、空間全体で【Yd'or】の世界観を表現できるよう、スタッフと共により完成度の高いレストランを作り上げたいですね。料理人の仕事は、おいしい料理を作るだけではなく、「お客様にどんな体験をしていただくか」を考え続けることだと思っています。料理人やサービススタッフが「お客様を楽しませること」に誇りを持ち、全員でおもてなしそのものを楽しめるようなチームを作ること。それが、これからの目標です。
ーーー最後に、金川様にとっての「おいしい」とは?
「おいしい」とは、期待・高揚感・余韻の全てが含まれるものだと考えています。お客様は店に訪れる前からワクワクし、料理を味わいながら楽しい時間を過ごし、帰った後も「あの料理はおいしかったな」と思い出すこと。そうした体験を提供できた時に、はじめて「おいしい」という言葉が生まれるのではないかと思っています。これからもお客様の記憶に残る「おいしい」体験をご提供していきたいですね。
「透明に素材を宿すフランス料理」を追求する【Yd'or】。料理に対する想い・所作や空間づくりへのこだわりを語る金川氏の姿には一点の曇りもなく、金川氏の人柄そのものが同店に投影されていることを深く感じられた。料理人としての確固たる信念を貫く金川氏の今後の活躍に目が離せない。これからも「ここでしか味わえない特別な食事体験」を、多くのお客様に与え続けるだろう。
取材・文/荒川 ゆうこ
撮影/安井 智洋
Yd'or est situé à Daikanyama et est un restaurant français exceptionnel dirigé par le chef Kanagawa, spécialisé dans les plats grillés au charbon de bois. La cuisine se distingue par des assaisonnements soignés et délicats, ainsi qu'une expérience culinaire agréable grâce à des places au comptoir animées. Les plats créatifs offrent un équilibre parfait entre texture et saveur, avec de nouvelles découvertes à chaque visite. En particulier, la manière de déguster le pain fait maison ne laisse jamais de place à l'ennui jusqu'à la dernière bouchée.