ー上善は水の若し 水は善く万物を利して争わず 衆人の悪む所に処るー
『老子』のなかのこの一節は「上善如水」という四字熟語としてご存じの方もいるのではないでしょうか。その意味を簡単にいうと「最高の善は水のようなもので、互いに争わずに自ら低い場所に行く」ということです。
私自身、そうした生き方を理想に掲げており、それに一歩でも近づけるように【膳司水光庵】という店名を付けました。水と光は生き物にとって生きていく上で欠かせない要素です。水が癒しとなり、光が活力となるように、当店もお客様にとってなくてはならない店になりたいと思っています。
2023年6月に、現在の場所にお店を移転してから、【膳司 水光庵】に込めた思いをより実現できるようになっています。以前まではマンションの一室に店舗を構えていました。
というのも、2015年に独立したとき、お金も保証も何もなく、経営的に見ると失敗のリスクが大きかったからです。もともと私は18歳のときから17年間、【京都吉兆】に勤めていました。そこでの仕事はチーム制です。メンバー同士が役割分担をし、チームで料理を仕上げていましたが、独立をすると全てを一人でやらないといけません。その点も未知数だったため、やはりリスクの大きさを感じていました。
とはいえ、これまでのキャリアを捨ててでも自分なりのアプローチで日本料理と、それにまつわる文化の発展に貢献していきたいと思い、独立の道を選んでいます。そこで独立を成功させるためにもリスクを最小限に抑えようと、自宅を改装してお店を始めました。
当時、コンセプトの一つとして掲げたのが「茶室」です。もともと茶室には、人里で山里を感じる場所としての機能があります。その意味で、マンションの一室は茶室のコンセプトにピッタリですし、それにより日本料理の奥深さも伝えることができると思っていました。
ただ、お店ではあるものの、あくまで自宅。そのためインターネットに住所を公開するのはもちろん、誰彼構わずに教えるわけにはいきません。そうした事情もあり、紹介制で営業することに決めました。マンションなのでキッチンの火力や、スペースに制限があるため、できる提案が限られてしまいます。しかし、そんな環境でも一流の人に求めてもらえる料理を出せることこそが実力です。実際、そこでの提案の積み重ねが、多くのお客様の紹介に繋がり、店舗の移転という新たなステージへ辿り着くことができました。
いまの【膳司 水光庵】の客単価は約5万円です。移転後に電話とWebの予約を開始したこともあり、以前よりもより多くの食が好きな方々にご来店いただいています。接待よりもプライベートでの利用が多いことも、当店の特徴の一つかもしれません。
メニューは基本的にコースのみです。季節感を大事にする日本料理の伝統を踏まえて、前菜で旬のものを積極的に使うのはもちろん、蟹や筍といった食材については季節を通して提供し、月によって提案を変えています。食材については、それぞれ時期によって良いものを使っています。例えば、松茸だと旬の序盤はブータン産です。国産に負けないクオリティで、国内で収穫された松茸がまだ市場に出回っていない時期にとても重宝しています。旬の後半は、和歌山県や広島県など国産のものを使い、季節を通して楽しんでもらえるように工夫をしています。
ただ一方で、良い食材を使い過ぎてしまう弊害があるのも事実です。どの食材でも一定以上の味に仕上げる。それが料理人の腕の見せ所なのですが、スキルがいまいちでも食材が良ければおいしい料理をつくれてしまいます。その食材がないと作れない料理もあるものの、食材に頼り切ってしまうと若手の成長には繋がりません。
そうしたジレンマを前に、いつしか若手職人への技術の継承に危機感を覚え出しました。
技術の継承と合わせて、日本料理そのものに対する危機感も強く持っています。暦に合わせて料理を提案していくのが日本料理の基本です。以前は、その暦にあった食材がしっかりと揃っていましたが、今は、食材によっては旬ではなくなったものもあり、本来の形を追求するのが難しくなってしまっています。料理と食材の関係性を一から見直さないと、日本料理の伝統が消えてしまってもおかしくありません。
私がこうしたことを考え出したのは、40歳を過ぎてからです。年を重ねて日本料理が置かれている状況を俯瞰してみると、料理人への成り手の不足、技術の継承だけでなく、日本料理を取り巻く「文化の継承」も進んでいないことにも気づきました。
日本料理をより深く楽しむには、書道や茶道、華道といった伝統文化への造詣も必要です。そうした観点でより視野を広げてみると、以前に比べると、日本料理の深いところへ関心を持ち、理解している方が少なくなったようにも感じました。誤解を恐れずにいうと、お客様が料理人を育てるように、料理人もお客様を育てられるようにならないと、日本料理そのものだけでなく、それにまつわる文化の発展もないでしょう。
実は、移転した理由の一つに、従業員を増やし若手の育成を行うという目的もありました。おかげさまで【膳司 水光庵】で修行をしたいという若手料理人が増えてきたので、彼らが腕を磨くのに相応しい場所をつくりたいと思ったのです。
私自身、茶道、書道、生花にそれぞれに師匠がいて、かれこれ20年近く師事しながら、たくさんのことを教えてもらいました。自分がそれを表現することも恩返しの一つなのですが、もう一歩踏み込んだ恩返しは、やはり次世代に伝えていくことではないでしょうか。
水光庵の水が「上善は水の若し」の老子の言葉なら、光の字は「和光同塵」という言葉にある「光」にあやかっています。和光同塵はもともと仏の悟りは難解で、一般の人に伝えるのは簡単ではなく、それを噛み砕いて伝える重要性を説いた言葉です。日本料理もその本質を理解することは簡単ではありません。
しかし、それを深く理解した上で日本文化を継承・発展させていきたいと行動を起こす若者たちもいます。だからこそ、私から、そうした若手料理人へ技術を伝えながら日本料理の再構築を目指していきたいと考えています。
【膳司 水光庵】がどういう店かといえば、若手料理人と一緒に日本料理の再構築を目指す店だといってもいいかもしれません。私は、彼らの挑戦が、日本料理の発展に貢献すると信じています。その先に「膳司 水光庵」のさらなる成長もあるのではないでしょうか。
取材・文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/鈴木智哉
Situato in un tranquillo quartiere residenziale, questo ristorante giapponese di fama offre una cucina kaiseki che incorpora lo spirito della cerimonia del tè e della calligrafia. È uno spazio speciale dove è possibile gustare i sapori delle stagioni accompagnati da sake e vini selezionati. Ogni visita porta nuove scoperte e momenti di calore e convivialità.