ーーー料理人を志したきっかけは?
幼少期に両親が共働きだったので、祖父母と過ごすことが多かったです。祖母は料理をするのが好きな人で、様々な料理を作ってくれました。幼心ながら次第に祖母においしいご飯を作ってあげたいなと思ったのが始まりです。その後小学生の頃に「味いちもんめ」のドラマを見て、日本料理への興味と料理人になりたい気持ちが強くなったように思います。私は一度決めたらやり続ける人間なので、その頃から料理人を目指す気持ちはずっと変わりませんでした。料理以外のプライベートな部分も本当に頑固で、意見を変えないでやり通すので、めんどくさがられることもあります(笑)。
ーーー最初はどちらのお店へお勤めを?
専門学校卒業後にお世話になったのは、大阪の【本湖月】さんです。勤め始めの頃は、本当に満身創痍で毎日がまるで戦場のようでした。要領が良く優れた同期が居たんですが、それに比べて私はなかなか上手くできず、毎日怒られていました。【本湖月】は、文化賞なども受賞されたことのある非常にレベルの高い日本料理店で、お店や料理のことについて「本湖月: 穴見秀生の世界」として書籍化されていたり、料理人としてはじめからすごいお店へ修行に入らせていただけたので、当時の経験のおかげで今の私があります。
おやっさん(本湖月店主・穴見秀生氏)には「料理人」になれということをよく言われました。料理技術の習得はもちろんですが、そこにある文化や意味も理解しなさい、という教えでした。ただ単に美味しい料理を作るだけでなく、日本料理を作るうえで日本の文化が分かっているかが大事なんです。例えば、元々の懐石料理の流れはお茶事から来ていて、「濃茶」をいきなり飲むと濃すぎて胃を痛めてしまうので、その前に軽い食事をするというのが懐石の始まりなんですよ。よく見る普通のお抹茶は「薄茶」と言い、もっとドロドロで濃厚なのが本来のお茶なんです。
日本料理は、季節の移ろいや行事に合わせて年中変化があります。例えば、旧暦では6月1日に「氷室の節句」が行われています(現在の7月1日)。あまり知られていない節句で、宮中の方が氷室で保存しておいた氷を食べて夏越しのお祓いをする行事です。昔は子どもが健やかに一夏を越すことは大変だったので、無事に夏を越せるようにお祓いをする習わしがあったんです。そのような文化的な背景も踏まえて料理をしなさい、と教わりました。食材の使い方も、「どこの店でも使っているから」「今の時期に市場で売っているから」のような理由ではなく、なぜこの時期にその食材を使うのかをちゃんと理解しろと、料理との向き合い方など、日本料理をするうえで大切な教養を学びました。
ーーー独立に至ったきっかけは?
最初から独立することを見据えて大阪の【本湖月】さんで修業を始めたんです。いずれ名古屋で店を持ちたいと考えていて、近隣地域の食材や地理的なものを含め勉強したいと思い、岐阜の【たか田八祥】さんへ修行に入りました。一店舗目の【本湖月】さんで11年、二店舗目の【たか田八祥】さんで6年の修業期間を経て、独立しました。
ーーー独立開業のエピソードを教えていただけますか?
【本湖月】さんを辞めた後、岐阜の修行で3年経ったら独立しようと計画していたのですが、【たか田八祥】さんで料理長を務めさせていただくことになり、3年は責任を持ってやろうと決め、引き続き勉強させていただきました。その後、ちょうどコロナ禍のタイミングでしたが、独立を決めていたので決行しました。
橦木町での開業になったのは、たまたまです。この愛知県の白壁エリアは上品な方々が住まわれていると知っていて、立地的にも静かでいいなと思い、すぐにここでの開業を決めました。この土地にこだわりがあったわけではなく、巡り合わせでした。マンションの一階が何のテナントも入っておらずに空いていたんです。オーナーさんが事務所にする予定だったらしいのですが、物件紹介の方から勧められて、何もなく自分で全て手を入れていける状態だったので、ここに決めました。本当にラッキーだったとしか言いようがないですね。今は移転されたりして減りましたが、近くに有名なお店もたくさんあったんです。開店後に、お客様から「よくこんな良い場所見つけたね」と言っていただきました。年月が経つにつれ、しみじみ良い場所に巡り合ったなと感じています。
今でこそ、弟子たちも居てフォローしてくれる環境になったので、お客様の前で喋る機会も増えてきましたが、最初の頃は料理を全部一人で作っていたので、そんな余裕はなく、サービスは全て女将さんに任せている状態でした。私は料理に集中しちゃうんで、なかなかお客様の前には出られなかったり、今でもほとんどいない時もあります。女将さんがカウンター越しにお客様とよくコミュニケーションを取っていて、上手くやってくれていますね。本当に女将さんのおかげです。
ーーー食材へのこだわりはありますか?
私は岐阜出身なので、地元の郡上八幡で獲れる「和良鮎」などの食材も使っています。岐阜はおいしい鮎が獲れるんです。「和良鮎」は「利き鮎グランプリ」で最多グランプリを獲っている鮎で、和良川の漁協さんから仕入れています。昨年(2024)も準グランプリでしたね。他の鮎は、ほぼ専属の鮎釣り名人の方に、開業当初から毎年お願いしています。
ーーー鮎釣り名人がいらっしゃるんですね!名人は一日何匹くらい釣るものなのでしょうか?
バラバラです、ただ少ない日は一日も無いですね(笑)。他の人たちが数匹釣る間に、名人は3・40匹ぐらい釣って、先に釣りをしていたおじいさんに「お前もう来るな」と怒られたと聞きました(笑)。ある意味、漁場荒らしのような感じですね(笑)。
ーーーお店作りに意識されている部分はありますか?
内装は京都の設計士・木島先生(木島徹氏)にお願いしました。様々なお店の内装を見せていただく中で、木島先生の店造りがすごく良く、凛としていて張り詰めた中に、温かさを感じるというか落ち着く空間になっているんです。女将さんも私もそこに惹かれ、知り合いづてに木島先生を紹介していただきました。
あとはお香を焚いたり、なるべく物を置かずに空間をすっきりさせています。ごちゃごちゃしていると居心地が悪くなるので、シンプルな空間にするようには意識していますね。昨年からようやくお軸(掛け軸)なども買えるようになり、以前はお花と嵯峨面(厄除けの面)などを掛けていました。器がある程度揃ってきたので、次は設えを整えていこうかなという段階です。まだまだ変えていきたい部分は多いですし、器も全然足りないです。毎月献立が変わるので、ガラッと全部変えないといけないんです。日本料理ってその月にしか使えない器がたくさんあるんですよ。
6・7月のユリや、一番分かりやすいのは5月の柏の器ですね。男の子の「端午の節句」に柏を使う理由も、柏は次の新しい葉が生えてくるまで、葉が残っているんです。次の世代が来たら古い葉が落ちるので、世代交代がうまくいくようになぞらえて柏の葉を使うんです。そのように器を季節や節句に合わせるので、全然足らず買い続けています。
ーーー器を選ぶ基準などもあるのでしょうか?
なるべく古美術のものと現代のものを合わせて、コースで使うようにしています。これも【本湖月】のおやっさんからの教えで、古美術の300年前の器や、魯山人の器などで揃えるのもすごいけれど、それだけだとお客様がしんどくなるというお話を聞きました。全部が古美術の何百年前の器で出てきたら、気負ってしまいお客様がしんどいですし、料理より器がメインのようになってしまいます。古美術の器だけでなく合間に現代の器も入れることで、コースの流れも良くなると教えていただいていたので、偏らないようにしています。料理の流れもそうですが、器の流れも意識して構成しているんです。
集めている器は「千家十職」の楽焼などが中心です。お茶を習っていたこともあり、樂さんと永楽さんの器が好きですね。永楽さんの器は元からたくさん集めていて、最近は樂さんの器をようやく少しずつ買えるようになりました。
全部おやっさんの受け売りで、教えていただいたことをやっているだけなんです。なので、私の弟子たちにも同じように伝えています。【橦木町 しみず】が初めての修行先という弟子も居るので、後で後悔しないよう今しっかり身に付けろよ、と料理人としての心を伝えています。
ーーー料理について大切にされていることはありますか?
最近はお客様から「こっちの食材を使うことが多くなったよね」とよく言われるのですが、地産地消にこだわりはありません。日本の懐石料理をするうえで、地産地消にこだわろうとすると料理の幅が狭まってしまうんです。
この月はこの食材を使いたいけれど、地域的にその食材は採れなかったり、行事毎の都合や様々な事情に縛られてしまいます。地産地消もすごく素晴らしい取り組みであると思いますが、私はその時々の季節の文化を取り入れたコースを作りたかったので、地産地消は意識せずにやってきました。気付いたら地域の食材が多くなっていたという感じです。年月の経過とともに、愛知の農家さんや魚の業者さんたちと知り合うようになり、自然と増えていきましたね。
あとはなるべく岐阜のものも使いたいので、先ほども話しましたが、鮎は「和良鮎」を主に出しています。6月頃には、鮎の食べ比べで、同じ岐阜産でもこんなに味が違うんだと知っていただけるよう、違う産地の鮎を二種類出してみたりしています。
ーーー毎月料理の内容を変えるにあたって、軸にしているお考えなどはありますか?
その月の文化などから考え始めますね。7月であれば七夕があるので、じゃあ七夕は何をするのかと考えを起こしていきます。夏の暑い時期なので、お客様に涼しんでいただくためにはどういった料理を出せば良いか、どんな食材を使おうか、どう調理しようか、と派生していく感じですね。
日本の文化は、行事によって食べるものって絶対に決まってくるんです。こういう時は無病息災を願って特定の食材を食べるなど、縁起物や願掛けのような意味付けされたものが日本にはすごく多いので、それにちなんだものを出したいなと考えています。
ーーー今後の展望に何かお考えはありますか?
本当にまだまだこれから変わっていく過程なので、どうすればもっと良くなるか日々成長できるよう毎日考えています。料理の流れも上手くできていないですし、もっと良くなれると思うので、更に磨きをかけていきたいですね。日々精進の心です。
ーーーお弟子さんへはどのように接しておられるのでしょうか。
文化的背景や、なぜそれをやるのかという意味をしっかり理解するよう教えています。知識や教えが役に立つのは、学んでいる最中は分からないものですが、後々それが身について当たり前にできるようになると、その大切さが分かると思うので。
そして、一つ一つの仕事を大切に、「料理に気持ちを乗せろ」と伝えています。料理はどんな食材を使うかも重要ですが、やはり気持ちが乗るものなので、同じ食材を使っていても味が全く違ったり、作り手の気持ち一つで大きく変わります。生産者の方に対するリスペクトを持って欲しいんです。普通じゃ扱えない食材などもいただけたり、食材があって我々は料理ができるので、そういうことに対しての想いですね。足を運んでくださるお客様の存在も本当にありがたいことですし、私たち料理人は生産者さんの想いを汲んで、料理をお客様へ提供する役目だと思うんです。料理をするにあたって、作っていただいた食材を使い、生産者さんに恥じないものをちゃんと出せているのか、その想いを無下にしていないかを本気で考えながらやっています。
ーーー最後に、清水様にとって「おいしい」とは?
料理がおいしいのは当たり前で、その前提の上に空間や誰と食事をするかという要素も関わってくると考えています。料理だけでなく空間や接客も含めてのサービスなので、全てが揃った上で、「おいしかったからもう一度行きたいよね」と次に繋がると思っています。おいしい料理だけで他が疎かだと、「おいしいけど」という評価になってしまうんですよね。当店のお客様からも、「おいしいけど・・・」というお話をよく聞きます。否定する意図は無く、それはそれで一つの形として良いと思うんですよ。ただ私は、「こういう理由があってまた来たいよね」という前向きな来店理由に繋がる方が好きなんです。
日本文化や行事への理解、そして生産者への敬意が込められた清水氏の日本料理は、単なるおいしい料理ではなく、そこに意味が込められた料理であり、それこそが文化の一端とも言えるかもしれない。料理・器・空間、そして温かいおもてなしが揃った【橦木町 しみず】での食事体験は、まさに「おもてなし」を感じる体験となるだろう。清水氏が表現する日本の美意識や、日本文化の奥深さに浸るひとときを、是非味わってみて欲しい。
取材・文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡あずさ
Located in the historic town center of Nagoya, Shimizu is a restaurant where you can enjoy the depth of Japanese cuisine as unfolded by the owner, Yosuke Shimizu. The warm service and ambience of the restaurant will captivate visitors and provide them with a relaxing experience. The cuisine skillfully incorporates seasonal ingredients and expresses the four seasons of his hometown, Gifu, with his outstanding skills. A heartwarming restaurant where you will discover something new every time you visit.