ーーーお店の特徴やコンセプトについて教えてください。
薪火を中心とした料理を提供している点が当店の一番の特徴です。
僕自身が薪を使用する店で働いていたわけではないのですが、スペインを訪れた際に薪を使用し調理する店が多く、感銘を受けたことがきっかけで当店を作る際のヒントになりました。見ていただいたら分かるように、当店にはガス台が無く、IH以外はほぼ薪のみで火入れや調理をするのが僕のやり方です。
また、【L'eclaireur】という名前はフランス語で「新しいものに光をさす」という意味なので、食材に対して僕らなりのアプローチで新しい光をさすというコンセプトでやっています。
ーーー薪火のどんなところに魅力を感じられたのでしょうか?
薪で食材に火を入れることは調理をする上で手法の一つでもありますが、僕は「調味料」という位置付けとしても注目しています。例えば、干したり塩漬けした食材を薪の上で三日間ほど燻しながら乾かすと、調味料として活用できるんです。薪の独特の薫りを一種の調味料と捉え、この要素にさらに僕なりのアプローチをプラスしたら、もっと料理が面白くなるんじゃないかと思いました。
この捉え方が料理人すべてに共通するのか僕独自の感性なのかは分かりませんが、ただ薪の上で焼くだけでなく、火入れの仕方や燻し方、使用する木の素材やその後の活用の仕方によっても味わいは大きく変わってくるので、食材へのアプローチの多様性に魅力と可能性を感じました。
ーーー実際に薪を使ってみていかがですか?
面白さが無限にあって簡単に答えが見つからない難しさというか、奥深さを日々感じています。「まだ気付いていない薪の可能性がもっとあるんじゃないか」とね。薪は灰になっても活用の幅があるんです。薪の灰を集めて、土鍋の中に5時間程じゃがいもを入れておくと、蒸し焼きに近い状態になり、余熱の力で焼き芋のようにしっとりとした食感と程良い薪の風味が付くんです。
本当にちょっとした火加減の違いや薪の状態でも食材の表情は大きく変わってきます。まだまだ研究を続けていかないといけないですし、料理スタイルも確立途中だと僕自身思っています。
ーーー薪の状態を一定にするにはどういった工夫が必要なのでしょうか?
薪は水分量が変わると火の点け方も変わってくるので、一番注意しています。ただ、「薪の扱い方について説明して」と言われると言語化するのは難しいんですよ(笑)。例えば、普通のレストランのようにオーブンを使う料理ならば肉の火入れについてスタッフに細かく教えることはできますが、薪に至っては感覚で覚えるしかない部分も多く、僕には僕のやり方がありますし、スタッフは僕のやり方を見て自分なりに落とし込んでやっています。「薪の扱い方は教えられない」というのも、薪ならではの特徴であり難しさでもあるかもしれません。同じ料理でも薪を扱う人が変われば「全然違うね!」とお客様から言われたりもしますし、薪はその人の個性が出るんだなと感じます。
ーーー薪の存在感がある分、他の食材や調味料とのバランスの取り方に難しさはありませんか?
僕は必ず食材との「繋ぎ」を作るようにしています。ドレッシングを作るなら薪で燻製した油を入れたり、牛乳の中に燃やした木を入れて薪の薫りを付けたソースを作ったり。このスタイルを取り入れたのはここ一年位です。最近では味噌などの発酵食品が薪との相性が一番良く、「繋ぎ」になると思っています。他にもコンブチャ(発酵飲料)と合わせたり薪で燻した鰹節ならぬ「鯛節」のようなものも自分たちで手作りして出汁として活用するなど、「繋ぎ」の存在のおかげでやっと料理全体が馴染むようになったなと。
このポイントに気が付くまでは僕の中でずっと違和感があったんです。例えば、冷たい前菜としてオマール海老や鮪を炙って淡いテイストのソースと合わせようとすると、全く美味しくなくて(笑)。薪を甘く見ていたな、と振り返ると一番苦戦したところです。
ーーーお料理の特徴やコース構成についてお聞かせください。
実は料理の特徴やコンセプトというものを明確に定義しているわけではないんです。ですが、クラシカルな調理技法であったりスタイルを大事にしているという点は間違いないです。これまで僕がフランスで学んできた偉大なシェフたちの料理を自分なりに落とし込んで表現する、というのをやり続けています。尊敬するシェフたちのやり方をそのまま真似るのではなく、僕というフィルターを通じて変化をつけてご提供しています。
コースはアミューズを含めて大体12〜13品くらいです。使用する食材に関していうと、今はどこのレストランも日本全国の色々な産地から厳選したものを取り入れて料理を作っていると思うのですが、僕も然り。昔に比べて生産者さんとの繋がりが築ける時代なので、良いものが届いたらそれを使いたくなるしメニューも変えます。「良いものが届く=季節がどんどん変わっている」ということなので、結果として季節に沿って内容も変わっていきますね。
ーーー仕入れに関してのこだわりや大切にされていることはありますか?
大切にしていることは生産者さんの想いです。やはり想いがしっかりと感じられる物は状態も味わいも良いんですよ。一言では言い表しづらいですが、ひと口食べれば感じるものはありますし、話してみて感じるものもあります。なので、僕は全て農家さんから直接仕入れています。
僕はずっとフランスにいたので開業当初は日本の生産者さんをほとんど知らなくて、自分で探していた頃はあまり良い方と巡り会えなかったんです。ここ一年くらいでようやく良い生産者さんに巡り合えるようになって、その方がまた別の生産者さんをご紹介してくれて、繋がりが本当に有難いです。
例えば、最近は野菜を京都から仕入れているのですが、これにはきっかけがあって。国と京都府が連携して管理している江戸時代から続く【大庄屋上野家】という国の指定文化財があるのですが、僕が運営を任される形で近々オープン予定なんです。このお話は、生産者の方たちが僕のことを薦めてくれたことで動き出しました。最初は舞鶴の西方寺で野菜の生産者さんと知り合い、そこから鹿や猪などのジビエハンターさんや宮津湾の漁師さん、と順に紹介してもらい今に繋がった感じです。
他にもハーブだったら富士山の麓で作られている方や、牛肉はじゃがいもの菌を塗って100日ほど熟成させたものを滋賀の方からいただくなど、実質フランスの材料を使うことはほとんど無い状態です。
ーーーフランスに行くことを決めたきっかけについて教えて下さい。
2008年頃が僕の人生の転機となりました。当時、フランスに行きたいと思っていた頃、ドミニク・ブシェ氏が僕の修行先であった代官山の【レザン・ファン・ギャテ】に、たまたまお客様として食べに来てくださいました。そこでシェフが僕のことを紹介してくれたことがきっかけとなり、フランスへの道がとんとん拍子に進みました。パリの【ドミニク・ブシェ】での修行が決まり、そこから最終的に10年間フランスで修行を積みました。
ーーー10年とは長いですね!皆さんそれほど長い修行を積まれるものなのでしょうか?
現実問題としてビザを取得することも毎年更新することも大変ですし、意気込んで行く人ほど大体一、二年で帰ってきてしまう印象で、案外がむしゃらに生きている人の方が長くいたりするんですよ(笑)。
僕は当初は一年と決めて帰ろうと思っていましたが、10年も滞在したのは人と人との繋がりが良かったことが一番の理由だと思います。
ーーー錚々たる場所で修行されましたが、最初から色々なものを得ようとして行かれましたか?
全然です、先程もお伝えしたように元々帰りたいと思っていたので(笑)。2014年頃に東京で北欧料理(ノルディック・キュイジーヌ)が流行った時がありましたが、パリではすでにすごく流行っていて、帰国前に北欧を回って帰ろうと思っていた時にダヴィッド氏と出逢いました。
天才との呼び声も高かったダヴィッド氏は、北欧料理のエッセンスを取り入れたフレンチのアプローチに定評があり、僕と歳は一つしか変わらないのに「こんな創造性のある人がいるんだ!」と純粋に感銘を受けたんです。この人の元で学びたいとフランスに残ることにしました。
ーーー修行時代に一番辛かった思い出や記憶に残るエピソードはありますか?
フランス生活も8.9年目でしょうか。料理人として人生で一番キツくてプレッシャーも大きかった時期ですが、一番勉強になりましたし、偉大なシェフの元で学べたことは本当に良い経験になりました。苦しくて涙することも精神的に追い込まれたのも一番はここですけどね(笑)。
ーーー2018年に帰国された時は今とは違う形でお店を営まれていましたよね?
東京は良い店がたくさんあって競争が激しいので、レストラン事業だけでは厳しいと考え、お菓子作りが得意だったことを活かしてパティスリー事業も同時に展開したんです。当時は周りからは「遠回りしてる!」とも言われましたが、やり始めたら様々なラグジュアリーブランドとのご縁が生まれ、今でも業務委託契約という形でお菓子やドリンクを卸したりイベントなどにも携わっています。経験が財産にもなっているので、結果として僕自身は良かったと思っています。
パティスリー事業に絞ることへの迷いが生じたこともあったのですが、そうなると「もう料理人としてできない、料理をやっていかないと自分が後悔する」と感じて思い留まりました。
ーーー料理を作るうえで一番大切にされていることや伝えていきたい部分はなんでしょうか?
レストランというのはお客様に笑顔になってもらう場所だと思うので、料理を作るうえでも一番に心掛けています。愉しんでもらいたいという気持ちがあれば、技術も自然と繋がってくると思うんです。「お客様の笑顔を作っていこう」というのはスタッフたちにも伝えています。
あとは日々、目の前のことを一生懸命に取り組むことでしょうか。人は誰しも絶対どこかで抜いてしまうし抜きたくなる生き物です。「その時その瞬間を100%でやる」というのは、単純なようで実は一番難しい部分でもあると思います。僕自身、修行時代に言われた「その行動は君の将来の価値に意味があるのか?」という言葉がすごく印象に残っていますし、胸に刻んで今も行動するようにしています。
スタッフたちもレストランの一員として日々、自分自身の行動に責任を持ち、向き合いながらどんなことも一生懸命に取り組んでもらいたいなと思います。
ーーー料理のインスピレーションの源やこだわりはありますか?
色々なものを見ることは大切ですが、SNSを見過ぎないことですね。これはダヴィッド氏からの教えの一つでもあるのですが、実際に食べる体験は良いけれど写真などSNSを見るだけというのはただの真似になってしまうからダメだ!と。特に日本人の料理や日本のレストランはなるべく見ないようにしています。やはり、一度でも見てしまうと脳裏に残って料理を試作する際に影響が出てしまいますから。
僕はパリのスタイルが合っていると思っているので、現地のシェフたちの料理を参考にしたりクラシカルな料理の本を毎日見たりしています。お気に入りは、1970年代以降の歴代の著名なシェフたちのスペシャリテが描かれた本で、参考にしています。あとは食材ですね。生産者さんとの話の中で、その食材をどうやって食べているかなどを聞くと非常に参考になります。
ーーーこれからの展望、挑戦したいことはありますか?
まさに現在、京都でやっているようなことですね。生産者の方々は自分たちが美味しいものを食べたいから美味しいものを作る、という考えでやられてるので、共存していきたいなと思ってます。彼らは食材を作るプロですが料理は僕らの専門分野なので、互いに関わって創り上げていくというのが面白いなと思います。少しずつ人の繋がりが広がって最終的にみんな笑顔になる、それが料理をしていて一番楽しいなと思うところです。
京都だけでなくすでに他のエリアでもお話はいただいていて、フレンチだけでなく様々なジャンルにも挑戦できそうです。今後も地域毎の素晴らしい食材と薪との可能性を探っていきながら、僕らにしかできない魅力とアプローチで、お客様を笑顔にしていくことができたらと考えています。
薫香の漂う店内は色彩豊かなボタニカルを配し、薪炉には炎が揺らめく。最も原始的な調理法のひとつである薪火。自然由来の不安定なアプローチさえも創造の愉しみに変えていく田熊氏の料理への探求心は、店名【L’eclaireur】の由来「様々なものに光をもたらす者たち」に通じるようである。レストラン経営という枠組みに留まらず、地域食材や食文化、生産者に光を当て、新しい価値を提案していく田熊氏の活動から目が離せない。
取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡 あずさ
2021年9月にオープンしたL'eclaireurは、薪を使った火入れでその時期ならではの素材の味を引き立てる独創的なフレンチを提案します。店内は白を基調とした上品な雰囲気の中、薪の香りと共にシェフこだわりの料理が並びます。料理は一品一品が細やかに作り込まれており、木の香りが素材を見事に引き立てる様子は圧巻です。訪れる度に新しい感動を与える、特別なひとときを楽しめるレストランです。