AutoReserveAutoReserve
【とり卓忠】高橋卓也氏が忠を尽くし、卓を彩るこだわりの焼鳥
2026/4/28

【とり卓忠】高橋卓也氏が忠を尽くし、卓を彩るこだわりの焼鳥

看護師から焼鳥職人へ。看護師として働きながら抱き続けていた「いつか自分の店を持ちたい」という想いを実現し、「人の世話をする仕事」から「人をもてなす仕事」へと転身した高橋卓也氏。論理や根拠が重視される医療の現場とは異なり、感覚や経験がものをいう料理の世界。その厳しさに直面しながらも、自らの感性を研ぎ澄まし、独自の焼鳥コースを築き上げてきた。料理人・高橋卓也氏の挑戦の軌跡をたどる。

「いつか」は「今」―料理人への転向

ーーー料理人を志したきっかけは?

実家は自営の美容室で飲食とは異なる環境でしたが、母が料理上手で、その姿を見ながら真似をしているうちに自然と料理を覚えていきました。小学生の頃には家庭科の授業で作ったものを家で再現したり、お酒が飲める年になってからは友人を招いてホームパーティーで料理を振る舞ったりするうちに、「いつかは自分の飲食店をやりたいな」と考えるようになりました。

料理人を目指す前は看護師をしていて、その頃は将来やりたいことがありませんでした。人の世話をするのが好きな性格なので、「看護の道に進んでみたらどうか」と勧められて、いざやってみたら性に合っていたんです。

転機となったのはコロナ禍です。いつかやりたいと思い続けるより、「いつかやりたいなら、今やろう」と一念発起しました。ちょうどその頃、修行先となるお店から「働かないか」と声をかけていただいたことも重なり、「やるなら今だ」と決意して看護師を退職し、料理人の道へ進みました。

ーーー焼鳥というジャンルを選ばれた理由は?

焼鳥は小さい頃からなじみ深かったんです。よくスーパーの横に軽トラで販売していることがありますよね。それを食べるのが楽しみで、子どもの頃から焼鳥が好きでした。看護師になってからも、夜勤がない日はよく焼鳥を食べに行っていたので、「自分が店をやるなら焼鳥だな」と自然に思うようになりました。もちろん、焼鳥が楽だと思ったことはありません(笑)。ただ、自分にとって最も身近で、最も好きなジャンルが焼鳥だったんです。

料理人として必要なこと

ーーー修行先との出会いは?

看護師時代、客として修行先によく通っていました。自分が看護師だということも店の方に話していて、女将さんたちと会話する中で、スタッフの一人が辞めるタイミングに「働かないか」と声をかけていただいたんです。冗談交じりのようにも感じましたが、「じゃあ、ぜひ」と返事をして、そのまま働くことになりました。この時のやりとりがなければ、今も看護師を続けていたかもしれません。

ーーー修業時代を経て感じたこと、今に活きている学びはありますか?

修業が始まって一番身に染みたのは、料理人の世界の厳しさですかね。飲食のアルバイト経験はありましたが、深く知れば知るほど理不尽さもある世界だなと感じました。看護師の世界では、データや根拠に基づいて正しさや対処法などが示されています。根拠さえあれば、下の立場から異議を唱えることもできます。一方で料理人の世界には、論理だけでは説明しきれない「意味」や「感覚」があり、それが通用しない厳しさも感じました。もちろん、その理不尽さの中にも意味があるのではないか、と考えるようになりましたし、今ではそれも含めて学びだったと思っています。

あとは、常に感性のアンテナを張り続ける必要性でしょうか。普段出かける先でもつい「何か料理に活かせる学びはないか」と考えたり観察する習慣が身に付きましたね。

「仕事中でなくとも常にアンテナを張っておけ」と教えられていたので、その姿勢というか感度を保ち続けることはどの業界でも大事だなと思いました。今でも料理に活かしているアイデアは、焼鳥以外のところから参考にしていることが多いです。

ーーーどのようにアイデアを反映されるのでしょうか。

最近の例だと、たまたま通りがけに入ったイタリアンレストランで、「ピーマンの煮びたし」のような一皿に出会いました。食べた瞬間に中から出汁が溢れてきて、「これを焼鳥屋として焼き野菜でもできないかな」と刺激を受けました。着想元の料理は冷製でしたが、【とり卓忠】では「万願寺唐辛子」をスープに入れ、焼いてお出しするメニューが生まれました。さっそくお客様に提供したところ、好評で人気メニューになっています。再現してみて大成功でしたね。

神楽坂の激戦区で店を開くということ

ーーー開業時のエピソードを教えてください。

開業からまもなく2年になりますが、当時は「転職したからにはもう後に引けない」という気持ちでした。物件探しを始めると、タイミング良く知り合いづてに居抜き物件として見つかったんです。それまでは和食屋さんが入っていたようで、集塵機や吸排気は強力なものに入れ替えたものの、大きな造作はほとんど変えていません。

神楽坂エリアは焼鳥の激戦区です。この環境で生き残ることができれば、長く続けていけるんじゃないかという考えもありました。

屋号を決めた理由は、僕の名前の「卓也」は父がつけたかった名前で、母は「忠」と名付けたかったというエピソードを聞いていて、僕は「たくちゃん」と呼ばれることもあったので、「忠」を「ちゃん」と読ませて【とり卓忠(たくちゃん)】としました。ちなみに、看板の文字は母に書いてもらったんですよ。

素材の活かし方を追求する

ーーー食材選びで大切にされていることは何ですか?

一番大切にしているのは、食材の味を掛け算で活かすことです。飲み放題を付けた定額制コースという料金設定なので、積極的に高級食材を使用するのは厳しいという理由もあります。だからこそ、いわゆるB級食材と呼ばれるものでも、素材本来の味をしっかり引き出せれば十分おいしい。そうした視点を大切にしています。

また、できるだけ無農薬の食材を使いたいという思いもあります。無農薬の食材は味がよりワイルドに感じられる一方で、傷みが早いなど難しさもあります。それぞれに良さと難しさがありますね。

ーーー鶏や食材の仕入れについて、特にこだわっていることを教えてください。

鶏は主に「ホロホロ鳥」「栃木しゃも」「信州黄金シャモ」などを扱っています。信州黄金シャモは修行時代も使っている鶏だったので、紹介で繋いでいただきました。

栃木しゃもは、栃木の生産者さんとの仕入れルートを直接自分で開拓しました。修業時代、新しい鶏を探していた時にたまたま見つけて、取り寄せて食べてみたら非常においしかったんです。周りに使っている焼鳥屋さんもなかったので、ぜひ使いたいなと思いました。特にむね肉がとてもおいしくて、時期によってはもも肉も非常に良い味わいになるんです。

ホロホロ鳥も、自分で生産者さんを探して直接連絡を取り、仕入れています。そこの鶏舎で育てられたホロホロ鳥を焼鳥に使っている店は、当時他にありませんでした。

知らない食材があれば、まず試してみる。そうした姿勢も大切にしています。修行先では、ファーマーズから新しい食材が入るたびに積極的に様々な食材を取り入れていて、その姿勢に影響を受けました。今は自分でも豊洲市場へ足を運び、お店の方と話しながら新しい食材を紹介していただいています。

舌だけでなく、胃袋にも寄り添う

ーー焼鳥を焼くうえで、大切にされていることは?

一口に焼鳥と言っても、鶏の種類や部位によってベストな焼き加減は異なります。僕自身はレアな焼き加減より、しっかりお肉に火が入っている状態がおいしいと考えています、そのため、できるだけ火が入り切る直前ギリギリの状態を狙いながら、高火力で一気に焼き上げるようにしています。ただし、「ささみ」などは火を入れすぎると身がポソポソになってしまうので、中心まで火が入っていながらほんの少しだけレア感を残す状態を目指しています。

ーーーコースの組み立てや流れについて、大切にされていることは?

コースの流れとして意識しているのは、メリハリです。お椀物から始まり、胸肉の唐揚げと季節のお野菜が入った「揚げ出汁」で胃を温めていただいた後、「たたき」や「肉じゃが仕立て」など家庭料理を思わせる一皿を挟み、その後に「むね肉」「もも肉」などの串へつなげていきます。

小鉢には旬の食材を取り入れ、例えば「フキノトウ」であれば味噌和えにしたり、山菜を使ったりしながら季節感を演出します。鶏の脂が強い時には、バランスを考えて先ほどお話しした「万願寺唐辛子」や熱々の野菜料理、「佃煮」や「鬼おろし」など胃に優しいものを提供し、小休止するタイミングを設けています。各料理の焼き上がりを待つ時間にも何かをつまめるようにし、お客様を待たせないことも意識しています。

後半が近づくにつれて、濃いめの味付けにした「レバー」やチーズを使った「茶碗蒸し」など少し趣向の変わる料理を出し、そこから燻製や珍しい食材を扱った料理、「新玉ねぎ」「新ごぼう」などの出汁で炊いてから串打ちした季節感のある焼き野菜が続きます。仕入れ状況など日によりますが「砂ぎも」や「ハツ」など内臓系も入り、その合間に「三杯酢」仕立てのものや「ぬか漬け」など、口をリセットできる一品も差し込みます。食欲を少し戻すイメージです。最後は「つくね」と「うずらの卵」、そして締めのご飯ですね。

全体を通して、最後まで飽きないコースづくりを意識しています。体の消化機能や食事のメカニズムも踏まえながら、お客様にとって心地よい食事の流れをつくりたいと思っています。

ーーーコースには飲み放題が付くようですが、お酒の仕入れにもこだわりがあるのでしょうか。

秋田のお酒については、地元で仲の良い酒屋さんとのご縁があり、欲しい銘柄を指定して仕入れるものもあれば、おすすめしていただいたお酒を取り入れることもあります。お互いよく知る長い付き合いなので、季節ものなどこちらの意図をしっかり汲んだ間違いないものが手に入る、信頼できる関係です。

あとは奈良のお酒ですが、以前浦安に居た頃、うどん屋さんで飲んだ一杯がとてもおいしくて、改めて訪れた際にご紹介していただいたご縁から、今では蔵元から直接仕入れています。基本的には、できるだけ多種多様なお酒を取り揃えるようにしています。

長く愛され続ける空間にしたい

ーーー空間づくりやお客様をお迎えするうえで大切にされていることは?

一番は楽しく過ごしていただけたらいいなと思っています。お酒が進んでくると、お隣同士のお客様が仲良くなり、そのご縁で次は一緒に来店されることもあります。そういう場面を見るのは本当にうれしいですね。僕自身は調理場にいるのでなかなか会話に入れませんが、自然とみなさんが仲良くなれるような柔らかい空間づくりができればいいですね。

焼鳥については鶏の違いを食べ比べできるようにしているので、「どの鶏がおいしかった」「自分はこっちが好みだ」とお客様同士で話し合っている様子を見るのも嬉しいんです。味わいの違いを楽しみながら、発見や感動が生まれ、時間を忘れて過ごせる場所であり続けたいと思っています。

ーーー今後の展望を聞かせてください。

いずれは移転もできればいいなと思います。焼き台の形を変えたくて、コの字カウンターの中央に立ち、調理しながらでもお客様と会話できるような空間を実現したいんです。

あとは、わざわざ【とり卓忠】を選んで来ていただきたいという思いもあるので、あえて人通りの少ない場所に移ってみるという選択も考えることはありますね。

直近の方針としては、ホスピタリティなどをもっと充実させて、お客様に「また必ず来たい」と思っていただける接客レベルを高めていきたいです。同時に、焼鳥そのもののクオリティもさらに磨き、今以上においしいものを提供できるようになりたいと思っています。

ーーー最後に、高橋様にとって「おいしい」とは?

本当にシンプルですが、「笑顔になれて、幸せを感じる瞬間」ですね。

それを与えられる料理人でありたいと思っています。

看護師として人に寄り添ってきた経験は、今もなお高橋氏の料理人としての在り方に息づいている。焼鳥というシンプルな料理だからこそ問われる技術と感性、そして日々の積み重ね。そこにあるのは、ただ食事を提供するのではなく、人と人とが自然につながり、心地よい時間が流れる場をつくろうとする姿勢だ。これからも、自らのアンテナを張り巡らせながら、新たな価値を皿の上に表現し続けていくことだろう。是非【とり卓忠】で、高橋氏こだわりの焼鳥を味わってみてほしい。


取材・文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/馬場 昇一

店舗情報

  1. Revista AutoReserve
  2. 【とり卓忠】高橋卓也氏が忠を尽くし、卓を彩るこだわりの焼鳥
【とり卓忠】高橋卓也氏が忠を尽くし、卓を彩るこだわりの焼鳥 | Revista AutoReserve