ーーー料理の世界に入ったきっかけと、修行時代のお話を伺えますか?
あまり外食をするような家ではなく、子どもの頃は料理のほとんどを母親が手作りしていました。私はよく台所で母親の手伝いをしていて、小学生になると当たり前に包丁を握り、家族に料理を振る舞っていました。ケーキなどのお菓子を焼くこともありましたね。高校は調理の技術が学べる「食物調理科」に進み、そこからは料理の道一本です。授業は、プロの料理人を講師に招いた調理実習や部活の合宿で食事を作るなど、実践的なカリキュラムが中心でした。卒業後の就職を視野に入れた飲食店での研修制度もあり、私は週3日、卒業するまでに5軒程のフランス料理店で手伝いをさせてもらいました。
高校生活3年間は充実していてとても楽しかったです。研修に出向いた料理店では、高校生の頑張る姿が微笑ましく見えたのか、皆さんに可愛がっていただきましたね。しかし、実際のプロの世界は厳しかったです。卒業後に就職したフランス料理店は、メディアにもよく取り上げられる有名店でしたので、連日ほぼ満席。厨房は常に緊張感に包まれていて、当時の私は時間に追われるばかりで、心が折れてしまいました。
ーーー料理を楽しめるようになったのは、いつ頃からですか?
きちんと料理と向き合ったのは、2軒目のお店からです。この時に師事したシェフの料理が、私のフレンチの土台と言っても過言ではありません。仕事には厳しい方でしたが、料理の腕もセンスも一流で、今でも憧れの存在です。6年程ご一緒させていただく中で、前菜からデザートまでクラシカルフレンチの真髄を学ばせていただきました。
その後、フランスで勉強しようと思い、渡航資金集めのため原宿のフランス料理店でアルバイトを始めたのですが、急に店のシェフが辞めてしまい…。あれよあれよと厨房のトップシェフに祭り上げられました(笑)。結果として、自分のやりたい料理に真摯に取り組む貴重な時間が持てたので、この時の経験が今の【et NOU】の料理に大きな影響を与えています。
ーーー東京ご出身とのことですが、なぜ鹿児島でお店を始められたのですか?
独立に向けて動き出した当初は、東京でも物件を探していました。妻が鹿児島県出身というのもあるのですが、たまたま鹿児島市内有数の繁華街「天文館」に空きがあり、このような好立地で自分の理想通りの物件を見つけることができました。いわゆる運命的な出逢いですかね(笑)。当時は、SNSを介して世の中の目が地方の飲食店に向き始めていた頃でしたので、時代の流れも鹿児島への移住を後押ししました。
ーーー【et NOU】オープンまでの経緯を教えてください。
料理長として店を切り盛りし、「次はいよいよ自分で店を持つ番だ」と決意を固めたのが、30歳という年齢的にも節目を迎えた時期でした。そして、新天地として鹿児島を選んだのですが、私がそれまで鹿児島を訪れたのは片手で数えられるほどで、妻も高校卒業と同時に実家を離れていたため、周りになんのツテもないまま店の開業準備に取りかかることになりました。
当店があるのは築60年ほどの長屋の一階で、以前は住居として使われていました。内装は東京のデザイナーさんにお願いすると決めていたのですが、壁や駐車場を取り壊したり水道設備を整えるなど、大がかりな工事が必要でした。なにせ鹿児島には知り合いがいないので、工務店さんを見つけ出すだけでも一苦労です。結局、開業までに半年ほど要しましたが、開業準備を経て親しくなった家具屋さんがお客様となって店を訪れてくださるなど、地元の方とのご縁が育まれたのは有難かったです。
ーーー実際に、お店をオープンしてからはいかがでしたか?
鹿児島の人は「新しいもの好き」としても知られているようで、地元メディアでも取り上げていただいたことで、おかげさまで開業当初から想定外の忙しさでした。創作性に溢れたモダンフレンチの店が当時は鹿児島にはなかったので、盛り付けなどのプレゼンテーションに新鮮さを感じていただいたのではないでしょうか。
ただ料理に関しては、当時と今とでは、180度変わったと自分では思っています。決して「おいしさ」という軸がブレることはありませんが、私はつい新しいことに挑戦したくなるんです。飽き性というか、良い意味でも悪い意味でも芯がないのかな(笑)。しばらく気に入って作り続けていた料理も、ふと「なんか違うな?」と引っかかりを感じるともうダメで、そこから全く別の方向に答えを求め始めます。メニューを決めるときは、これまでの料理と新しい料理とを自分の中で戦わせてから、勝った方をお客様に提供しています。
ーーー勝ち抜き戦で生き残った料理が【et NOU】の料理なんですね。
毎月必ず新作を披露していて、再訪いただくお客様には前回とは異なるメニューをお召し上がりいただきます。同じ食材でもソースを切り替えるなど、アプローチの仕方で変化をつけています。実は昨年の12月から年始にかけて、計5回も当店をご利用されたお客様がいらっしゃるのですが、この時はさすがに頭がパンク寸前でしたね(笑)。「前回と同じものを出しては申し訳ない」という想いから、自分に課したルールと格闘することとなりました。
ーーー食材はどのようにして選ばれていますか?
食材も9年間でがらりと変わりました。オープン間もない頃は、ほとんどを東京から取り寄せ、その後もしばらくは県外の食材が多かったです。現在は、食材の9割以上が鹿児島県産です。当初は、鹿児島のどこで仕入れをしたらいいのか分からず、「東京出身の人間が鹿児島の食材をアピールしても説得力に欠けるんじゃないか」と気後れする自分もいて、なかなか鹿児島県産の食材には手を伸ばせませんでした。しかし、とあるネットの口コミサイトで、「せっかく鹿児島に来たのに、鹿児島のものが食べられなかった」というコメントを目にし、愕然としたんです。私がこの地で店をやる意味を再確認させられましたね。そこから県内の取引先を開拓し、ここ数年は「鹿児島の店」と自信を持って発信しています。
ーーー鹿児島県産の食材をいくつか教えていただけますか?
日本には数軒しかないシャポーン鶏(去勢鶏)の農場が、大隅半島の鹿屋市にあります。海外では最高級とも称される鶏肉です。鴨などのジビエ用の肉は、出水市で猟を行っている会社から仕入れています。鹿児島はお茶の名産地でもあるし、温暖な気候なので農作物もバリエーション豊かです。そして、東シナ海と錦江湾、太平洋に囲まれた鹿児島は魚介類がとにかく充実しています。鰹の水揚げ量は、皆さんご存じの通り全国屈指。沖縄でアカジンミーバイと呼ばれるハタ系のスジアラや、海老の種類も豊富です。高級魚は水揚げされると東京に出荷されるケースも多く、今となっては笑い話ですが、鹿児島産の天然クエをわざわざ豊洲から買い戻したこともあります。こちらに住み始めて間もない頃は、魚の名称を覚えるためによく地元の回転寿司店に足を運びました。同じ魚でも東京と鹿児島では呼び名が異なるものが多いんですよ。
ーーー大滝様はソムリエの資格をお持ちだとか。
24歳の修行時代に、先輩に勧められてソムリエの資格を取りました。当店ではペアリングにもこだわっています。料理ごとに相性の良い飲み物をセレクトするため、日によってお勧めするアルコールは変わりますが、唯一当店のペアリングに欠かせないのが「熟成焼酎」です。正式にはスピリッツに分類されるようですが、焼酎をオーク樽に詰めて長期熟成し、味がまろやかでウイスキーと同じ琥珀色をしています。ハイボールにしてお出しすることが多いですね。どんな料理にも合いますし、初めて口にするお客様がほとんどなのでとても喜んでいただけます。
料理も飲み物も、お客様には当店での時間を新たな発見や驚きと共に堪能いただきたいと思っています。恐らくこの先も、私の料理はどんどん変化し続けるでしょうし、それはつまり「自分の作りたい料理を作り続ける」ことなのですが、お客様には「また違った料理が食べられて嬉しかった」と満足いただき、店を後にしていただければ本望です。ここまで10年近く【et NOU】を続けてこられたのも、私の我が儘をお客様が楽しんでくださっているからだと思いたいです。
ーーー最後に、大滝様にとって「おいしい」とは?
私は「バランス」だと思います。例えばカレーなら、辛さが過ぎると刺激的ではありますが、「おいしいカレー」ではなくなってしまいます。辛さの中に旨味があったり、塩味や甘味を感じたり、バランスが取れてこそ、「おいしいカレー」になります。酸っぱすぎても甘すぎてもダメ。食感も大事ですよね。料理によってバランスの意味は違ってきますが、私は「おいしい」を生み出すバランスに常に気を配りながら、これからも新たなメニュー作りに取り組んでいきます。
小さな竈に何やら茶色の塊をくべ、鴨肉を炙り始めた大滝氏。聞けば「香り付けに使えそうだなと、犬の散歩中に松ぼっくりを公園で拾い集めました!」と屈託のない笑顔で教えてくれた。一つ一つの逸話が興味深く「次はどんな食材を、どんな料理に昇華させ、提供してくれるのだろうか」と最後までワクワクさせてくれる。鹿児島食材への敬意を随所に感じながら、心躍るひとときが味わえる【et NOU】。何度でも訪れたくなる「鹿児島が誇る名店」であることを確信したインタビューであった。
取材・文/青木 玲子
撮影/鈴木 雅人
et NOU est considéré comme l'un des meilleurs restaurants français de Kagoshima. Les plats préparés par le chef, qui possède une riche expérience en tant que chef français, sont de haute qualité dans tous les aspects, offrant des assiettes pleines de surprises et de découvertes grâce aux ingrédients de saison de Kyushu. Le nom du restaurant porte une signification profonde, évoquant à la fois 'coudre' et 'nouveau', et vous pouvez profiter d'un mariage parfait avec les plats dans un espace élégant et chaleureux.