ーーー料理人を志したきっかけを教えてください。
実家が魚屋だったので、魚を焼いたりお刺身にするところまでは目の前で見ていたのですが、その先はどうなっているのだろうと思ったことが料理人を志した一番のきっかけですね。特に実家では飲食店に卸す良質な魚を扱っていて、自分も幼い頃から食べていたので、「おいしい魚」は身近な存在でした。将来の進路を考えた時、魚屋を継ぐよりも料理人になりたいと思い、料理の道に進むことにしました。当時は凝った料理よりもビシッと決められる寿司に憧れがあり、18歳の時に寿司屋で働き始めたんです。ですが、これを言うとお寿司屋さんに怒られてしまうかもしれないですが、実際にやってみたら当時の僕は想像していたよりも簡単に感じてしまって(笑)。「せっかく京都にいるのなら日本料理をやろう」と日本料理店で働くことにしました。
ーーー修業時代はどのような経験をされましたか?
【たん熊北店】をはじめ、老舗の味噌漬け専門の料理店【京都一の傳】などで修業を積みました。30歳の時に【京都一の傳】の料理長に就任し、10年間務めました。当時を振り返ると、優しかった先輩よりも厳しかった先輩方のことを思い出しますが、今の自分を作るために必要だから皆さん厳しく言ってくださっていたんだなと思います。当時はうっとうしく思ったこともありましたが(笑)。
当店を開業したのは40歳の時で、元々「40歳になったら自分の店を持ちたい」と思っていたんです。それまでに僕自身も料理以外に茶道や華道、書道などを人に教えられるくらいは身につけようと思い、27〜28歳の頃から学び始めました。書道は幼少期から続けています。僕は店をやるうえで料理のおいしさは道具の一つだと思っていて、味以外にもお客様におもてなしの心が伝わる「空間づくり」をすることが大切だと思っています。
ーーー茶道や華道の経験はどのように役立っていますか?
茶道を経験したことでお客様をもてなす心が自然と身につき、お客様のちょっとした動きや空気などを感じ取りやすくなりますし、華道は「華道嵯峨御流華範」を取得するレベルまで追求してきたので、その経験から何か一ミリでも位置がずれているとおかしいなという感覚が生まれます。高級懐石料理店としてお客様にお越しいただいているのは、味以外にも知識や経験から得た様々な道具を用いて、皆様に喜んでいただけているからだと思います。
華道については、枝だけで姿を決める江戸時代から続く流儀があるのですが、その教えとは「あるべきところに生けなければならない、なくていいところには生けなくてよい」というものです。華道を通じて自然と培われた美的感覚は、食材の色や配置だけでお客様の目を楽しませる工夫や空間を活かすことにも繋がり、その学びが料理として表れることもあります。料理をやっていただけでは見えないような部分が見えるようになり、財産となっていますね。修業が厳しい中でも日本文化を追求し、これまで続けてきたからこそ今の自分があるのかなと思います。
ーーー「富小路やま岸」のほかにも多くの店舗を出されていますね。
自分が行って食べたいと思う店を作りたいという想いから、現在8店舗ほど展開しています。京都には肉割烹【焼肉やまちゃん】や鍋割烹、東京には銀座で居酒屋と【富小路やま岸】の分店として麻布台ヒルズに店を出し、お陰様で多くのお客様にご利用いただいています。麻布台ヒルズ店については僕が東京でも勝負できたら、と思っていた時にちょうどタイミングが合ったことで出店できました。当店の月曜日の営業終了後に僕が東京へ行って運営に携わっています。
水は料理を作るうえでとても大切で、実は東京の全店舗でも当店の井戸水を使用しており、麻布台ヒルズ店では魚などの食材も全て京都から送っています。当店の水は軟らかく、出汁をおいしく引くことができるので、味の調整も塩一つまみ程度で満足できる味に仕上がるんですよ。東京の水を試してみたこともありますが、旨味が全然足りず味が決まらなかったですね。水がおいしくないと醤油などを加えたりして味の濃い出汁になってしまいがちです。だから、ここで汲んだ井戸水を東京の店舗でも使用しています。
ーーー東京の店舗でのお客様の反応はいかがですか?
お客様の全員が次回予約を取って帰ってくださっていて、僕がいられない日でもリピート率100%を維持しています。これまで僕が積み重ねてきた経験から生み出すものや、他店にはない食材や出汁へのこだわりに皆さん感動してくださっています。ありがたいことに、麻布台ヒルズ店では京都の【富小路やま岸】にまだいらっしゃったことのないお客様のご利用も増えています。
ーーー「富小路やま岸」では、どのように食材にこだわっていますか?
2〜3回転の営業や複数の店舗の運営で忙しい日々ですが、どんな時でも必ず毎朝中央市場に行き、食材に全て目を通して良い食材を厳選しています。例えば、日本で最高級の鯛として知られる明石鯛がありますが、同じ明石鯛でもピンからキリまであります。僕は小さい頃から良質な魚に慣れ親しんできたこともあり、見分け方には自信がありますし、しっかりと良いものを選んでいます。また、良い魚があったとしても魚屋さんとの信頼関係がないと仕入れさせてもらえません。京都では朝市に行く料理人は少ないのですが、僕はどこの店よりも早く市場に行っていて、僕の料理に対する熱量や本気は伝わっているようです。「山岸さんは頑張ってるから」と必ず良いものを仕入れさせていただけていて、市場の皆さんとの関係を築きながら食材にこだわることが非常に大事だと感じています。
ーーー京料理では何が大切でしょうか?
先述したように、まず「水」が要となります。そして京野菜ですね。魚は淡路や明石・瀬戸内からの食材を仕入れています。その中でも当店が特に強化したいと思っているのは野菜です。魚はある程度の水準のものであればおいしく、当店ではその中でも一定水準を超えた魚を選んでいますが、美食家の方たちは特に野菜のおいしさをよく見ていらっしゃると思います。
例えば、松茸は付き合いのある八百屋さんが自ら朝に山で収穫したものを仕入れて、その日のうちにお客様にご提供しています。これだけでも他店と比べて十分こだわっていると思いますが、そこからさらにこだわりたいという想いから、採れたての松茸にラップをまいて保冷剤で鮮度を保った状態で下山してもらっています。去年からその松茸のご提供を始めたのですが、お客様から「日本一おいしい」と言っていただけることが増えました。同じこだわりでも、さらに一手間かけて「どれだけおいしい状態でお客様にご提供するか」ということへのこだわりが大切です。ですが、どの店でも僕と同じことができるわけではなく、他店の料理人の方が八百屋さんに頼んだら断られたそうです。やはり、これまでの信頼関係があったからこそ成り立っているのだと感じます。
ーーー日本文化をどのように学ばれてきましたか?
僕はとにかく回数をこなしましたね。華道では「綺麗に生けられるようになるまで100回やらなければならない」と言われることがあります。例えば、ワンシーズンの稽古で水仙の花を生けられるのは一回程度なので、単純計算すると水仙をうまく生けられるようになるまで100年かかることになります。
ほかにもコスモスや椿など様々な花がありますが、数回だけの練習しかしなければ全ての花を綺麗に生けられるようになるまで何千年もかかってしまいますよね。なので、僕は若い頃に水仙の花を100回生けました。単に100回やればうまくなるということではありませんが、「どうやったらうまく生けられるか」ということを常に考えながらやっていましたね。それは料理にも言えることで、料理に対しても常に考えながら仕事をするよう意識しています。
ーーー日本料理は料理以外の側面も大きいですよね。
日本料理とは日本文化の一つなので、料理以外にも掛け軸や器のことなど全てのことを知っていないと日本料理人とは言えないかなと思います。当然、お客様はおいしいを求めて来てくださいますが、その中でなぜ10万円近くするディナーをご提供する当店が満席になるのかというと、おいしい以外にも何か感じていただけるものがあるからだと思います。東京での店舗展開を含め、これまでの成功を振り返ると、やはり20代の頃から「おいしいだけではいけない」と思っていた僕の考えが合っていたんだと実感します。これまでやってきたことが結果としてお客様に伝わり、決して安くないお金を払ってでも、また来たいと思ってお越しいただけているのは本当にありがたいですね。
また、若い人たちにも様々なことを勉強してもらい、日本文化を身につけてからきちんとした日本料理を作り、将来自分の店を持ってほしいと思いますね。みんな頑張ってくれていますが、さらに一歩二歩進んで考えられるようになると、より成長していけるのかなと思います。その中で、志ある人が当店を継いでくれたら嬉しいですね。
ーーー料理の見た目で意識されていることはありますか?
食材の色や大きさは大切です。料理の見た目がいくら良くても、お客様の口に入った時に食べづらいといけないので、口にした時にも食べやすい大きさで美しく盛り付けることを意識しています。また、器に関しては桃山時代のものなど古いものを取り揃えています。器はこれまで自分がこつこつと収集してきたほか、ありがたいことに「山岸さんならこの器を大事に使ってくれて、料理でこの器を生かしてくれる」と期待を込めて譲っていただくこともありました。
麻布台ヒルズ店は6席しかないのですが、その理由には世の中に5〜6枚程度しか残っていないような「一流」と言われるものを使ってお客様に料理をご提供したいからです。麻布台ヒルズ店の器は桃山時代のもので全て統一しており、中には一皿500万円近くするものもありますし、博物館に展示するので貸してほしいといわれるような器を揃えています。
ーーー器へのこだわりも強いのですね。
当店のカウンター前に飾っている器は朝鮮の白磁の器です。ヘラで面取りして焼くだけのシンプルなものなので、実は結構偽物も多く出回っていたりしますが、これまで器をたくさん見てきたので、陰影などで「これは本物で間違いない」と判断できたりしますし、美術館に納めている古美術商など間違いのないところから仕入れるようにしています。
良い器を見分けることはなかなか難しいですが、何回も見たり、知見のある方に教えていただくことで、本物を見分けられるよう鍛錬しています。例えば400年前の明の時代のものは、高台の周りに砂がついていたり、青いコバルトの色が混じっていたりするなど、注意して見るべきポイントがあります。唐津焼はざっくり作られている器なので偽物が作られやすいですが、本物を知っていると偽物を見た時に違いがすぐに分かるので、これまでの経験が役立っていますね。
ーーーお客様に料理を提供する際に意識されていることはありますか?
僕は特に温度に気を配っていて、熱すぎずかつ冷たすぎないよう意識してご提供しています。野菜のおひたしであればご提供する10分位前に常温に出しておきます。熱い料理に関しては熱すぎるとそれだけで旨みを感じにくくなってしまうので、少し温度が落ち着いたタイミングでお客様にご提供できるよう心掛けています。
また、物を取る時や器を引く時の手の仕草への意識は茶道の経験も活きていると思いますが、綺麗に見せようというよりは、「お客様がお食事をしている流れを邪魔しないように」と心掛けています。やはりお客様が心地良く過ごしていただけるような空間づくりが大切で、いらっしゃるお客様の好みなども把握しながらお客様を喜ばせたいと思っています。若いスタッフたちも話をするのが好きで、それぞれのキャラクターを活かしてお客様を楽しませてくれていて、お客様との会話も和やかに盛り上がっています。
ーーー今後の展望について教えてください。
グループとしては、これから新しく焼鳥屋を出店予定です。やま岸ブランドは価格帯が高めというイメージがあると思いますが、焼鳥屋では良い食材にこだわりながらも価格を抑えていきたいと思っています。
また、僕自身でいうと将来は小さい町屋の茶室でおもてなしができる空間を京都に作れたら良いなと思っています。東京の店舗に行く際は陶芸工房で先生に唐津焼を習っていて、実際に自分で作陶するようになってから、なぜ桃山時代の陶工がこの器の淵を曲げているのかだとか、その器ができた背景や意味を深く知れるようになったので面白いですね。書道や絵を描くことも好きで続けています。
ーーー最後に、山岸様にとって「おいしい」とは?
味だけでなく様々な要素が総合的に組み合わさることで「おいしい」が成り立っていると思います。日本文化における美的センスやバランス感覚、おもてなしの心など全てを身につけてこそ、本物の日本料理がご提供できると思います。僕は最初の店のオープンまでに時間はかかりましたが、そこからすでに8店舗ほど展開しています。単に味だけを追求したわけではなかったからこそ、このスピード感で進められているという自負があります。「本質的なおいしさ」を生み出すための道には終わりはなく、常に新しい料理を作り続けながら、これからも上を目指して頑張っていきたいですね。
京都中心街の喧騒から少し離れた場所に佇む、130年前の長屋を改築した趣のある京町家。暖簾をくぐった先、茶室の庭の「露地」に見立てたという細長い石畳のアプローチに期待が高まる。茶室をイメージしたという店内には美しい白木のカウンター席が奥まで伸び、山岸氏の細やかな気配りが行き届いた空間が居心地良く、時が経つのを忘れてしまいそうになる。書道や陶芸にも親しみ、芸術的素養の豊かな山岸氏の感性がこれからどのように料理に昇華され、京料理の伝統にさらなる新しい風を吹かせていくのか、乞うご期待。
取材・文 / 佐田 優佳
撮影 / 中岡 あずさ
Questo ristorante di fama offre piatti di cucina giapponese che fondono la tradizione di Kyoto con la creatività moderna. Proseguendo lungo l'approccio lastricato, si apre uno spazio tranquillo in stile giapponese ispirato a una sala da tè. Questo luogo, dove ogni visita offre una nuova esperienza culinaria, continua a incantare molti buongustai.