ーーー【SOMBREUIL TOKYO】には立ち上げから関わられたと拝見しました。
当店は、1階と2階で同時にレストランとウエディングを並行してできるように設計し、調理場も広くしています。厨房だけでなくサービスの動線も全て、「お客様に料理を届けるための舞台」として整えている。それが【SOMBREUIL TOKYO】という空間の特徴ですね。当店の立ち上げは、「レストランの在り方そのものを自分たちで創ること」がテーマでした。今の時代、東京で庭付きの一軒家レストランは探してもなかなかないと思います。ほとんどが商業施設の中に入っていて、いわゆる「テナント」での営業が主流ですからね。料理は空間も含めた「体験」だと思っています。エントランスを抜けて席に着くまでの流れもそうですし、料理を楽しみながら窓の外に庭が見えるというのも全て、「レストランで過ごす時間」だと思っています。
この店は、料理だけでなく空間の設計から関わらせてもらいました。もともと麹町の一軒家レストラン【エメ・ヴィベール】に10年いたのですが、空間づくりまでこだわっていた店でした。その経験があったから、当時の仲間と一緒に土地探しから始めて、どんな体験ができる店にしたいか、料理はもちろんお客様の導線やサービス、店の空気感に至るまで、、元は駐車場だったこの場所でゼロから考えて、【SOMBREUIL TOKYO】を建てました。堅苦しくはないけれど、来た瞬間から「今日はフランス料理を食べに来た」という特別感を、空間全体で味わってもらえたらと思っています。
ーーー料理にはどんなこだわりがありますか。
一番は料理名と調理法が合っていることでしょうか。メニュー名に「ロースト」と記載するなら、きちんとオーブンでローストする。ポワレなら、きちんとフライパンで焼く。そうでなければダメだと思っています。洒落たメニュー名に名前だけ借りて、実際はまったく違うことをしているケースもあるけれど、それは違うと思っています。フランス料理には文脈があります。だからそこは崩してはいけない。僕も現代的な新しいアプローチは取り入れますけれど、根っこの部分の型は絶対に外さないようにしています。型があるから、そこに何を足すか、どう変化させるかに意味が出てくる。ベースがぐらついていたら、どんなに新しくても、それは自己流に過ぎず、フランス料理ではないものになってしまいますから。
ーーー若月シェフがクラシックなスタイルを大切にしているのはなぜですか。
料理人として育ってきた環境がずっとそうだったのです。日本でもフランスでも、「グランメゾン」と言われるような店ばかりで働いてきました。ワンオペではなくチームで何人もの手をかけて、一皿の料理を作り上げるスタイルの店です。あるスタッフはソースを仕込み、別のスタッフは付け合わせを作って、また別のスタッフがメインを焼く。何人もの技術が重なって、お客様の一皿が完成する。これは一見非効率に見えるかもしれないけれど、僕にとっては「これこそがフランス料理だ」と思える方法です。今は効率化を求める場面も多くなっていますし、「小さく始められる料理」が評価される時代です。そのスタイルで素晴らしい料理を出すシェフもたくさんいます。でも、だからこそ僕は「手間をかける料理」を作り続けたい。
たとえば、フランスの地方都市に旅をして、静かな庭のある一軒家レストランに行き、何人ものスタッフがクラシックなサービスで迎えてくれて、丁寧に仕上げられた料理が出てくる。そうした時間というのは、記憶に残るじゃないですか。東京でもそんな体験ができる店を創りたかった。それが当店で僕がしていることです。
ーーー食材選びから一皿を完成させるまで、料理はどのように組み立てているのですか。
色々な考え方があると思いますが、僕の場合は「何をどう使うか」だけでなく、「なぜそれを使うのか」を大事にしています。僕はクラシックなフランス料理の中で大切にしたいものがいくつかあって、その一つがフォワグラです。フォワグラがないフランス料理は、僕の中ではありえない。料理としてどう仕上げていくかを突き詰めてきました。
ーーー実際には、どのような組み立てを?
僕の中でフォアグラは「鴨料理」なんです。肝臓だけを切り取って食材として考えるのではなくて、一つの命として向き合いたいと思っています。だから、構成する全ての素材にちゃんと理由を持たせるようにしています。たとえば、付け合わせにトウモロコシを選んでいるのは、鴨がトウモロコシを食べて育つからです。僕は、トウモロコシならお祭りの焼きトウモロコシが一番おいしいと思っているので、焦がして香ばしさをプラスして添えています。火の入れ方や香りも全て「その鴨の育ち方」と繋がっていくようにしていて、使う油もオリーブオイルやバターではなく鴨の脂です。やはり鴨には鴨の脂が一番合います。余計なものを足さずに、その命の中で完結させるようなイメージですね。他にも、ソースのベースにはポルト酒を使用するなど、「味がまとまる」というのもあるけれど、皿の中での繋がりを大事にしたいんです。そうした「物語のある皿」を出すと、お客様に料理の全ての説明を直接できなくても、なぜか「調和している」と感じてもらえます。食材がどう育ち、どう活かされるかまで考えたうえで、皿の上に乗せたいですね。
ーーー料理は、どのようなチームで仕上げているのですか?
現在のメンバーは20代が中心です。僕は50代で、シェフパティシエは30代後半ですが、それ以外のほとんどのメンバーは若手スタッフです。なかには、新卒で入ってゼロから料理人として頑張っている子もいます。僕はどのスタッフにも、「これはまだ早い/これはやらせない」とは言いません。魚のおろし方・火入れ・仕込み・盛り付けまで、最初から触らせるようにしています。間違いがあっても、その場で直せばいいんです。そうした経験を積むことで、料理人として育つのだと思っています。僕自身もそうやって育ってきましたから。若い子たちは吸収が早いですよ、こちらがきちんと伝えれば驚くくらいに成長します。経験がないからこそできることもありますよね。もちろん大変なこともあります。今の若い世代は、僕らの時代よりもずっと多くの情報に触れていて迷いやすい。でも、だからこそ「これはこうだから、こうやるんだ」と一つずつ整理して教えることが僕の役目だと思っています。
ーーーチームの最前線に立ち続けながら同時に若手の育成にも力を注がれているのですね。
僕は「口だけの人間」にはなりたくなくて。営業中はずっと彼らの前に立って料理をしていますし、誰よりも真剣に火入れをする姿勢でいます。その姿を見せることが信頼に繋がると思っているんです。料理とはチームで作るものなので、僕が動かなくなったら全体の空気が緩んでしまうと思っています。だからこそ、まずは自分が動く。それがリーダーの役目だと思っています。
ーーー料理長自らが現場に立ち続けるのは大変ではありませんか?
楽しいですよ!僕はやっぱり料理が好きなんです。夢中になって料理を仕上げて「よし」と思える瞬間があると、すごく嬉しい。料理長は、ただ指示を出すだけじゃないと思っています。現場にいるからこそ、スタッフの表情や空気の変化にも気付けるし、何を教えるべきか分かるのだと思います。料理人である以上、現場にいない理由がないのです。だから、僕はこれからもずっと現場に立ち続けると思います。
ーーー料理の道に進んだ原点はどこにあるのでしょう。
子どもの頃にたまたまテレビで「世界の料理ショー」という料理番組を見て、面白そうだなと思ったのが最初のきっかけでした。外国のシェフがスタジオで料理を作って、観客の中から一人を選んで一緒に食べるという演出があって。すごく楽しそうで、かっこよくて。「西洋料理ってなんかいいな」と惹かれました。小学生が真剣に見るような番組ではなかったと思いますが、僕はそこからずっと料理がしたいと思っていました。
ーーー国内での修行を重ねたのち、フランスに渡られたそうですね。
僕は「25歳になったら絶対にフランスに行く!」と勝手に心に決めていました。根拠はなかったけれど勢いで(笑)。フランスにいた先輩を頼り、渡仏してフランスでの生活をスタートさせました。修行は厳しかったです。特に三ツ星の店に入ったときは毎日が戦いでした。ミスが一つでもあれば、全体の流れが止まってしまうような緊張感ある世界です。ですがその分、料理に向き合う姿勢や集中力は徹底的に鍛えられました。それに、向こうで出逢った日本人の料理人たちも、フランスまで来ているだけあってハングリー精神旺盛で真面目で、僕は彼らに絶対に負けたくないと思っていました。あの時期は、自分を奮い立たせながら前に進んでいた気がします。
ーーー本場フランスでの厳しい修行を終えて、帰国後はどのように活動されていましたか。
日本に帰ってきたときはお金も仕事も何もない状態でしたので、まずはリゾートホテルで働いて資金を貯めて、体制を立て直すところからのスタートでした。そんなとき、尊敬する先輩から「宴会場の料理も経験しておいた方がいい」と言われて。僕はそれまでフランスのコース料理しか携わってこなかったので、正直最初はかなり抵抗がありました。ですが、「必ずプラスになるから」との先輩からの強いアドバイスを聞いて、思い切って飛び込んでみたら確かに得るものが多かった。
大量調理の現場は、「仕込みの精度」や「流れを読む力」が何より求められます。何十人分の料理を時間どおりに一気に出すというのは、実はすごく技術が必要なんです。その経験があったからこそ、当店でレストランとウエディングの営業を並行してまわせるような体制を築けたと思っています。
ーーーコースは「おまかせ」ではなくプリフィクスにこだわられていますね?
フランス料理の醍醐味とは、「選べること」にあると思っているんです。コース全体を一つの物語のように組み立てるのも素晴らしいけれど、当店ではあえてプリフィクスにして、「今日は魚の気分かな、メインは羊もいいけど、やっぱり鴨にしようかな」とメニューを見ながら迷う時間も楽しいじゃないですか。「本日のコースはこちらです」と一方的にお出しするのも一つのスタイルですが、それだとお客様の「その日の気分」を反映する余地がないですよね。レストランでの食事とは、ただ与えられるものではなく「自分で選ぶこと」にも体験価値があるのですから。
ーーー選べる楽しさも醍醐味の一つですよね。
楽しいのはお客様だけではありませんよ。プリフィクスだと、厨房も常に状況を見ながら臨機応変に対応を考える必要があります。「こっちの火入れを先に進めよう/ソースは倍量仕込もう」など、リアルタイムで動きながら判断しています。もちろん大変にはなるけれど、料理人にとってもすごく面白いんです。おまかせスタイルだと、決められた流れをなぞるだけになりがちですが、プリフィクスだと常に予測と判断が求められます。当店の若いスタッフたちの成長が早い理由の一つはここにあります。今は何をすべきか、次にどう動くべきかを自分で考えるようになるので、個々の視野も広がり、現場としてもすごく良い刺激になっています。
ーーー「選べること」がお客様と料理人、どちらにとっても刺激や価値になっているのですね。
そう思います。だから、当店ではメニューもできるだけ幅を持たせるようにしています。魚料理は白身魚と赤身魚、肉料理は鴨や羊など肉の種類や「足の数」まで意識してバリエーションを出し、季節の野菜の色合いも含めて、全体でバランスが取れるようにしています。準備はもちろん大変ですよ。でも、それがフランス料理の「奥行き」ですから。フランス料理の軸を大事にしながら、今この瞬間のお客様の「食べたい」に応える。それが当店で僕がやるべきことだと思っています。
ーーー最後に、若月シェフにとって「おいしい」とは?
「おいしい」とは、自分が納得できる料理ですね。フランス料理には、調理技法の名前一つ一つに意味があります。だからこそ、その意味を守って料理を組み立てたいし、そうした積み重ねが「料理の説得力」に繋がると思っています。僕が「やるべきことを正しくやる」という姿勢を大切にしているのは、そういう想いからです。当店の料理は派手ではないかもしれない。でも、食べた方に「きちんとしてるな」と感じてもらえるような、「静かな説得力」のある一皿を目指しています。そして、手間のかかることも自分たちの手で一つずつやる。その積み重ねが、「ここでしか味わえない料理」を生むと信じています。
クラシックフランス料理を基盤に、「選ぶ楽しさ」と「確かな技術」が共存する【SOMBREUIL TOKYO】の料理は、味わいだけでなく、フランス料理の本来あるべき楽しみ方や本質までも投影している。一皿ごとに小さな物語があり、それらが流れるように繋がっていく。その構成自体が、一軒家という舞台で上演される「脚本」のようにも感じられた。若月氏は、料理を「味」だけでなく「時間の体験」として届けてくれる人なのだろう。この空間で味わうからこそ生まれる、そんなフレンチがここにはある。
取材・文/荒川 ゆうこ
撮影/眞田 厚司
Located in Iidabashi, Chiyoda-ku, this is a restaurant where you can enjoy true orthodox French cuisine. The executive chef is Toshinori Wakatsuki, who trained at "Tour d'Argent" in his home country and then worked at "L'Aussières" in Ginza. His sincere attitude that adheres to an orthodox style attracts many food connoisseurs to the restaurant.