ーーー料理人を志したきっかけやご経歴について伺えますか?
僕の家は自営業の魚屋で両親はほとんど家にいなかったんです。僕は5人兄弟の一番下でさすがに5人目ともなると手を掛けられないというか(笑)、子供は勝手に育つものと思われていたので両親が不在の時はお昼ご飯など自分でなんとかする環境でした。料理をする機会も多く、ケーキやデザート作りも楽しくて好きだったので、小学生の頃はパティシエになろうと思っていました。
僕が中学3年生の頃、東京で暮らす歳の離れた兄の家に遊びに行った時にパスタを作ってくれたんですよ。そのパスタが美味しくて「家でこんなに美味しいパスタが作れるんだ」と驚いたんです。それから自分でもパスタを作るようになったことをきっかけに、料理人の道に進むことを決めました。
大阪の専門学校と調理師専門学校に通い、修行先は「一番流行っているレストラン」と決めていたんです。何事もやるからには一番が良いじゃないですか!大阪では【sfida(現 anu)】という老舗イタリアンで4年ほど働きました。その後、23歳の頃に東京に出てきて恵比寿【TACUBO】で4年間お世話になりました。
ーーー修行の中で学んだことや印象的な経験はございますか?
真野 淳シェフ(【sfida】前シェフ/【十皿】現オーナーシェフ)からは料理の楽しさだけでなく、難しさも含めて料理の奥深さを知る機会を与えていただきました。僕に「料理が好き」という想いを芽生えさせてくださった方でしたね。当時はもちろん大変なことや厳しさもありましたが、僕は楽しい方が大きくて、自分のやりたい欲があればいくらでもやらせてくださる伸び伸びとした環境でしたので、様々なチャンスを与えていただきました。
修行を始めて一年ほど経った頃、真野シェフの師匠の店で半年間だけ働くことになったんです。周囲からの評価もあり自分に対して驕りが出てきた時期だったのですが、料理人としての現実を突きつけられた時期となり、修行経験の中で一番しんどかったですね。師匠は厳しく、一年目の僕にも一切妥協を許さない方でした。常に気を張っていなければならず精神的にも身体的にも打ち砕かれましたが、もう一度初心に帰り、がむしゃらに料理と向き合う必要性に気が付いたんです。あの半年間がなければ今は違っていたかもしれないと思えますし、僕にとって人生のターニングポイントになりましたね。大阪での4年間は本当に濃い期間でした。
ーーーターニングポイントを経て、考え方に変化はありましたか?
「やりたいことだけやっているのではダメ」ということですね。自分のやりたいことを叶えるためにはやりたくないことも進んでやらなくてはいけないですし、調理技術や料理がどうかだけでなく料理人としての心構えの部分に大きな変化があったと思います。当店のスタッフたちにも「この店で自分が希望する立場になりたいのなら、避けては通れない道があるし、自分で勝ち取っていかなければいけないよ」と伝えています。社会人としても料理人としても、やりたいことだけやれるほど仕事は甘い世界ではないんですよね。
ーーー【TACUBO】の田窪氏のお店ではいかがでしたか?
田窪シェフも仕事に関してはとてもシビアでストイックな方で、多くを語るタイプではなかったので昔ながらというか「感じろ」というスタンスの中で僕はもう一度打ち砕かれました。特に最初の一年間は、まさに「出た杭は打たれる」という感じでしたね、心折れることは全くなかったんですけど(笑)。また、社会に出た料理人として、生産者さんやお客様への言葉遣いや気遣いなど人付き合いをする上での礼儀やマナーの大切さをすごく教わったと思います。「料理が好き」という想いだけではいけない現実的な部分を一番学ぶ機会でしたね。もちろん、それまでに自分の中で培ってきたものはありましたが、田窪シェフにはそれ以上のことを教えていただきました。
当時の僕は礼儀もマナーも適当で、「料理だけちゃんとできていたらよくないですか?」みたいな奴だったんです。発注書を送る際も綺麗な字で書くとか、お客様や目上の方への言葉遣いなど、細やかな配慮の積み重ねの大切さやルールというものを田窪シェフに一から教わりました。田窪シェフもお客様に「北野は俺と出逢う前は猿だったけど人間にしてやった」とお話されているらしく、間違いないなと(笑)。田窪シェフだけではなく僕を育ててくださった方々には、本当に感謝しています。
ーーーその後の独立開業についてお伺いできますか?
2022年の27歳の時に、一号店【malca】を一つ上の兄と外苑前に開業しました。兄は広告代理店出身で現在は現場以外の業務推進をしているのですが、開業当初は兄もサービスとして立っていました。それから2年の間に【malca】の他にジャンルの異なる4店舗を近隣で開業し、当店が5店舗目になります。よく「出資者がいるのだろう」と言われるのですが全くいなくて(笑)。本当にギリギリ状態の中で僕たちだけでやってきました。独立の際は物件など、自分のこだわりと現実に悩む方も多いと思うのですが、自分に合った環境や条件というのはそうそう揃わないですし、僕はやりながら形にするしかないと思っています。僕たちは店舗の他にも郡山にワイナリーを持っていて、来年はワインをリリースしますよ。
ーーー【tens.】の由来は?
僕はレストランをやる上で全てにおいて「テンション」をすごく大切にしています。この言葉を頻繁に口に出していることもありますし、当店は深夜まで営業するのですが僕の中で夜10時以降が当店の本番(見せどころ)というか、10時以降のメニューには僕の遊び心も入れているので、より当店の良さが伝わるかなと思い、「テンション」と「10=ten start」を掛けて【tens.】と兄が名付けました。僕がこだわる「テンション」とは、ノリではなくて「熱量」です。料理ならば美味しくするための手間暇を惜しまない努力や工夫であったり、サービスならばお客様に楽しんでいただくための心配りや接客対応など、あらゆる面において重要だと思っています。
ーーーお料理におけるテンションについて詳しく教えていただけますか?
当店では基本的に「作りおき」は絶対にしません。例えばパスタを作る場合、作りおきしたソースと出来立てのソースとでは仕上がりの完成度に大きな差があるんです。ソースにも寿命があって、作りおきすると素材の香りが飛んでしまうんですよね。先にソースを作っておいて麺が茹ったら入れる料理人の方も多いと思うのですが、それだと僕の考えるテンションの高い料理にはならないんです。ハーブも出来上がる直前に切って入れるのと、あらかじめ切っておいたものを入れるのとでは香りの良さも違います。また「香り」というのは温度が高ければ高いほど上がってくるのですが、パスタを作る際は火を弱めることなく高温のまま一気に仕上げ、出来立てにしか出せない「今この瞬間」の美味しさを大切にしています。
ーーー現在、北野様は【malca】から【tens.】にいらっしゃるのですよね。
【malca】は昼はコース、夜はアラカルトで営業していて、「深夜23時までに僕に連絡をいただきご来店いただいたら、ラストオーダーはありません」というスタイルでやっていたのですが、深夜にご来店されるお客様も多かったんです。僕は自分の店なので良いのですが、スタッフたちは心身共にキツいだろうなと思っていました。ある程度現場を任せられる子を【malca】に残し、僕が当店で深夜入店されるお客様を対応することで棲み分けというか、スタッフの仕事環境を改善しようと思ったことも当店を開業するにあたりコンセプトに考えた部分でした。
ーーーアラカルト提供とのことですが、【tens.】のスペシャリテはありますか?
スペシャリテと位置付けているわけではないですが、鮪専門仲卸である「やま幸」さんの本鮪で作るブルスケッタは【malca】の開業時からずっとお出ししています。お寿司屋さんや和食屋さんでは絶対にやらないアプローチかなと思っていて、「やま幸」の社長にも気に入っていただいていますし、一番の人気メニューですね。あと僕はパスタが好きなので、手打ちだけでなく乾麺も含めて常に25種類程のパスタメニューをご用意しています。パスタの種類はレストランの中でも一番多いんじゃないかな、僕の知る限り(笑)。そこは強みかなと思いますね。
ーーーお料理のアイディアはどんなところから湧くのですか?
僕はあまり奇を衒った料理は作りませんし、シンプルに仕上げているので、難しいことはしていませんよ。アマトリチャーナやカルボナーラなど、すでにある料理に日本らしさを取り入れながら季節毎の食材を組み合わせるスタイルなので全く見たことのない料理は作らないです。すでにある料理をちゃんと美味しく作ることで、「なんでこんなに美味しいんだろう?」とお客様に感じていただける方が僕は好きです。なのでアマトリチャーナの再構築とかはしないです(笑)。
ーーー若手にお店を任せることに対する北野様の想いは何かありますか?
僕もまだ30歳で先輩方の修行時代に比べると料理業界の厳しさというのはだいぶ改善されてきていたと思いますが、それでも僕の修行時代は厳しい部分も残っていました。今の時代はもうシェフや大将が神様という時代ではないと思いますし、「教育」とあまり言いたくないのですが…今の時代にあった教育が必須ですよね。
ですが、反対に「職人」と呼ばれるような料理人は今後もう生まれないんじゃないか、とも思います。教える側にとっては労働環境が昔とは違いすぎますし、教わる側は相当な精神力と忍耐力が必要になるので双方のギャップを埋めていかなければならないですよね。今の日本の「食」は世界的に見ても味・技術共にずば抜けていると思いますが、10年後には日本の「食」の歴史を築かれた料理人の方々がほぼ引退されてしまいます。きっと僕の時代ですら田窪シェフや先輩方はギャップを感じられていたと思うので、「職人」の域に達する料理人の育成は今後さらに難しくなるのかなと思いますね。
ーーー飲食業界の転換期とも言えると?
働き方改革により欧米的な働き方が推奨されてきましたよね。もちろん正論でいくと欧米的な働き方が多分正しいんです。ですが、生産者さんや漁師さんなどは欧米的な感覚で仕事をされてないんですよ。レストランの現場に立つ料理人だけ「労働環境を整えましょう」と働き方改革を進めたら、いずれギャップが生じて足並みが揃わなくなってくるのではないかと危惧しています。
僕は料理人である自分たちだけでなく、食材に関わる全ての方々の環境も変えていくべきだと思うんです。語弊を恐れずに言うと、「レストラン業界は結構我儘」なんですよね、牛肉はサーロインなど良い部位しか取らないとか。それでいてフードロスやサスティナビリティと提唱するのは、少し違うんじゃないかなと。
牛は一頭飼いするなど入手ルートから変えていくべきだと思いますし、その方が生産者さんからしてもシンプルにありがたいと思うんです。「あの人に売ったら全部やってくれるから」という存在になりたいです。僕はどんな食材の部位も手間暇かけて料理にしたり、イタリアンだけでなく焼肉屋やとんかつ屋など他ジャンルの店を展開することによって、工夫しながら料理に昇華させることを大事にしていますし、食材全ての部位に価値を見出すことで生産者さんや食材業界に貢献していきたい気持ちが強いです。
もちろん有名店で使ってくれるからやりがいが出るというのも良いとは思いますが、お金には直結しないんですよね。僕は精神的な潤いも大切ですが、信頼関係を築くためにも、まず物理的な潤いでしょ!と思うタイプなので。
レストランのスタッフも、給料は安いのに楽しく働けというのは無理な話だと思うんです。物理的に給料を上げて好きなことや趣味に使えるお金を払ってあげないと、精神論だけでは厳しいじゃないですか。僕たちはイタリアンだけでなく様々なジャンルの店を展開していて、今まではイタリアンの料理人が焼肉屋をやるなんて考えられないと思うのですが、それをやる意味が分かる時代になってくると思いますし、僕たちが先駆けになれたら嬉しいです。生産者さんたちには僕たちと取引をして幸せになってほしいですし、スタッフには僕たちの会社で働いて良かったと思ってほしいです。
ーーースタッフとの意思共有やコミュニケーションで大切にされている部分はありますか?
スタッフには「楽しく仕事しましょう」と話しています。ですが、料理もワインもサービスも「やることはちゃんとやろうよ」と伝えています。毎回全員に僕が声掛けできるわけではないので、各店舗の責任者に僕の意思を共有し託しています。半年に一度、スタッフたちと一人ずつ面談をするのですが、みんな「楽しいです」と言ってくれます。最近ではスタッフが知り合いを僕たちの会社に紹介したいと言ってくれることがあって、「あの子も働かせてあげたい」と思うわけでしょ?自分の経験からは思いもよらない考えなので、本当に嬉しいんですよ。スタッフだけでなく生産者さんにも、僕たちと仕事をしたら楽しいとかワクワクすると思ってもらえることが、美味しい料理を生み出すことにも繋がると思っています。
ーーー最後に、北野様にとって「おいしい」とは?
やはり「楽しい」がないと「おいしい」は生まれないので、「おいしい=楽しい」ですね。お客様がお帰りになる時も「美味しかった」より、僕は「楽しかった」の方が嬉しいんです。正直、「美味しかった」という言葉は決まり文句や礼儀として誰でも言えてしまうと思うんです。でも「楽しかった」というのは、僕自身もですが本当に楽しくないと言えない言葉だと思うんです。これからも、僕たちにしかできないテンションを高めた料理やサービスを通じてお客様の心を掴む空間をご提供していきたいです。
30歳にしてすでに5店舗を展開する北野氏の勢いは止まらない。「テンションが高い料理」と聞き、当初はそれに合わせるべく身構えて取材に臨んだがそれは無用であった。北野氏が【tens.】で体現する「テンション」とは客人・料理人・生産者がそれぞれ感じる心地良さの上に成り立っているのではないだろうか。【tens.】が生み出す「テンション」はそれぞれに響くカタチで「利益」として還元され、集う人々に笑顔を作りだす。北野氏の人間力や料理に対する情熱が多くの人々を魅了する理由なのだろう。
取材/柳屋 有里
文/AutoReserve Magazine編集部
撮影/中岡 あずさ
Located in Minami Aoyama, the Italian restaurant "tens." is one of Tokyo's premier gourmet spots where you can enjoy a rich à la carte menu until late at night. Chef Tsukasa Kitano creates dishes that highlight fresh ingredients from various regions of Japan, including Awaji Island, delivering exceptional aroma and flavor. Each visit guarantees a delightful experience filled with the restaurant's vibrant atmosphere and delicious food.