ーーー料理人を志したきっかけを教えてください。
私はもともと食べることが好きでしたが、それ以上に「動くこと」が好きでした。座って勉強するよりも体を動かしているほうが性に合っていたので、高校時代はアルバイトにも積極的に取り組んでいたんです。働く先は自然と飲食店が多くなり、焼肉屋・ふぐ屋・居酒屋など様々な業態を経験しました。高校は進学校でしたが、私は進学ではなく就職を選びました。「早く現場に入りたい」という想いが強く、専門学校には進まずに飲食業の世界へ飛び込むことを決断し、岐阜の料理屋で働き始めたのは18歳のときです。料理を学び始めて一年半ほど経った頃に、関西で修業を積んだ先輩と出逢ったのですが、先輩は私に「岐阜にいるだけではだめだ。日本料理を志すなら京都へ行け。」と助言してくれました。その言葉を信じ、私は日本料理の本場である京都へ向かうことにしたんです。
20歳になる年に私は京都へ移り住み、先輩の勧めで【和久傳】での修業を始めました。特別な紹介があったわけではなく、自ら電話し、面接を受けて入社させていただきました。その面接を担当してくださったのが、当時総料理長を務められていた岩崎武夫氏で、後に私の師匠となる方です。岩崎さんのもとで本格的な修業に取り組み、料理人としての土台を築くこととなりました。
ーーー開業までのエピソードを聞かせてください。
【和久傳】での修業は16年に及びました。その間に支店料理長も務め、経験を積み重ねてきました。独立を考え始めたのは、修業を続けるうちに「自分自身の店を持ちたい」という気持ちが強くなったからです。ただし、どこで店を開くかが最大の課題でした。京都の料理店といえば町家や古民家を利用するのが一般的なのですが、修業時代に町家での営業を経験し、隙間風や害虫の問題があることを知っていたため、より快適で機能的な現代的な空間の方が適しているのではと私は考えていました。東京ではマンションの一階に名店が並ぶことも珍しくなく、「京都でもできるはずだ」と確信し、この場所を選びました。
物件探しをしていたとき、たまたまこのマンションの一室を見つけ、「ここなら良い店ができる」と直感したんです。すぐに【和久傳】の社長に相談したところ、「いい場所だ」と背中を押してもらい、物件のオーナーとの交渉を進めることになりました。物件オーナーからは当初、「飲食店としての契約は難しい」と言われたのですが、どうしてもここで店を開きたいという強い想いを伝えたところ、了承してくださり、2017年4月に開店することとなりました。
さらに数年後には、「2階のテナントを使わないか?」と提案をいただきました。当初は店舗を広げることに関心はありませんでしたが、スタッフの教育環境を考えた結果、2階を増設することを決意しました。スタッフがより成長できる場所も確保でき、多くの人に支えられながら現在に至ります。
ーーー木山様のお料理の特徴を教えてください。
私の料理にとって最も重要なのは、「水」と「出汁」です。日本料理において出汁はすべての土台となるものであり、これが味の決め手になります。当店では、お椀をご提供する際には必ず削りたての鰹節で丁寧に出汁を引いています。使用する鰹節は、「金七商店」の瀬崎さんが作るもののみ。これは、他の鰹節を使うことを考えたことがないほど信頼しているからです。
また、日本料理に欠かせないものが「季節感」です。日本料理とは単なる食事ではなく、日本文化そのものであると思っています。器や掛け軸・花のしつらえなどの要素を大切にすることで、日本料理の美意識を表現し、食事を楽しむ空間を作り上げています。器の風合い・掛け軸の美しさ・空間に漂う香り、これら全てを通じてお客様の五感を満たし、日本の四季と文化を感じてもらえるような料理を目指しています。
ーーー使用される水は井戸水にこだわっていらっしゃるそうですね。
当店の敷地内から井戸水が湧き出ることを知ったのは、開業準備の最終段階でのことでした。もともと水は、近くの下御霊神社や梨の木神社から汲んでくるつもりでいました。京都には水を汲める神社が点在しているので、そこへ足を運ぶことで良質な水を確保できると考えていたのです。しかし、知り合いの井戸屋さんが訪れ、「この場所なら良い水が出る、今掘らなければ後では絶対にできない」と強く助言してくれました。京都は地下水脈が広がる土地柄、井戸を掘れば水が出る可能性が高いそうです。当時の私はその事実を知るとともに、掘削を決断しました。工事の進行に合わせて調整しながら井戸を掘り、良質な水が湧き出てきたときは本当に嬉しかったですね。
井戸水は単に食材を洗うためだけのものではなく、超軟水という特性上、料理のあらゆる場面で活用され、味の深みを生み出す重要な要素となります。野菜はみずみずしく、鮎やすっぽんも井戸水の中に放っておくと元気に生きるんです。錦市場が四六時中、井戸水を出しっぱなしにしている理由はここにあります。これは水道水では成立しません。
また、出汁を引く際の温度管理においてもメリットがあります。井戸水は年間を通じて温度が一定しているため、夏場は水道水よりも冷たく感じられ、冬場は逆に心地良い温もりを感じさせます。その安定した特性を活かし、最適な温度でじっくりと旨味を抽出することで、雑味のない澄んだ味わいを実現します。井戸水を使用することで食材の繊細な風味を際立たせ、食材本来の旨味を最大限に引き出すことにつながるため、日本料理の調理工程において大きな利点となります。当店のお食事は、始まりから終わりまで「井戸水ありき」で仕立てています。井戸水がもたらす恩恵は、味わいだけでなく、軽やかな食後感からもきっと感じていただけると思います。
ーーー毎日、出汁を引かれるようになったのには何か特別な想いやきっかけが?
独立準備を進める中で、師匠である岩崎さんにアドバイスをいただこうとお会いしに行った際に、偶然にもお客様の目の前で鰹節を削り、出汁を引くというアイディアをいただいたんです。まだ井戸水のことを岩崎さんにお伝えする前の出来事です。岩崎さんに井戸水の存在が確認されたことをお伝えし、井戸水を大切に使うという想いはさらに強まり、「これは実現できる!」と強く感じましたね。改めて、歴史ある水脈の恩恵を活かせることに気付いたのです。井戸を掘ることは当初の計画にはなかった出来事でしたが、偶然の出逢いや導きから大きな決断へとつながり、当店の料理に欠かせない要素となりました。
ーーー料理を作るうえで大切にされていることを教えてください。
私は「今日よりも明日、より良い料理を作ること」を何よりも大切にしています。料理人にとって、昨日の自分を超えることが唯一の成長であり、その積み重ねこそが店の質を高めると信じています。
例えば鰹節を削るタイミングにしても、今日はお椀の提供10分前に削り終えたが、明日は9分前にしようとか。その微調整の繰り返しが料理の仕上がりを左右し、結果としてお客様が感じるおいしさにつながると私は思っています。そうした細かな積み重ねを大事にすることで、料理人としての姿勢が形作られるのではないかと考えています。
マンネリ化を防ぐことも重要です。料理というのは、毎日同じことを繰り返すと作業になってしまいます。慣れれば慣れるほど、無意識に手を動かしてしまう。でもそれでは料理に対する想いや集中力が薄れ、お客様に伝わるものがなくなってしまう。料理は単なる技術ではなく「心が伝わるもの」であるからこそ、一品毎に想いを込めて作ることが大切なんです。目の前の一品に全力を尽くしながら改善を日々続けること。料理の質をより高めることを常に意識しています。
ーーー開業から半年でミシュランの星を獲得されたと伺いました。どのようなお気持ちでしたか?
開業から半年でミシュランの星を獲得することになりましたが、それは決して狙ったものではなく、日々料理と向き合い、お客様に満足していただくことを追求した結果としての評価だと思っています。8年前に私がこの店を開業した当時、京都は飲食店の新店ラッシュと京都ブームも相まって、活気に満ちた状況でした。
今から約15年ほど前、私たちの一世代上の方々は続々と独立され、有名店を立ち上げていらっしゃいました。そして、その姿を見てきた次世代である私たちも、30代で店を開業することが徐々に一般的になりつつありました。そのような時代の流れに後押しされる形で私も自身の店を開業しました。開業後は驚くほど多くの撮影依頼をいただき、毎週のように取材が続く状況の中で、店のこだわりや料理に対する姿勢が広く知られるようになり、当店に目を留めていただいた多くのお客様に足を運んでいただきました。この当時の出来事も、結果としてミシュランの評価につながったのではないでしょうか。
ミシュランの評価は、私自身の料理人としての励みにもなりましたが、何よりも嬉しかったのは家族やスタッフが心から喜んでくれたことです。自分一人では成し得なかったことであり、支えてくれた人たちとともにこの評価を受け取れたことに、深い感謝の気持ちを抱きました。そしてそれと同時に、ミシュランの星を獲得したことで、店への期待や責任も大きくなりました。ですが、お客様の期待に応え続けることは店としてもちろんですが、「ミシュランの星」という評価が店の本質を決めるのではなく、私はあくまで料理人としての姿勢や日本料理の在り方を大切にしていく想いこそが最も重要であると考えています。目の前のお客様の満足を最優先にしながら、これからも真摯に向き合っていきたいと思っています。
ーーー日本料理をどのように捉えていらっしゃいますか。
先程もお話しした通り、日本料理は料理ではなく文化だと考えています。掛け軸やしつらえ・花・生け花といったあらゆる要素が織り交ぜられており、すべて茶道の文化に通じます。日本料理人である私たちは、文化を学び続けることが日本料理を提供するうえで必要であると思っています。この学びは一生続けていくものであり、茶道や華道・書道・古美術、さらには能や狂言・歌舞伎なども含めた総合的な日本文化の理解が必要です。また、お客様にも日本文化の知識を深めていただくことで、日本料理はさらに深く楽しんでいただけるものになると考えています。例えば、お椀の蓋の絵柄や掛け軸に込められた意味や歴史を知ることで、料理だけでなく日本料理を取り巻く文化全体を楽しむことができると思います。
ーーー今後の展望や挑戦したいことを教えてください。
私の夢は「一生この場所で、この水とともに料理を作り続けること」です。独立して以来、京都のこの地で料理を提供し続けていますが、店舗を拡大することにはまったく関心がありません。むしろ目の届く範囲で最高の料理を提供することが私にとっての理想であり、できることを広げるよりも深めることに価値を感じています。
とはいえ、目の届く範囲の中でスタッフを育てる環境を整えることには、力を入れていきたいと考えています。料理人としての成長は、現場での経験と学びの積み重ねによって決まります。そのため、若い料理人たちがより多くの技術を習得できるような仕組みを作ることが必要だと思っています。開業から数年後に2階を増設したのは、スタッフのポジションを広げるために、新たな厨房スペースを増やすことが目的にありました。新たに入ってきた若手が成長するための場所を用意する必要があったからです。
また、今後は産地訪問の機会をもっと増やしたいと考えています。料理人が現場で学ぶことはもちろん重要ですが、それ以上に「食材が生まれる場所を知ること」は料理の理解を深めるうえで欠かせません。食材の育ち方や生産者の想いを直接感じることで、「食材をどう扱うべきか」がより明確になります。そのため、今後はスタッフとともに産地へ足を運び、学びの機会を増やしていきたいと考えています。
ーーー最後に、木山様にとって「おいしい」とは?
「おいしい」というのは、単純に味が良いということではありません。むしろ、料理人の心が伝わることがおいしさの本質だと思っています。料理はただ食べるだけのものではなく、そこに込められた想いや努力があるからこそ、心に響くものになります。例えば、若い料理人が今日よりも明日、少しでも良い切り方をしようと努力すること。それが積み重なった料理には、自然と想いが込められ、お客様にも伝わるのです。また、お客様にとって「おいしい」と感じる瞬間は、料理そのものだけではありません。料理の背景にある文化や歴史、そして料理人の覚悟が伝わることで、より深い感動を得られるのではないかと思っています。
「おいしいとは何か」、それを決めるのは料理人ではなく、食べる人です。しかし、料理人として心を込めること、細部にまでこだわること。この二つを大切にすることで、必ずお客様に伝わるものが生まれる。それこそが、料理人である私が創り上げるべき「おいしい」ではないでしょうか。だからこそ、私は日本料理を提供するうえで、文化を大切にすることを意識しています。日本料理を彩る要素のすべてが、料理の味わいとともに食事の時間をより豊かにしていきます。日本料理を通じて歴史ある日本文化を守り、その価値を伝えていくことが、日本料理の「おいしい」につながると信じています。
日本料理を愛する一人の料理人として食文化の継承に挑み続ける木山氏は、静謐で美しいしつらえの中で、「食」と向き合う価値ある時間を客人に提供している。食材の持つ力を最大限に引き出した料理からは、木山氏の日本料理人としての信念と心意気を感じさせ、料理の一つ一つに込められた想いが伝わってくる。料理人としての姿勢や日本料理の在り方を大切にしていくことが最も重要であると語る木山氏の眼差しからは、迷いを一切感じない。日本料理の「本質」を追い求め、奥深い日本料理の素晴らしさを我々に思い出させる【木山】は、訪れるべき日本が誇る名店であることを確信した。
取材・文/フードアナリストあい(棚橋 麻衣子)
撮影/鈴木 雅人
Près de Marutamachi à Kyoto, dans une maison tranquille où tradition et innovation se rencontrent, se trouve '木山 (Kiyama)'. En se consacrant entièrement au dashi, l'élément essentiel de la cuisine japonaise, le restaurant propose une 'performance de dashi' où trois types de katsuobushi sont râpés devant les convives, ouvrant ainsi le cœur dès le premier bol. L'eau pure jaillissant d'un puits aiguise les contours des ingrédients et donne de la profondeur à un kaiseki qui change d'expression au fil des saisons. En un an d'ouverture, ce restaurant a obtenu une étoile Michelin, reflétant le Kyoto d'aujourd'hui.