ーーー料理人を志したきっかけを教えていただけますか?
高校を卒業してからは特に目標もなく、色々な会社を転々としていました。そんな時期に、たまたま某飲食チェーン店で食べた「渡り蟹のトマトスパゲッティー」があまりにもおいしくて、それがきっかけなんですよ(笑)。当時の僕はその味に感動して、「世の中にはこんなにおいしいものがあるんだ」と衝撃を受けました。ちょうど人生の先行きに悩んでいた頃でもあったので、運命を感じて「料理の道へ進もう」と決心したんです。
僕は北海道出身なのですが、せっかく料理人を目指すのなら道内で一番おいしいお店で働きたいと思いました。食べ歩きをする中で出逢ったのが当時、千歳にあったイタリアンです。当時の千歳は本当に田舎でしたが、1万8000円という高級コース料理を提供していた革新的なお店で、料理が抜群においしくて、再び衝撃を受けたんです。僕はどうしてもそのお店で働きたくて、食べた次の日に電話して、修行させてもらえるよう頼み込みましたね。実際に食べて感動したことをシェフに伝えると、受け入れていただけました。
ーーーすごい行動力です。その店舗で料理人としての人生が始まったわけですね!
ただ当時の僕は本当にやんちゃで生意気だったので、今でも「よくクビにならなかったな」と思いますね(笑)。スタッフとも度々喧嘩をしましたし、シェフから「絶対に触るな」と言われた魚も勝手に捌いたりして、めちゃくちゃですよね(笑)。それでも厄介払いすることなく、根気強く面倒をみていただきました。シェフと出逢っていなければ、僕の今の人生はなかったといえるくらい、料理人としての土台を作っていただいたことに今でも本当に感謝しています。その店舗では4年ほどお世話になり、シェフが東京に進出するタイミングで退店することにしました。
その後、他のお店でも勉強しようと色々回ってみたのですが、なかなかしっくりこない中、ちょうど知人からヴェネツィアのお店を紹介してもらったことをきっかけに、思いきってイタリアへ渡ることにしたんです。
ーーーイタリアに渡ってからはいかがでしたか?
最初に紹介してもらったヴェネツィアのお店は、自分が当時求めていたクオリティとの差異を感じて、すぐに辞めてしまいました。外国に行って特に感じたのは、日本人の繊細で丁寧な仕事ぶりですね。クリエイティブという発想では長けていても、スタッフの仕事ぶりの違いがどうしても目についてしまって…。やはりイタリアでも「最高峰といわれている店で働きたい」と思い、世界一のレストランと名高い某レストランの門を叩きました。その店は三ツ星レストランでもあり、実際に食べるとやはりレベルが違うおいしさなので、どうしても働きたいと思ったんです。北海道のときと同じ流れですね(笑)。当時、そのレストランはホールスタッフを含めて40名くらいのチームで回していたのですが、最初は雑用もホール仕事も全て込みのスタッフという条件で入れていただきました。そこからスタートして、少しずつ調理の仕事を与えてもらえるようになります。
ーーー世界一のレストランでの経験について印象に残っていることはありますか。
やりがいがあり本当に楽しかったですね。世界一のチームですし、三ツ星を取ったということは来期も同じクオリティーを保たなければなりません。自分一人のミスでレストランの星を落とすわけにはいかないので、毎日が真剣勝負でした。また自分がどのくらい通用するかを確かめにきている料理人が集まっているため、遊び感覚や惰性で仕事をしている人が一人もいません。小さなミスでも「明日から来なくていい」と言われてしまう世界ですからね。そんな緊張感のある中で、誰もがもっと成長したい、もっと色々なセクションの仕事がしたい、と貪欲に切磋琢磨している環境で働かせてもらったことは、本当に貴重な経験でした。こちらには3年間在籍させてもらいましたが、料理人としての感覚が研ぎ澄まされた実感があります。
ーーー厳しくもやりがいを感じる日々の中で得たものはありましたか。
レシピでは追いかけられない一皿をどうやって生み出すか、というマインドだと思います。いくら高級店のレシピが頭に入っていたとしても、それは食材の状態や水の硬度、食べる際の湿度や気温の違いによって、何の意味も持たなくなってきます。大事なことは、今目の前の食材と真剣に向き合い、よく観察することなんです。
例えば魚一つとっても、雄なのか雌なのか、筋肉質なのかそうでないのか、昨日何を食べていつ獲れた魚なのかによって、ベストな調理方法は変わってきます。同じレシピで画一的に作ったところでハマる訳がないんですよ。新たに世の中に打ち出す「金字塔」のような、今までにない一皿を生み出すためには、日々食材と向き合い、ストーリーを組み立てて本気で取り組む姿勢が必要です。このマインドは、今でも僕の料理のアイデンティティとして大事にしていますし、イタリアで学んだ一番大きな成果だと思っています。
ーーー帰国されてから【emer】を開業されるまでの経緯を教えてください。
世界一のレストランで修行を積み、意気揚々と帰国したのですが…ちょうどその年に東日本大震災が起こり、新しく店舗を開業する状況ではなくなってしまいました。東京も安全に暮らすことすら危ぶまれる状態だったため、一旦故郷である北海道に戻ることにしたんです。
ただ北海道はまだまだ田舎でしたし、当時の日本の混乱を考えても、自分が打ち出したいコンセプトで開業するタイミングではないと感じました。また、イタリアの最先端で学んだ技術をそのまま提供しても、一般的には受け入れられないのではないかという思いもあり、様々なジャンルのお店に入って研究を始めましたね。日本ではどういった料理を出しているのか、お客様はどのような料理を求めているのかという、いわゆる「市場調査」をしながら、まずは現状を把握し、その感覚を掴んでから自分の店を開業することにしました。
ーーー最初は北海道で開業されたのですよね。
まずは「イタリアの文化を根付かせたい」という想いがあり、札幌でイタリアの郷土料理を出す店から始めました。しかし、「カルパッチョ」や「カプレーゼ」のような、日本人に馴染みのある定番のイタリアンが食べたいお客様が多く、あまりうまくはいきませんでしたね。ただそういった中でもコアなお客様が付き始め、最初は肉料理一本で勝負していたところをコース料理に変更したんですよ。そうすると東京からのお客様で席が埋まるようになり、一気に大繁盛するようになりました。
それ以降は店を一旦やめて、また誰かの下で働いたり、新しいことに挑戦して賞をいただいたり、またやめて今度は赤坂で店を出したり…と目まぐるしい毎日を送っていました。あるとき、懇意にしていた知人が物件の情報を持ってきてくれて、「ここで自分の店を持ちなよ」と強く勧めていただいたんです。突然のことで悩みましたが、自分の思い通りの店ができることに魅力を感じ、東京・西麻布に当店を開業するに至りました。
ーーー「イノベーティブ」というジャンルについてどう捉えられていますか?
僕は特にジャンルを意識せず、自分のやりたい料理をただ毎日提供しているだけなんです。すると周りから自然に「イノベーティブ」とラベル付けされたような感覚ですね。
ただ、「イノベーティブ」は「革新的」という意味があると思うのですが、そういった料理を意図して作ろうと思った時点で、「イノベーティブ」ではなくなってしまうと思います。僕にとって料理は、溢れ出るアイディアや独自性をどうやって一皿に表現するか、仕入れた素材をどう活かして自分らしく調理するか、この想いに尽きています。料理人としての人生すべてを出し切る覚悟で日々食材と向き合い、毎日新しい料理を生み出している。逆にそうしないと、根が飽き性なのですぐ飽きてしまうんですよね。【emer】という店名も「エマージェンシー:緊急事態」という単語から着想しました。僕自身が飽きてしまったら、いつ辞めるかわからないなという想いで(笑)。そんな成り行きでジャンルを意識したことはないのですが、世間一般でいう「イノベーティブ」は僕がやりたい料理を凝縮させるにはもってこいのジャンルなのではないかと思いますね。
ーーー食材はどのように調達しているのですか?
食材の仕入れ先も料理と一緒で、常に更新しています。自ら全国各地に足を運んで、素晴らしい農家さんに出逢ったらお話を聞かせてもらい、意見が合えばもう信頼してお任せで送ってもらっているんですよ。また地域によって土壌にも特徴があるので、僕は常に仮説を立てて食材を探しにいくことが好きでよくやっています。
例えば、山梨県は富士山の麓なので土は石灰石です。石灰石だと水はけが良すぎて下の方に水が溜まるから、野菜を育てると根がかなり伸びるはずだ、と。するとより自然に近い、野草の香りがする野菜が獲れるんじゃないかと当たりをつけて、確認しにいったりするんです。予想が的中すると嬉しいですし、どう調理しようかとワクワクしますよ。料理人として、調理する食材を責任を持って探しにいく過程もまた楽しいですね。
ーーー調理のこだわりについてもぜひ聞かせてください。
食材の仕入れにも通ずるところがありますが、素材を限定しないことですね。野菜だけでなく魚や肉もその日獲れた良いものをお任せで仕入れているため、目の前の食材とストックをどう組み合わせて調理するかを日々研究しています。素材一つとっても、発酵させたり塩蔵させたり、保存方法はたくさんありますよね。冷蔵庫もあれば熟成庫もあるし、単純に仕入れた素材を焼いたり煮たりするだけの料理なら、僕が調理する意味がないと思っているんですよ。
昔は冷蔵庫がなかったため、豚肉を長く食べられるよう工夫して「生ハム」が生まれました。そうした昔ながらの知恵と現代をクロスさせ、最先端の器材と衛生環境でいかに冷蔵庫を使わずに調理するか。また熟成や発酵も時間によって状態が変わるので、その時間軸をどう組み合わせて黄金比に持っていくか。そんなありとあらゆることを考慮して、最新の料理に更新していくことこそ、僕が料理をする意味になります。誰かの真似をする必要はないし、出来上がった皿に「自分」がいかに乗っているかが大事だと思っています。世間的な「おいしい」に囚われることなく、自分だからこそ生み出せる料理を今後も追及していきたいですね。
ーーー今後の展望や挑戦したいことはありますか?
元々、当店は2年で辞めようと思って始めたんですよ。なので、この先の展望については色々と考えているところです。今はスタッフを雇わずワンオペで回しているため、お皿を運ぶ際に指紋が付かないよう質感のある食器しか使っていません。真っ白なお皿を使いたくなったら自分一人では難しいですし、さらに東京で星を取るような店を目指すのならチームを作らなければならない。そうなると自分はプレイヤーを卒業してチームビルドに尽力した方が良いとも思いますし、はたまた田舎の土地を買ってオーベルジュをするのもいいなと思ったり。考え過ぎて決めかねている状態です(笑)。僕は今41歳ですが、体力的にも精神的にも45歳がピークだと考えているため、そのピーク時にどこにいて何をしていたいかを逆算して行動したいですね。
僕は本当に料理が好きで、料理さえやっていれば多分幸せなんですよ。飽き性の自分が20年以上続けていることは料理しかないし、まさに天職だと思っています。だからこの先どんな形態でも、料理に没頭できる時間や夢中になれる時間さえあれば、自分は充分幸せだろうなと思いますね。
ーーー最後に、佐藤様にとっての「おいしい」とは?
色々な「おいしい」があって良いですし、人それぞれの「おいしい」があって当然だと思います。僕だって最先端の料理を作っていると言われますが、仕事終わりに居酒屋で食べる揚げたての鰺フライも「おいしい!」と思いますよ(笑)。今はもうおいしくないものを探す方が難しいくらい、世の中はおいしいもので溢れているんじゃないでしょうか。そんな中で「おいしいとは?」を考えるのは非常に難しいですが、一般的には自分の経験則から少し更新した味が「おいしい」になると思うんです。あまりに突き抜けていると、理解できずに「おいしい」とは思えない。少しずつ「おいしい」の情報を更新して、人それぞれの「おいしい」基準が積みあがっていくものだと思います。
ただ先程もお伝えした通り、僕は料理が本当に好きで、一日21時間くらいは料理のことを考えています。そのため、一般的な「おいしい」とはかけ離れた感覚になっているんですよ。そんな僕にとっての「おいしい」は、料理人のエゴが通用してしまうような圧倒的な理不尽を感じる一皿であったり、この人が作った料理なら抗えないと感じる価値観だったり…少し違う世界の話になってしまうかもしれません。僕もそんな「おいしい」を目指していますし、料理も突き詰めていくと「おいしい」を超えて「芸術」の域に入っていくと思いますね。あまり理解はされにくいですけど(笑)。今は情報が溢れているため、分かりやすい指標も必要だと思います。ただその枠からはみ出した「料理の真髄」みたいなものも、別の分野として評価される時代になればいいなという希望もあります。
カウンター6席の店内とは思えないほど広々とした空間に、洗練された器やカトラリーが並ぶ【emer】。佐藤氏は料理以外にこだわりはなく、内装も食器類もすべてコンセプトのみ伝えてお任せで発注したと言う。「料理以外のことをなるべく考えなくていいようにしている」と語る佐藤氏は、次々と斬新な料理を生み出しているが、これでもかなり自分のやりたいことを抑えているとか。「あんまり突き抜けた料理を出すと、お客様がびっくりするから」と笑顔で話し、その差異を合わせることもゲーム感覚で楽しんでいるという佐藤氏が目指す理想の未来には、まだまだ続きがありそうだ。いつか佐藤氏の想いが全開に溢れた料理が並ぶ唯一無二の世界を味わってみたい。
取材・文/いしげ まやこ
撮影/中岡 あずさ
Recently opened in Nishiazabu, emer is a restaurant where you can enjoy innovative dishes that transcend genres. While showcasing the evolution of Japanese cuisine, it surprises visitors with high-resolution, unique dishes reminiscent of local and international flavors. Each dish crafted by Chef Sato offers deep flavors and a series of delightful surprises, providing truly one-of-a-kind culinary experiences. A highlight is the opportunity to savor rice accompanied by exceptionally well-crafted side dishes towards the end of the meal.