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独創的な感性と理論で食の旅へ誘う、六本木【le sputnik(ル スプートニク)】
2024/10/29

独創的な感性と理論で食の旅へ誘う、六本木【le sputnik(ル スプートニク)】

東京ミッドタウンからほど近い路地裏に佇むフレンチ【le sputnik(ル スプートニク)】。 オーナーシェフ・髙橋 雄二郎氏は、ビストロから三ツ星レストラン、ブランジェリーやパティスリーと幅広い研鑽を重ね、丸の内【ヌーベルエール】、代官山【ルジュ―ドュラシエット】で着実な結果を残してきた。繊細かつ豊かな表現力で五感を刺激する髙橋氏の料理は、その芸術性だけでなく、科学的な調理法と技術力が生み出すおいしさにも定評がある。 大学卒業後に料理の道に入った経緯、独創的な料理づくりの裏側に迫った。

幼少期の食体験と旅が料理人を志すきっかけに

ーーー料理の道に入るきっかけを教えてください。

はじめは料理人になる考えは全く無かったんですよ。大学を卒業するまで一度も包丁を握ったことは無いし、自炊で初めて米を研いだのも22歳でした。両親は共働きだったので、幼い頃からよく外食する家だったんです。両親は食べることが大好きで、地元は福岡県ですが「おいしい鮎を食べに行こう!」と、家族でふらっと山口県へ出かけるなど、食べる愉しみには労力を惜しまないところがありました。食に対しては恵まれた環境で育ったと思います。自分も食べることは好きだったので、大学卒業後は食の情報誌を作る編集者になりたくて、就職活動は出版社を受けたのですが全滅。就職氷河期で就職浪人することも考えましたが、「食べることが好きだし、作ってみるか」と、卒業後は思い切って調理師学校へ入学しました。

ーーー当時、年齢的なハンディキャップや焦りはありませんでしたか?

調理師免許を取って現場に出たのは23歳。いずれ自分の店を持つということは決めていたので、そこはブレないようにしました。年齢的なことを考えると、一つのことを専門的に掘り下げて学んでいくのは20代までかなと。30代は責任をもって役職を全うして結果を出さないといけないだろうと考え、必要な知識と技術、経験を幅広く身に着ける必要を感じて実践重視の修行先を選びました。

恵比寿【ビストロ・ダルブル】で3年半修行した後にフランスに渡り、パリの三ツ星レストラン【ルドワイヤン】、ビストロ【ラミ・ジャン】、ブーランジェリー【メゾンカイザー】など、3年間修行しました。帰国後は、パティスリーや代官山【ル ジュードュ ラシェット】のシェフとして経験を積ませていただき、2015年に独立しました。

料理は型ではなく、今を生きる姿である

ーーー修行時代に印象的だったことはありますか?

最初の頃はイメージ通りに身体が動かないですし、先輩に怒られることも多かったですね。何もかも思い通りにいかないことに不貞腐れたこともありましたが、当時は辞める勇気もなかったですし、料理が嫌いではなかったから続けることができました。自分が成長できずに前に進んでいない期間は、こんなにも苦痛であることに気が付いて。自分が目指すところに行くために貪欲に向き合って進もうと、気持ちを切り替えたら見える景色が変わっていきました。

渡仏後は、現地の星付きレストランで本格的にフランス料理を学べると意気込んでいたのですが、実際は想像以上に料理の自由度が高いことに驚きました。クラシックな食材で手法を突き詰めたフランス料理もあれば、三ツ星レストランでも伝統的な技術をベースにしながら、形式にとらわれずにアレンジされたコンテンポラリーな料理もありました。どちらが古いとか新しいではなくて、それこそが「今を生きる」シェフや店の姿であり、個性なんだなと。

そこにお客様一人一人が魅力を感じて店に来てくださり、シェフはその料理をもってお客様を満足させることができればいいんだという妥協のない潔い姿がとても印象に残っています。

ーーーそれらはご自身の料理に影響を与えましたか?

そうですね。同じように自分の料理でお客様を呼べるようなガストロノミーを作りたいという想いを強くしました。とはいっても、修行先で得たものを国内に持ち帰って「輸入業」のようにはしたくなくて。当時は「最先端」でいいと思ったものを国内に持ち帰ったとしても、時代が進んでいけば当時の「最先端」はいずれ「過去」になります。知識も技術も修行時代で止まりたくなかったんです。 

クラシックなフランス料理の味や技法をしっかりと身に付けて基盤にした上で、そこに自分なりの表現をどう加えていくか。調理方法や食材の組み合わせ、切り方や盛り付けなどは方法論であって、自分がおいしいと思える料理、お客様に悦んでいただける料理を追求する作業は、独立した今もなお続いています。

独創的な料理を支えるテクニックとアイディア

ーーー料理の特徴やこだわりを教えてください。

ランチ、ディナーともにおまかせのコースをご用意しています。ディナーは13~14皿。クラッシックなフランス料理もありますが、スパイスを多用したり、和食・中華・エスニックのエッセンスを取り入れた自由な感じの料理も多いと思います。

自分のこだわりは火入れとデザートですね。鹿・鴨・子羊・牛など、肉の種類によって水分、油脂の量が異なるので、間接的に余熱で火を入れたり、時間や圧をかけるなど肉質をみながら最適な調理法をとっていきます。特に蝦夷鹿は常連のお客様からのリピート率が高いですね。柔らかくてしっとりジューシー、でも香ばしいという自分の目指す仕上がりがあるので、熱伝導率を考えて複数の工程を踏んで焼き上げていきます。デザートについては、構築的な見た目と味の統一感を意識していますね。

ーーー自由な発想の中にも、経験と知識に基づいて最適なアプローチ方法を探っているのですね。

自分としてはこだわりを持って料理を作っているだけで、その方法をお客様の前面に出して押し付けようというつもりはありません。一つのことを掘り下げて勉強するのは好きなので、おいしくするためにはどんなアプローチがベストなのか、調理法や素材の組み合わせなどを色々と試してみて、自分が納得できる味に仕上がるのであれば、たとえ効率が悪くてもそれを優先します。細部にこだわって「職人」として生きたいですね。

自分の料理はコンテンポラリーな要素も多いので、一見すると柔軟そうに見えるかもしれませんが、調理の細かな部分では職人としてのこだわりがあるので、見た目よりも固いものがあるかもしれません。

ーーースペシャリテ「薔薇のビーツ」はどのように誕生したのですか?

独立にあたり、これまで通ってくださっているお客様に対して新しいメニューを考えたいと思ったんです。ビーツの甘みを活かしたチュイルを作ってフォアグラを合わせたらおいしそうだなと。最初はミルフィーユ状に重ねてみたものの、接地面がすぐに湿って食感が損なわれてしまいました。思い切ってフォアグラに挿してみたらパリッとした食感は残るし、立たせたことでチュイルに陰影ができて深紅のグラデーションがより映えました。チュイルは一枚ずつ成形して、焼き上がったらすぐに丸みを付けなければならず、手間はかかるのですが薔薇の形にして、ビーツを乾燥させたパウダーとソースを散らすことで構築的な一品に仕上がりました。

開業時は名刺代わりにスペシャリテとして雑誌やWebで紹介していただいたので、そこから「薔薇の店」として認知されて食べに来てくださるお客様もいて、もはや当店にとって不動のスペシャリテとなりましたね。

ーーー来年は開業10周年とのこと。お客様はどのような方がいらっしゃいますか?

リピーターのお客様は多い方だと思います。近年はインバウンドのお客様も増え、多い日は半数以上が外国のお客様ということも。どんなお客様に対しても、その日、お客様が何を召し上がったかという料理の記録は全て残して、次回来られた時の参考にします。たとえ毎月来られたとしても、料理への期待感や驚きは損ないたくないので、ご希望がない限りは同じ料理は出さないようにしています。中には気に入ってくださった料理をまた食べに来てくださる場合もあるので、予約時のコミュニケーションや食事の進み具合、その方の好みやニーズを伺いながらコースの内容を考えていきます。

東京はシェフの個性と技量で勝負

ーーー最後に、髙橋様にとって「おいしい」とは?

作り手の気持ちが乗った料理ではないでしょうか。新鮮で旬の食材が持つ「おいしさ」はもちろんありますが、そこに「おいしいものを届けたい」という作り手の意図や気持ちが乗った時、素材のそれを上回る「おいしい」が生まれると思います。どこの飲食店でも、作り手の「おいしいものを届けたい」という気持ちから成り立っていますよね。それは大手食品メーカーが大量生産する製品でもいえることです。

料理の世界に限ったことではないですが、時代の価値は変わります。お客様のニーズや背景も多様化して自分の価値観も変わっていきます。レストランはおいしい料理を提供してお客様に愉しんでいただくという基本スタイルは昔から変わりませんが、そこにどんな付加価値を求めているのか。その大きさや中身はお客様やシェフに委ねられていると思います。自分がおいしいと思う料理にお客様も賛同してくださり、「僕の料理が食べたい」とか「ル スプートニクで食事がしたいね」と言ってもらえることが、僕の目指す「おいしい」のある場所です。

ーーー髙橋様の考える、料理の付加価値とは何ですか?

付加価値はその土地が育んだ風土や文化によってもたらされることもありますが、東京は国内外から食材も人もたくさん集まる場所なので、何でもありですし何でも使えるんですよね。見方を変えると、コンセプトが絞りにくく、変化のスピードも早いので付加価値をつけるのが難しい場所でもあると思うんです。だからこそ、東京はシェフの技量や個性で勝負していくところなのかなと思います。

自分は言葉で表現するのは得意な方ではないので、自分の料理を食べていただくことが一番のメッセージ。コース料理を旅に捉えるなら、お客様は「はじめ」から「さいご」まで僕の料理に身を委ねてくださっているので、「次は何がくるだろう?」という期待感やこれまで体験したことのない食材の組み合わせ、味わいを感じてもらえるような時間を提供できれば嬉しいですね。

「言葉で表現するのは得意ではない」と、はにかむ髙橋 雄二郎氏。
しかし、料理はどれも創造的で多彩な顔をみせながら、客人に雄弁に語りかけるようだ。食材や調味料の組み合わせ、火入れ加減などを考え抜き、最適な手法で料理へと昇華していく。職人然とした髙橋氏の飽くなき探求心と実直な生き方を垣間見た思いがした。

来年、独立10周年を迎える【ル スプートニク】は、これからどんな食の旅路へと誘ってくれるのだろう。

取材・文/柳屋 有里
撮影/中岡 あずさ

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