ーーーカウンターがとても印象的ですね。お店づくりは最初からイメージされていたのですか。
国産欅の一枚板のカウンターで10席ご用意しています。独立前から店はカウンターを中心にしたいと考えていました。物件は当初、麻布十番辺りで探していたのですが、開業準備がコロナ禍と重なり、なかなか思うように見つからなくて。そんな時に紹介してもらったのが、この場所です。西麻布はあまり縁がなくて、「自分っぽくないな」と思っていたのですが、大通りから一本入った静かな路地にあって、すごく雰囲気が良くて。内見に来て「あ、ここだな」と直感で、その日のうちに即決でした。
ーーー温もりのある木の質感や照明の柔らかさなど、落ち着ける空間ですね。
ありがとうございます。設計は、以前から知り合いの「デザインワークス」の生長弘丞氏にお願いしました。グルメな方で、キッチンの良し悪しも理解してくださっているので話も早くて。最低限の希望を伝えてあとはお任せしたのですが、僕の好みやイメージを汲み取って、空間に落とし込んでくれました。キッチンの使い勝手も抜群で、プロにお任せして本当に良かったと思っています。
ーーーお店の特徴やお料理について教えていただけますか?
基本はコースで、21時以降はアラカルトも楽しんでいただいています。アラカルトで来られるお客様の中には、「最初からパスタが食べたい」という方もけっこういらっしゃいます。コースではパスタを後半にお出しするのですが、「お腹が空いている状態で一番楽しみにしているパスタを食べたい」という気持ちはよく分かります。臨機応変に、ご要望やご相談をお聞きしながら対応しています。
ーーーカウンター越しに自家製パスタも作ってくださるのですよね、特別感がありますね。
例えば、ニョッキは蒸したジャガイモからお客様の目の前でお作りしています。お客様には「そこから作るの(笑)?」と驚かれるのですが、とても喜んでくださいます。本日お作りするオレキエッテは、耳たぶのような形をしていることから、イタリア語で「小さな耳(=Orecchio)」を意味するモチモチとした食感が特徴のショートパスタで、修行していたプーリア州などでよく食べられるのですが、現地ではお母さんたちが家の前で机を出して、おしゃべりしながらすごい速さで作るんです(笑)。僕もそれに倣って、その場で作りたてを召し上がっていただくようにしています。
ーーーカウンタースタイルを取り入れたのには何かご自身の体験やきっかけがあったのですか?
修行先のイタリアで、最初に住んだ家のオーナーがとてもよくしてくれたのが、感謝と共に思い出に残っているんです。僕と年齢の近い方だったのですが、毎週日曜日になると彼の彼女さんの家族とランチをする場に、知り合いが一人もいなかった僕を呼んでくれたんです。「今週は都合が悪いから僕の代わりに行ってきて」なんて言って、僕だけ行くこともあって(笑)。みんなが家族と過ごすクリスマスの日には、シェフが「うちにおいで」と言ってくれて一緒に過ごしたこともありました。イタリアでの経験は、料理もワインももちろんおいしいけれど、それ以上に、会話があって、みんなで大きなテーブルを囲むあの時間が僕の中では特別だったんですよね。だから、当店を作る際も、人の温かみを感じられる距離感の店にしたいと思ったんです。大きなテーブルで過ごす、家族や友人との「幸せな時間」みたいなものをお客様にも感じてほしいと思っています。自然と会話が弾み、隣のお客様同士で笑いあったり、そんな空気感を作りたかったんです。
ーーーコースの内容について教えていただけますか。
最初にお出しするのは、カンパーニャの郷土料理「パーネ・ブッロ・エ・アリーチ」です。バターとアンチョビをパンに乗せる素朴でシンプルな料理なのですが、最初に働いた南イタリア・サレルノの街を思い出す、僕にとって「名刺代わり」のような料理です。 当店の料理は、南イタリアの郷土料理をベースにしています。ナポリ近くの街「サレルノ」とプーリア州の「モノポリ」という街で修業していたのですが、どちらも素朴で飾らない料理が多いんです。南イタリアの料理を軸に、日本の食材を使用しながら、必要に応じて和食やフレンチの技法も加えて掛け合わせて溶け込ませるのが僕のスタイルです。また、コペンハーゲンやバンコクで経験したイノベーティブな考え方も、ちょっとした遊び心の要素として取り入れながらコースを組み立てています。
ーーー南イタリアの郷土料理の特徴について教えていただけますか?
イタリア北部では、生クリームやバター、チーズをたっぷり使った料理が多いのですが、南に行くと気候や文化、経済的な背景もあって、どちらかというと質素で生活に根ざした料理が多くなります。漁師や農民が多いので、手に入った食材を無駄なく使う知恵がレシピになっています。例えば、余ったパンを翌日にスープやパスタに入れたり、豚は内臓まで煮込みに使ったり。南イタリアの料理は身近な食材を工夫しているものが多く、シンプルでありながら非常に理にかなっているんです。僕もその実用的な部分に感銘を受けて、料理に活かすようにしています。
ーーー実際に、ご自身の料理にどのように活かしているのでしょうか。
東京は土地柄、地の食材が豊富にあるわけではないのですが、全国から良い食材が集まる場所です。野菜や魚・肉も、信頼する生産者さんから「今はこれがいいよ」と提案していただいた食材を信頼して、食材をベースに料理を組み立てています。地元の食材を無駄なく使い、食材の魅力を最大限に引き出す南イタリアの、「今あるものを、どうおいしくするか」という考え方に似ている部分があると思います。ですが、イタリアで学んだ料理をそのまま日本で再現しても、うまくいかないことがほとんどなんですよ。ブロードひとつとっても、イタリアの鶏は味が濃くて野菜も力強い。一方、日本の食材は繊細で上品な味わい。同じように作るとどこか物足りなくなってしまいます。そこで、昆布出汁を少し加えたり、日本の食材に合わせることで料理の完成度を高めています。イタリア料理を、今手に入る日本の食材や調理法で再構成しているイメージです。
例えば、ローマの郷土料理「ストラッチャテッラ」は、鶏のブロードに卵とパルミジャーノを合わせるスープなのですが、僕はスッポンで作っているんです。イタリア人のお客様にお出しすると、「イタリアの郷土料理だね!」と言われることがあるのですが、一口食べて「あれ?」という顔をされます。スッポンはイタリア料理では使わない食材なので、召し上がった後にネタばらしをすると、驚きながらもすごく喜んでもらえます。イタリア人から見ても「ここでしか食べられないイタリア料理」になっていれば嬉しいですね。
ーーー「日本ならでは」の考え方を大事にされているのですね。
例えば、トマトは東京・清瀬で「サンマルツァーノ」というイタリア品種のトマト栽培をしている農家さん「横山園芸」にお願いしています。コロナ禍のときに、何か新しいことをやりたいと生産者さんを探していた時に出逢いました。日本の甘味が強いトマトと異なり、「サンマルツァーノ」は甘味が少なく加熱向きで、イタリアンに適した品種です。とはいえ、品種の違いやイタリアと日本の土壌の違いから栽培はなかなか難しく、「もう作りたくないです」と生産者さんに言われてしまったこともあるのですが、どうしても使いたかったので、「僕が全部買いますから」とお願いして今も栽培を続けてもらっています(笑)。
ーーー作っていただいたトマトは、どのように使っているのですか?
毎年夏に収穫したら、生産者さんや仲間の料理人たちと一緒に、当店で一年分のトマトソースを仕込みます。イタリアでも夏にトマトソースを家族や親戚みんなで仕込む文化があって、それをそのまま日本で再現している感覚です。去年は120kgものトマトを仕込んだのですが、あっという間になくなりました。当店では、シンプルなトマトソースのパスタに使っていて、食べたお客様は「こんなに美味しいの?」と驚かれる方が多いです。もちろんイタリアとは気候も土も違うので、全く同じ味にはならないのですが、それでも僕は酸味のある味わいがすごく好きで、当店の料理にも合っていると思っています。その年毎の違いも含めて、まるでワインづくりみたいに楽しんでいますよ。
ーーーイタリア現地の気分も味わえて楽しそうですね!他の食材はいかがですか。
例えば、本日のパスタで使った「チーマ・ディ・ラーパ」という南イタリアの菜花は、どうしても日本では代えが効かない野菜なので輸入しています。アンチョビも、イタリアの小さな港町・チェターラの職人さんに塩分控えめで作ってもらっているんです。当店の料理にしっくりくるように、何度もやり取りを重ねてお願いしています。
逆に、モッツァレラチーズはあえて国産を使用しています。日本で数少ない水牛モッツァレラチーズ職人である竹島英俊氏が千葉・木更津にいるんです。僕はイタリアの修業時代、地元で食べたモッツァレラチーズのおいしさに衝撃を受けたのですが、フレッシュチーズは空輸だと、どうしても味や食感など品質が落ちてしまう。お豆腐と同じで、作りたてが一番おいしいんですよ。実は竹島さんもカンパーニャで修業された方で、意気投合して、初めて食べさせてもらったときは「これだ!」と思いましたね。すぐに当店でも使用したい旨をお伝えして、当店での提供が叶っています。味わいもさることながら、距離が近いからこそ「できたて」をそのまま届けてもらえる魅力は大きいです。まさに、日本だからこそできるイタリア料理です。
ーーー生産者さんとの信頼も大切にされているのですね。
僕にとっては生産者さんは「職人」です。料理は食材があってこそ成り立つし、その向こうには必ず生産者さんがいます。生産者さんのおかげで僕は料理が作れるし店を続けられる。だから、生産者さんと一緒に【merachi】を作っている感覚です。みんなで作ったものだからこそ、お客様にもきちんと届けたいなと思っています。
ーーー店名にも特別な想いが込められていると伺いました。
【merachi(メラキ)】という店名は、「職人が心をこめて作る」という意味のギリシャ語に由来します。イタリア現地のシェフたちが、当時よくこの言葉を使っていたんです。料理だけでなく、何かを作るときには「merachi!」みたいな感じで。手を動かすだけでなく「気持ちを込めて作る」、そういう言葉なんです。僕は料理だけでなく空間や器など、料理に関わる全てに「merachi」があると思っていて、だからこそ当店を作るときには自然と店名に【merachi】という言葉が浮かびました。当店は本当に色々な方に支えられているので、職人の「merachi」が集まった場所という意味を込めたかったんです。
先ほど設計のことはお伝えしましたが、他にもカトラリーは新潟の食器屋さん「大橋洋食器」にお願いしています。シンプルで無駄がないうえにすごく使いやすく、口当たりや重さ・パスタを巻く時の感覚も完璧で、色は他にはない特注です。お箸は「マルナオ」という新潟の箸職人さんが作ってくれたものです。宮大工の技術を使って、硬い木材を八角形に細く仕上げるのには技術がいるそうです。お皿はイタリアの友人が店名を入れて贈ってくれたものなど…数えたらキリがないくらい、多くの人が当店に関わってくれているんです。
ーーー杉本様の想いがお店の雰囲気にも表れている気がします。お客様にはどんな時間を過ごしてほしいと思われますか。
「ここに来ると何かいいことがありそう」とか、「また誰かに会えるかも」と思ってふらっと立ち寄れる、そんな場所になればいいなと思っています。イタリアの休日の楽しみ方というのはすごく面白いんですよ。僕も当時は休日になると「チェントロ・ストーリコ」という街のメインストリートに必ず行っていました。小さな街なので何往復かしていると、必ず誰か知り合いに会うんです。そこで「久しぶり!」と声をかけて、コーヒーを飲みながら「今日は何をする?」とその日の過ごし方が決まっていく。みんな何も決めずに出かけて偶然出会った誰かと一緒に時間を過ごしていましたが、すごく心地よかったんです。当店も隣のお客様と自然に会話が生まれて、その場の空気が良くなって、さらに料理が美味しく感じられる。そんな店にしていきたいと思っています。
以前、中東のお客様が来店された日があったのですが、お隣の席には最近プロポーズをしたカップルがいらっしゃり、食事しながら改めて「結婚してください」という言葉が交わされたんです。店内は一気にお祝いムードで、「一緒に乾杯しよう!」とみんなで喜び、とても盛り上がりました。お客様同士が繋がり、共に喜びを分かち合う瞬間が生まれるのも、店の空気感や雰囲気のおかげかなと思います。当店で温かい瞬間が自然にたくさん生まれたら嬉しいですね。
ーーー今後の展望や挑戦したいことはありますか。
もっと自由に料理を作りたいです。最近は中華料理の方と関わることが増えて、その技術を学んで料理の幅を広げたいと思っています。南イタリアの考え方を大切にしながら固執はせずに、枠を超えて進化させていきたいです。
また、今後は【merachi】のカウンター席の枠を超えて、南イタリアの空気感や料理・文化の魅力を広く伝えていきたいという想いがあります。現在はサウジアラビアのレストラン立ち上げに参加し、パスタの監修を担当することになっています。さらに、店で使っている食材なども、お客様や他の方にまで届くような形にできたらと考えています。イタリア料理の食事や文化の魅力は気取らない素朴さです。様々な形でその良さを伝えられたら嬉しいです。
ーーー最後に、杉本シェフにとって「おいしい」とは?
「おいしい」とは料理の味だけではなく、食事を共にする人たちやその場の空気、その全てが一体となって作り出される体験だと思っています。生産者さんが届けてくれる100点の食材の魅力を最大限に引き出すために、必要な手間を加えて、お客様が「楽しかった/また来たい」と思える瞬間を作り出すことが、僕の役割であり僕にとっての本当の「おいしい」です。
今夜もファザードランプの灯りがともると、カウンターには食事を楽しむゲストの笑顔が目に浮かぶ。イタリア各地の郷土料理をベースに、杉本氏の豊かな経験と感性・多くの職人の真心と情熱を重ね合わせた「日本だからこそできるイタリア料理」の数々。それは、訪れた誰かにとっての郷土料理になるかもしれない。思わず「ただいま」と言いたくなるような温かさが【merachi】には溢れている。
取材・文/荒川 ゆうこ
撮影/眞田 厚司
This sophisticated Italian restaurant is tucked away in a residential area of Nishi-Azabu. The chef's unique twist on regional Italian cuisine is the result of his experience in Milan, Copenhagen, and other cities. The live kitchen, which can be viewed from the counter, and a wide selection of wines enhance the deliciousness of the dishes. Please enjoy a special moment with our comfortable service.