ーーー料理人になる前は和紙職人を目指していたそうですね。
実際に和紙職人の見習いを始めたらあまりしっくりこなくて悶々としていましたね。大学に進学したり、やりたいことに邁進している同級生たちをみて、自分は何が本当にやりたいんだろうと、でもどうしたらいいか分からなくて人生につまずいていましたね。
ーーーそこからどのように料理の道に進みましたか?
和紙職人の見習いから世界を広げるために、日本料理店でアルバイトを始めました。そこで働くうちに、料理の面白さに気付いたんです。日本料理には伝統があって、箸の持ち方や椀物の作法などの所作も美しいですし、料亭では器の数を豊富に取り揃えており、どんな器で料理を提供するのか魅せ方がすごく大切です。日本料理の「器と料理が一体」という考えは、今の私の料理の基盤にもなっています。
料理を始めてから「自分が生きていくのは料理の道だ」と思えたので、修業自体は大変でしたがすごく楽しかったです。上下関係も厳しかったのですが、乗り越えられたのは自分が強靭なメンタルを持っているからだと思います(笑)。
ーーー当時からフランス料理には興味を持っていましたか?
日本料理の季節の移り変わりを感じられる繊細な演出や、素材の味を活かしたシンプルな調理法に魅力を感じておりましたが、日本料理では得ることのできない技術を獲得したいと思い、料亭に勤務しながら休日を利用してフレンチ・イタリアンなどでアルバイトもしていました。
フランス料理を始めた当初は日本料理との違いに戸惑いましたね。日本料理は素材の持ち味を引き出し、無駄なものを省いていくので「引き算の料理」と言われますが、フランス料理は複数の食材や調味料を重ね合わせることで新たな味わいや食感を生み出す「足し算の料理」なので真逆なんです。働き始めたフランス料理店ではシェフも務め、経験を積んだので、当店の料理にはもちろんフランス料理の要素も入っていますが、伝統的なフランス料理とは全く異なります。ジャンルには特にとらわれず、私の料理を作っていると思っています。
ーーー海外でも修業をされたそうですね。
実際に自分の目で見て体感したいという想いから、ヨーロッパに渡りました。海外のシェフがどのような考え方で料理を作るのかという点に興味があったんです。料理を作るうえでの考え方や調理場の統制方法などは、やはり人から直接影響を受けるものが大きいと思います。実際に現地に行ってみて出逢ったシェフたちは、食材に対する追求の仕方が素晴らしいと思いましたね。特に北欧では、日本と比べて収穫できる食材も限られています。だからこそ、その限られた食材を追求する姿勢を感じました。都会よりも田舎のレストランの方がその土地のものを使った料理にこだわっていて、特に印象に残っていますね。スイスのほかにもフランス・スウェーデン・デンマーク・フィンランドなど、私の琴線に触れるレストランで働き、その土地のものを使って自然な状態で料理を作るというスタイルは、今の私の料理に多大なる影響を与えています。
ーーー帰国後は渡航前と比べてご自身の心境の変化はありましたか?
帰国後は東京に一旦戻り、東京でシェフをやらないかというお話もいただきました。常に一番良い食材を使って料理を提供したいのであれば、全国から食材が集まる東京は素晴らしい環境だと思います。ただ、私は海外経験を経たうえで改めて、その土地の文化・風土をより敏感に感じられるようになったので、料理を作る環境として自分が納得する場所で、四季に応じた食材や自然と向き合いながら料理を提供しようと思い、自分で店を開く場所を探し始めました。
ーーー数ある地域の中から、金沢を選んだ経緯を教えてください。
新鮮な魚を使うことは絶対に外せないと思い、魚介が豊富な瀬戸内海(尾道)か金沢のどちらかでやろうと考えていました。実際に金沢を訪れ、能登半島を巡るうちに、海と山の幸が豊富なことに魅了されましたし、金沢は各産地とも近く生産者にすぐに会いに行けると思いました。また、伝統文化や工芸品・歴史的建造物など様々な伝統と現代が融合した魅力がありながらコンパクトな街で、動きやすさもあり金沢で開業することを決めました。
ーーー店内は木の温もりがありつつ、レトロ感があって素敵ですね。
この建物は元々、明治時代に建てられた洋裁学校だったそうです。たまたま見つけて気に入り、当時の良さをそのまま残した状態で店として改装しました。幼少期から骨董品に触れる機会が多く、新しい物より、時間を経て味わいを増した、今にはない美しさに魅力を感じます。
ーーー店名の由来を教えてください。
店名の【Installation Table ENSO L'asymetrie du calme(インスタレーションターブル・エンソ・ラシメトリー・ドゥ・カルム)】の「エンソ」は塩で味付けしたくらいの素朴な味にするという意味なのですが、シンプルさも大切にしたいという想いから取りました。実際の料理はシンプルさから遠くなってしまっているかもしれませんが(笑)。でも、素材の味を活かしたシンプルな料理でありたいという想いは私の根底にあります。
また、自分の表現したいことが「エンソ」だけでは足りなかったので、左右非対称を意味する「ラシメトリー」、静寂を意味する「カルム」という言葉も組み合わせています。「インスタレーション」は空間全体を作品として体験させるという芸術用語で、お客様には料理人の足元まで見える厨房のそばで、匂いや音も含めてすべて楽しんでいただきたいという想いを込めています。
ーーー開業してからはいかがでしたか?
開業してから一年半くらいはなかなか軌道に乗らず、経営的に厳しい状況が続き、周りから否定的な言葉をいただくことが多かったのですが、唯一、お客様のお一人が「この店は必ず人が来るようになる」と言ってくださり、その言葉を励みにし、変化することを恐れずに邁進してきました。
ーーーこれまで料理を作ってきて、成長したと感じることはありますか?
お客様にまず楽しんでいただきたいという想いが一番ですが、+αで何を提供できるかというところが大切だと思っています。テクニックや技術に固執するのではなく、新鮮な感覚を提供するために、私自身はもちろん、お客様の味覚を開発してみたいと考えています。イメージした一皿に仕上げることは大変難しく、苦戦しながらも日々精進しています。
ーーー料理を作るうえで大切にしていることを教えてください。
リアリティを追求することを大切にしていて、現場を感じられるような食の世界を表現することを意識しています。言い換えるなら、「リアリティのある料理」を作ることですね。また、当店はコンパクトな空間でお客様との距離も近く、お客様との間を隔てる壁も設けていません。オープンキッチンで調理の様子もご覧いただきながら空間ごと味わっていただきたいですし、ライブ感を感じられる空間づくりを大切にしています。
ーーー文字があるメニューを置いていないそうですね。
当店の料理には名前を付けずに一品一品を白黒のイラストで表現し、その絵画を組み合わせたパネルを各テーブルにご用意しています。絵画でメニューをご用意するようになったのは、お客様の想像が搔き立てられるような、わくわくする空間作りをしたいと思ったからです。「次は何が出てくるんだろう」と会話も弾みますし、楽しむきっかけにもなり、期待も膨らむと考えています。また、コースは10品以上あるので、例えば季節の移ろいに応じて料理を一品のみ変更する場合でも、イラストを一枚差し替えるだけで食材の仕入れなどに応じて臨機応変に対応することができています。
ーーー料理の美しさにはどのようにこだわっていますか?
北大路魯山人の言葉で「器は料理の着物」という言葉がありますが、私は正しくその通りだと思います。日本料理の修業時代、料亭では魯山人の本物の器が使われることもありましたが、正直なところ器だけを見ていてもあまり価値がよく分からなかったんです。ですが、料理を盛り付けた途端に「様」になり、料理の美しさが一気に引き立てられるのを見て、料理と器の調和は欠かせないものだと思いました。北大路魯山人の器は誰が盛り付けても綺麗におさまるんですよ!私はこれが良い器の証だと思っています。だから器はすごく大事だと思っていますし、私にとって日本料理で学んだことは今の自分の礎となっていますね。
ーーー料理のインスピレーションはどのように湧きますか?
一番のインスピレーションは生産者に会うことです。本日お作りしたデザートを提供する際は、お客様の目の前で蜜蠟をナイフで削って蜂蜜を添えていますが、そのアイディアは養蜂家さんの元を訪れた際に浮かびました。その場で巣密(コムハニー)をいただいたのですが、あまりのおいしさに感動して、普段食べていた蜂蜜からガラリとイメージが変わりました。もちろん味自体もおいしかったのですが、巣からそのまま食べるという体験は視覚的な新鮮さも加わって、より感動が大きくなりました。また、実際に産地で見て触れたりするほかにも、生産者の方からお話を聞いているうちにアイディアが浮かぶこともあります。その場の閃きだけではなく、生まれてから今までに出逢ってきた人々や素材、考え方や技術などが、その時々のインスピレーションに繋がっているのだと思います。
建築家や器の作家さんなど、異業種の方と話して刺激を受けることもありますね。建築家の方と話していて気付いたのは、料理と家づくりは似ているということです。家づくりは暮らす家主の希望や建設場所の景色などを考慮しながら、コンクリートや木材などの建材で設計・施工して住宅という箱を作りますよね。料理も予算などを考慮しながら、野菜や肉、魚などの食材をいかにおいしく調理して形にするかということなので、異なる業種の方でもお話していると勉強になりますね。私は「物づくり」をされている方の仕事場に行くことも好きです。作業現場で浮かんだアイディアを元にして生まれた器もあります。
ーーー今後の展望を教えてください。
震災を目の当たりにして、廃業していく生産者さんや工芸に関わる作家さんたちもいる中で、料理人として食や料理技術を用いて、石川の良いものをより多くの人に繋げていきたいという想いが強まりました。地域の豊かな資源や環境を今後残していくために料理のジャンルや企業などの垣根を超えて、みんなが一緒になって今できることを真剣に考えていく時が来たのだと感じています。私たちは目の前にある里山・畑・海それぞれが持つ貴重な資源や財産をこれまで疎かにしてきたのではないかと思いますし、たくさんの財産が失われていくのはすごく残念です。目の前の資源に対してもっと想いを馳せながら価値を再確認すべきですし、産地の現場に足を運んで知るということも重要です。そして二度も大きな災害に見舞われた能登で飲食店をやってきた仲間たちの力に少しでもなりたいと思っています。私も変わりながら生きていますし、生きている限りは変化し続けたい。時代と共に生き、その時々で出逢ったものに感謝の気持ちを込めて料理をしていきたいのです。
ーーー最後に、土井様にとって「おいしい」とは?
お客様には味だけではなく、料理中の音や香りも含めて五感を使って楽しんでいただきたいと思っていますし、サービススタッフによる料理説明まで含めて全て味わい、感動することで「おいしい」が生まれるのだと思います。その「おいしい」をどうやってお客様の目や耳、そして心に届けるか、が私たちの仕事だと思っています。当店では料理中の様子から提供まで、その場所/その瞬間を楽しんでいただけるよう創意工夫していますので、ぜひこの空間で「おいしい」を体感していただけたら嬉しいですね。
長い店名には、土井氏の「静謐なこの場所で、シンプルに素材の味を追求しながら、料理を含めた空間全てを体験してほしい」という想いが込められている。産地で感じたことを大切に、土井氏の研ぎ澄まされた感性によって生み出される料理の品々は、感嘆の声が漏れるほど美しい。生産者や土地に対する土井氏の真摯な想いによって創り出される【Installation Table ENSO L'asymetrie du calme】は、北陸・金沢の魅力が詰まった「世界に誇る名店」として、これからも多くの客人に感動を届けていくのだろう。
取材・文 / 佐田 優佳
編集 / AutoReserve Magazine編集部
撮影 / 中岡 あずさ
La Mesa de Instalación ENSO L'asymetrie du calme es un restaurante ubicado en una casa unifamiliar en un barrio residencial de Kanazawa. En este hermoso espacio, renovado de una antigua escuela para chicas, se ofrecen creativas comidas francesas elaboradas con ingredientes frescos de la región de Hokuriku. La gran cocina de barra y la presentación artística de los platos hacen que parezca un museo de la gastronomía. Los platos, llenos de la dedicación del chef, expresan un profundo amor por la cultura local y los ingredientes.