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北陸の魚の持ち味を最大限引き出し、極上の鮨へと進化させる【鮨 木場谷】
2025/3/5

北陸の魚の持ち味を最大限引き出し、極上の鮨へと進化させる【鮨 木場谷】

情緒溢れる金沢・主計町茶屋街のほど近く、彦三町の一角に位置する【鮨 木場谷】。店主の木場谷光洋氏は銀座の名店【鮨青木】などで修業し、地元富山で出張鮨職人として腕を磨いた後、2016年に同店を開業。日本海で獲れる良質な鮮魚を使いながら、「魚に頼りすぎずに魚の味をきちんと引き出したい」と日々真摯に魚と向き合い続ける。高度な江戸前鮨の技術を巧みに用いながら、北陸の魚の旨味が存分に活かされた鮨を握る木場谷氏に、これまでの歩みや鮨に込めた想いを尋ねる。

粋な江戸前鮨職人の姿に惹かれ、鮨職人の道を志す

ーーー幼少期から魚が身近な生活だったそうですね。

僕は富山県出身で、実家は鮮魚店を営んでいました。魚を使った仕出し料理を依頼されることもあり、小学生の頃から結婚式の会場に行って料理を並べたり片付けを手伝っていて、小さい頃から料理には慣れ親しんでいましたね。また、加工場には魚を卸すスペースがあり、内臓や鱗を取り除いたり血抜きといった下処理をしていたので、魚を卸すための最低限のことは知っていました。ただ、当時は将来自分が料理に携わることになるとは思っていなかったですね。

ーーーその後、どのような経緯で料理人を志しましたか?

商船系の高等専門学校を卒業後は貿易会社に入社しましたが、一年程で会社を辞めて築地市場の魚屋で働き始めました。築地での仕事は早朝から始まり、昼前の11時頃には終わって時間に余裕があったので、夜間の調理師学校にも通いました。当時、築地の魚屋のお客様の中に鮨職人の方がいて、その方たちのお店に食べに行ったら板前さんたちの江戸っ子の言葉遣いや立ち振る舞いがすごくかっこよかったんです。お鮨もおいしくて、だんだんと鮨の世界に惹かれていき、鮨職人を志すようになりました。僕の父親もお鮨が好きだったことも、この道に進んだ理由の一つだったのかもしれません。

ーーー築地での経験はいかがでしたか?

僕は毎日早朝に漁港までネタを調達しに行っていますが、朝早くから活動する生活サイクルにはその頃から慣れましたね。当時は朝3時には起きて築地に行き、イタリアンレストランのアルバイトなども掛け持ちしながら学校が終わる夜10時まで活動する、という働き詰めの生活でした。日本がバブルだったこともあり、市場は連休がほぼなく常に稼働していて、時には築地に入るための車で混雑して銀座まで渋滞が続いていることもありました。忙しい時には前日の夜に終電で築地に入り、そのまま深夜から働くということもありましたね。休みの日は朝6時頃に目が覚めて、「寝坊した!」と焦ったこともあります(笑)。今でも朝6時くらいまで寝ると十分寝たなという感覚になりますし、朝が強くなったのは築地での経験のおかげですね。

魚のポテンシャルを引き出す江戸前の技術を駆使しながら、最適な仕込みを行う

ーーー修業ではどのような経験を積みましたか?

最初の修行先の船橋【よしうら】では、江戸前鮨の仕込みをはじめ、鮨の基本から学びました。その後、一度富山に戻りましたが、もう一度江戸前鮨の技術をきちんと学びたいという想いから東京に戻り、銀座の名店【鮨青木】で修業をしました。

東京では獲れてから何日か経った魚がまわってくるため、魚を少しでもおいしくしようという考え方が根付いており、魚のポテンシャルを引き出す技術が高いと感じています。一方、鮮魚が獲れる北陸で鮨を握っていると、魚ありきの仕事で魚の味に頼っていると言われることがあり、僕はそれが嫌で魚の味をしっかりと引き出すような仕事がしたいと思いました。修業先の【鮨青木】の大将は本当に親切な方で、「教えられることは全部教えるから、しっかりと覚えてほしい」と、塩の当て方から魚の煮方まで、仕込みに関わることを全て教えていただきましたね。

ーーーお店で提供されている鮨は、東京での経験が基盤になっていますか?

修行した各店舗での経験は現在の基盤になっていますが、そこで学んだことと全く同じことをしているわけではありません。学んだことを自分なりに解釈して、進化させながら組み合わせているような鮨です。また、江戸前鮨だとか鮨のスタイルにもこだわっていなくて、純粋に僕が一番おいしいと思う鮨を提供しています。

例えば通常、寒ビラメの仕込みは、より旨味が増すように冷蔵庫で寝かせますが、冬に新湊で獲れる寒ビラメはすごくおいしいので、寝かせなくても十分おいしいんですよ。だから僕は、その日のうちにそのままお出しするようにしていますし、新鮮な魚をそのままお出しすることはこの土地ならではだと思います。一方、小肌や鯵は塩漬けなどの仕込みをしており、魚によって仕込みが必要なものと必要でないものとがあります。僕は自分の引き出しの中から最適なものを選び、それぞれの魚に合わせた仕込みを行っています。

ーーー富山に戻られてからは出張鮨職人のお仕事をされたそうですね。

出張鮨職人の仕事は【鮨青木】の親方から、地元に帰ったら最初は出張の鮨職人から始めたらどうかと言われたことがきっかけです。開業費用も抑えられますし、実家の手伝いとの両立もしやすかったため、出張鮨の仕事を始めました。日中は実家の鮮魚店を手伝う傍ら、夜は出張料理人としてお客様の所へ握りに伺わせていただきました。最初は全く予約が入らないような状態でしたが、だんだんと口コミでお客様が増えていき、最終的にはありがたいことにたくさんの予約で埋まる状況になりました。

ご利用いただいたお客様は、自宅での出産祝いや新築祝いのほか、金沢の茶屋街の店で芸子さんが唄や踊りを披露する合間に鮨を握らせていただくこともありました。特に主計町茶屋街の芸子さんに呼ばれることが多かったのですが、その時に茶屋街の雰囲気が気に入り、このエリアでなら店を出したいと思っていました。そんな時、お客様から主計町茶屋街のそばで物件が空いていると教えていただき、ここで店を始めることになりました。

ーーー出張鮨職人の経験がどのように現在に役立っていますか?

出張鮨を経験したことで多少のことでは動じなくなり、打たれ強くなりましたね。お客様から依頼を受けたら事前に現場を見に行くこともありましたが、打ち合わせ時にいただいた会場のお写真のみで当日初めて現場に行くということもありました。店を開いているとお客様にお越しいただける安心感がありますが、出張鮨は今日はどんな場所で握るのか分からない新鮮さや面白さがあります。お客様が集まられている場所に伺って目の前で握って評価されるので、最初の頃はしんどいと思うこともありましたね。現場ごとに臨機応変に対応する必要があり大変さもありましたが、どんな時も手は抜きたくなかったので、例えば新築祝いで屋外で焼き魚を提供するという場面では、コンロではなく備長炭をしっかりと焚いて提供していました。

自ら市場へ出向き、鋭い目利きで最高の鮨ダネを調達

ーーーどのように魚を仕入れていますか?

毎朝5時には金沢から富山の氷見や新湊の漁港へ行き、6時から始まる競りに参加したり、得られた情報をもとに業者さんから仕入れたりしています。富山湾のものが中心で魚津・新湊・氷見・七尾エリアの魚を使っています。それぞれの港によって獲れる魚には特徴があり、 例えば新湊漁港では海老や蟹などの甲殻類、隣の氷見漁港では鰤・鯵・鰯などの青魚や小魚がよく獲れます。のどぐろが今日は氷見では獲れなかったけれど新湊で入荷したのでそちらで仕入れる、というように富山湾全域の漁港で比較しながら、日々仕入れをしています。

日本海は寒いので脂がのっている魚が多く、特に富山湾で獲れる鯵や鰤はおいしいですよ。最近は業者さんの処理技術も上がってきていて、釣った魚を船上で血抜き・活け締め・神経締めをしてくれています。そうして卸された貴重な数本の中から僕は一番良いものを仕入れるつもりで毎朝市場に行っています。一番良い魚は築地に行くと言われたりしますが、僕は築地に出荷される前の一番良いものを仕入れているので、魚の質には自信がありますね。

ーーー鮨職人として、魚へのこだわりを教えてください。

富山や北陸で獲れた魚をおいしく提供して、お客様に喜んでいただきたいというのが僕の中で揺るぎない柱となっています。富山で店をやっているのに全国から魚を仕入れて提供していたら、この土地でやる意味がないですよね。どうしても足りない食材については他の土地のもので補いますが、北陸・金沢で店をやっているからこそ、できるだけ近郊で獲れた魚を使って料理をお出ししたいという想いがあります。

自然のものなので漁港で仕入れる魚の質も日々異なりますが、だからこそできる限り自分の目で、直接魚を見て、その日の最高の魚を買って仕込むことが鮨屋として絶対にやるべきことだと僕は思います。僕たち鮨職人は技術があって当然なんです。鮨職人が加える手間はほんの少しだからこそ、できるだけ獲れたてで活きが良い魚を揃えたいですね。

ーーー昔と比べて、獲れる魚は変わっていますか?

温暖化で少しずつ海水温度が高くなっている影響で、昔は九州で獲れていたような魚が北陸で獲れるようになったり、昔は北陸で獲れていた魚が激減するなど獲れる魚も年々変わってきています。例えば富山は鱒寿しで有名ですが、昔はタンクいっぱいになるくらいたくさん獲れて、最後は余った鱒が安くたたき売りされていました。ただ、近年では本当に希少になり、今年この時期は氷見で鱒がまだ3本しか獲れていなくて、僕はそのうちの2本を仕入れました。特に寒波が来ると魚を獲りに行くこと自体が難しくなるので、市場では数少ない魚の取り合いになります。そんな時でも、僕は一旦採算のことは考えずに、お客様においしいものを提供したいという一心で、値段関係なく取りにいくようにしています。

ーーー良質な魚を仕入れるために大事なことは何でしょうか。

人との信頼関係が一番大切だと思います。信頼されないと魚の仕入れ情報も流してもらえませんし、業者さんたちのおかげで僕たち仕入れる側は生かされているので、その方たちを大事にしていきたいですね。僕は地元に戻ってから新湊漁港の鮨屋で働いていたこともあるのですが、その時に知り合った方は僕が仕入れたいものを把握してくださっているので、新湊の魚の仕入れは絶大な信頼をもってお任せしたりもしています。

お客様に喜んでもらいたい一心で「おいしくするために」を常に考え続ける

ーーー空間づくりではどんなことを意識されていますか?

なるべく余分なものや派手さをなくして、落ち着いた和風空間にしようと思い、お店づくりをしました。店内の土壁は土の中に細かい藁を裁断して練り込んだもので造られています。300〜400年経過すると藁にカビが生えて、土壁が青・赤・黄色など綺麗な色に変色して国宝級の価値がでるそうです。包丁は、富山県の老舗包丁メーカー「佑成」のものを中心に揃えており、カウンター前には刺身を切る包丁や牛刀・野菜専用の包丁・天然の鰻を卸す包丁などを飾っています。

お皿は富山県の器や石川県の九谷焼や輪島塗・珠洲焼などを使用しています。魚だけではなく器や包丁などの道具も含めて、全て地元のもので揃えるようにしています。最近は県外だけではなく海外からのお客様も多く、種類が豊富な北陸の魚のおいしさがより多くの人に伝わり、より一層街が賑わってくれたら嬉しいと思っています。

ーーー後進を育てるうえで意識していることはありますか?

若いスタッフによく言うのは、ロボットのように動くのではなく自分の頭で考えて動きなさいということです。それは、もし将来自分の店を持った時に、自分で考えて動けないと店としてやっていけないからです。例えば仕込みで鯵に塩を5分振ってと言われた時に、ただ言われた通りに全て5分でやるのではなく、今日の鯵ならどれくらいの時間がちょうど良いのかを自分なりに考えて、僕に相談してほしいと思っています。同じ料理を提供するにしても、その日その日で最適なことを考えながら毎日頑張って続けていたら、きっとそれが習慣になると思うんです。僕自身も修業時代は、「こうした方がおいしいんじゃないか」と考えながらやっていたタイプで、今もそれが癖になっています。

正直なところ、魚を卸すこと自体は練習すれば誰でもできるようになるんです。ただ、自分で店を持つとなると自分で調理ができなければならず、それができるかどうかが店の明暗を分けます。日頃から考える習慣をつけることで、店を開いてからも料理のアイディアが浮かんできます。若いスタッフには新しい料理のアイディアが浮かんだらどんどん言ってごらんと伝えています。僕がやっていることが100%正解とは思っていないですし、もしかしたらスタッフが考えている料理の方がおいしいかもしれません。おいしいものを作るにはどうすればいいかを常に考えてほしいですね。

ーーー今後の展望を教えてください。

今以上にもっとおいしいものを提供していきたいです。現在提供しているものは、自分がこれまでに学んできたことをベースに進化させている料理が多いのですが、最終的には全て自分でゼロから創造した料理を提供してお客様を喜ばせたいですね。

料理のアイディアは調理中はもちろん、イタリアンやフレンチなどジャンル問わず様々なお店の料理を食べに行くことで発想の源泉となることがあります。鮨以外のジャンルの料理本を買ってきて、自分で作ってみたりすることもあります。出張鮨の仕事では会社の接待などで、お弁当を作ることもあり、刺身だけでなくハンバーグや鰤の照り焼きを煮た大根をのせるなど、鮨屋の域を超えた和食屋のような料理も作っていました。鮨以外の料理も自分で作ってみることで新しい発見があって面白いです。

ーーー最後に木場谷様にとって、おいしいとは?

誰かがおいしいと言っていても、僕が食べておいしいと感じなかったら、それは自分にとっての「おいしい」ではないのだと思います。自分の心が動かされないものや、自信がないものを提供しても、お客様はおいしいとは感じないと思うんです。僕がおいしいと感動して間違いないと思ったものを提供すると、お客様もおいしいと言ってくださいます。これからもお客様においしいものを食べて喜んでいただくために、傲らず高ぶらず真摯に料理と向き合っていきたいですね。

獲れたての鮮魚の魅力が最大限に引き出された鮨を口にしながら、朗らかな人柄の木場谷氏との会話も弾み、カウンター奥の茶室をイメージしたという窓からは、四季折々の風情を楽しめる。北陸の魚の活かし方を知り尽くし、精緻を極めた木場谷氏の握る鮨を求め、日本全国から鮨通が足を運ぶのにもうなずける。江戸前鮨の伝統を味わいながら、旬の北陸の魚を美しい極上の鮨へと昇華させる職人の技を堪能しに、是非【鮨 木場谷】へ訪れてほしい。

取材・文 / 佐田 優佳
撮影 / 安井 智洋

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