凛月
リンゲツ / Ringetsu
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季節料理を堪能できる町家風レストラン
評価
口コミ
メニュー
坪庭を望む個室を2名様~8名様で個室としてご利用いただけるプランです。 当店で最も人気のある京情緒溢れるお部屋です。一部屋しかございませんので、一日一組限定の特別なプランです。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 特別なシーンで特別な方とお楽しみください。 会席『凛』と同じ品数ですが、使用する食材が高価なものになります。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 一汁三菜はもとより、目に鮮やかな八寸、創意を凝らした揚げ物、肉料理まで揃えた、会席料理のフルコースです。どのようなシーンにおいてもお喜び頂けるものと自負しております。 厳選した旬菜・旬魚を使い、丁寧な手仕事をお約束いたします。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 ひと目で季節を味わえる八寸から始まり、厳選された天然食材に手間暇を掛けた向付、焼き魚、炊合せといった日本料理のメインとも言える三菜、創意を凝らした揚げ物、これらに黒毛和牛の料理を加えています。質、量ともに充分な献立にしております。ご飯物には魚沼産のこしひかりを一組様ごとに炊いています。羽釜炊き特有の香りも楽しんで頂けます。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 ボリュームを抑えたコースです。会席『月』から肉料理を除いた内容です。その他の料理は概ね月コースと同じ内容です。ご年配の方や少食のお客様にお選びいただいております。また、お昼の会席料理としては十分な量があると思います。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 ボリュームの少ない「四季」コースに、お好きなドリンクが3杯ついたプランです。お一人当たりのドリンク注文数が平均3杯というデータがありますので、便利かつ公平なプランではないかと思います。お酒好きには50種類ほど、お酒を飲めない方にも30種類ほどのソフトドリンクを用意しております。 「四季」コースはボリュームを抑えたコースです。会席『月』から肉料理を除いた内容です。その他の料理は概ね月コースと同じ内容です。ご年配の方や少食のお客様にお選びいただいております。また、お昼の会席料理としては十分な量があると思います。
【京料理+黒毛和牛】 会席『月』コースにお好きなドリンクが3杯ついたプランです。一人当たりのドリンク注文数が平均3杯というデータがありますので、便利かつ公平なプランをご用意しました。お酒好きには約50種類、お酒を飲めない方にも約30種類のソフトドリンクを用意しております。 ひと目で季節を味わえる八寸から始まり、厳選された天然食材に手間暇を掛けた向付、焼き魚、炊合せといった日本料理のメインとも言える三菜、創意を凝らした揚げ物、これらに黒毛和牛の料理を加えています。質、量ともに充分な献立にしております。ご飯物には魚沼産のこしひかりを一組様ごとに炊いています。羽釜炊き特有の香りも楽しんで頂けます。
全てのお客様に完全個室をご用意しております。 【当店の看板コース】会席『凛』コースに、お好きなドリンクが3杯ついたプランです。 お一人当たりのドリンク注文数が平均3杯というデータがありますので、便利かつ公平なプランではないかと思います。 お酒好きには50種類ほど、お酒を飲めない方にも30種類ほどのソフトドリンクを用意しております。 一汁三菜はもとより、目に鮮やかな八寸、創意を凝らした揚げ物、肉料理まで揃えた、会席料理のフルコースです。どのようなシーンにおいてもお喜び頂けるものと自負しております。 厳選した旬菜・旬魚を使い、丁寧な手仕事をお約束いたします。
【特別会席】会席『京』コースに、お好きなドリンクが3杯ついたプランです。お一人当たりのドリンク注文数が平均3杯というデータがありますので、便利かつ公平なプランではないかと思います。お酒好きには50種類ほど、お酒を飲めない方にも30種類ほどのソフトドリンクを用意しております。 全てのお客様に完全個室をご用意しております。 特別なシーンで特別な方とお楽しみください。 会席『凛』と同じ品数ですが、使用する食材が高価なものになります。
食用菊は伝統的な食材で、古くは江戸時代から栽培され、食用として親しまれてきました。画像の菊は大菊の品種で、紫色のものが新潟県産、黄色のものが山形県産です。この二県に青森県を加えた三県で、全国の大菊生産量のほぼすべてを占めているようです。食用菊には品種名とは別に一般的な呼び名があり、新潟では「かきのもと」、山形では「もってのほか」と呼ばれている品種があります。「かきのもと」は生垣や柿の木の根元に植えられていたことに由来し、「もってのほか」は天皇家の家紋である菊の花を食すとは“もってのほか”だという逸話に由来するとも言われています。下処理はとても簡単です。苦味の強いガクを除き、花弁だけにする。少量の酢を入れた湯でさっと湯がき、水に晒して水気を絞る。料理ではお浸し、和え物、酢の物などに用いられ、火入れすると香りは飛びますが、生食だと香りを楽しむこともできます。沸騰した湯に菊を入れると、瞬く間に清々しい香りが立ちのぼり、気分がリフレッシュします。湯がき終えてざるに取り、水に晒しながら味見のために少量を口に含むと、小さな花弁が幾重にも重なっているため、噛むたびにずれが生じ、「むぎゅむぎゅ」とした独特の感覚が生まれます。この感覚を繰り返し味わっていると、ある時は新雪を踏みしめる情景が、またある時は神社の境内に敷き詰められた丸みを帯びた小石の上を裸足で歩き、足指で石を掴みながら音と感触を楽しんでいる情景が思い浮かぶことがあります。そしてその時は決まって、心身が洗われたような新鮮な気分になっているのです。よく考えてみれば、これらの体験で得られる感覚は、人が新しい経験をする際に感じる清々しさとよく似ています。菊を噛むこと、新雪を踏むこと、小石の上を歩くこと、新しい経験をすること──いずれにも、確かさと不確かさが同居しています。私には以前から一つ疑問がありました。それは、観賞用の菊には多くの色があるにもかかわらず、食用菊はなぜ主に黄色と紫なのか、ということです。緑系統は葉物の多い季節には不要だとしても、白や赤であれば料理でも重宝し、見慣れれば違和感もないはずです。そう思い調べてみると、一つの科学的に証明された事実を知りました。それは、黄色と紫は人の目にとって最も解像度の低い色だということです。
科学的な研究内容を以下に補足しておきます。・黄色は L錐体(赤)と M錐体(緑)の“差分”が取りにくく、輪郭が曖昧になりやすい・紫は S錐体(青)+L錐体(赤)の混合知覚で、S錐体の空間分解能が低いさらに、① 視界の中央部分は解像度が高くよく見えるが、周辺に近づくほど解像度は下がる。② 人の脳は、解像度の下がった部分を無意識に想像で補っている。という事実も組み合わせて考えると、黄色と紫は人を無意識に想像活動へと誘いやすい色なのではないかと思うようになりました。私が食用菊を味見しながら過去の経験を思い出したのも、この影響があったのかもしれません。これまでこの欄で紹介してきた料理や食材から得た感覚には、いずれも「何かしら情報が欠けている」という共通点があります。初めての料理、薄味の料理などがその例です。人は情報が少ない時、無意識に蓄積された記憶から想像で穴埋めをする──そんな話をどこかで聞いた記憶があります。これを踏まえ科学的事実に心理学的解釈を融合させると、これから冬を迎え、白と黒の無彩色の世界を過ごす北国の方々にとって、黄色と紫は「想像という色彩」であり、明るさと暗さだけを繰り返す日常に色を補ってきたのではないかと思えてきます。江戸時代から食用菊に関わってきた人々も、菊の色・香り・食感の組み合わせを一つの“味”として捉えていたのではないでしょうか。少なくとも私たちは、菊の持つ特徴に着目し味わう時間さえ持てば、独自の物語を無意識に編むことができます。「第六感=想像の働き」によって紡がれた物語は、塩味・甘味・酸味・苦味・旨みに勝るとも劣らない“味”なのかもしれません。
石垣豆腐は玉子豆腐から派生した料理の一種です。ばらした魚の卵を砂や土に見立て、賽の目に切った長芋を石に見立て、全体として石垣に見えることからこの名が付いています。季節によって具材を変えることもできます。ばらした魚の卵と野菜は、同量の酒と出汁にお吸い物程度の塩を加え、緊張感が和らぐ程度の砂糖を足し、気分が華やぐように包んだ鰹節を入れて煮含めます。あとは玉子豆腐と同じ要領で作ります。この料理は修業時代に勤めていた料亭で料理長から教わりました。料理長は手が空くと、寸暇を惜しむように頻繁に献立にない料理を作る方でした。私はこのような新しい料理を覚えるために、仕込みを少しでも早く終わらせたものです。その時は画像の具材ではなく、鯛の卵と里芋を使いました。料理長に指示されてこの料理を作っていくと、普通の玉子豆腐の何倍もの工程に気が遠のくような印象を受けました。それは、料理長がこの料理の全体像を説明せず、順次工程だけを指示していたことも要因の一つだったと思います。ですので、作っている最中は自分が何を作っているのか分かっていませんでした。しかし当時は多くの料理長がこのようなスタイルだったと記憶しています。私はどちらかというと、全体像やゴールを見定めてから作業を進めたい性分ですので、指示されたことのみに集中して盲目的に作業を進めるやり方はとてもやりにくく感じました。しかしその分、完成させた後、一人前ずつに切り分け器に盛った際には、大きな感動を覚えたものです。玉子豆腐の底に沈んだ桜色の鯛の卵。これと重なり、或いは食い込むように積みあがった里芋の切り立った断面。それらを包む玉子地の羽毛のように柔らかな色合いと、エッジの利いた断面。堅牢で緻密、まさに塗り固め積み上げた「壁」。この印象を言葉にできない私は、喉元に閊えるものを憶えながら料理長に料理の名前を尋ねました。料理長は静かに力強く、「鯛の子と里芋の岩石流し」と答えてくれました。その瞬間、目の前の光景が俄かに明るさを増し、溶岩が流れる様子や、防戦のために城壁から岩が転がされていく光景が頭に浮かんだことを鮮明に覚えています。そして、このような複雑な工程と力強い印象のある料理を自分が覚えられたことで、未来が拡がっていくような気分になったものです。
料理長が試食用に小さく切ったものを口にすると、鰹節と酒の華やかな香りが瞬間的に視界の明度を上げ、甘みと柔らかな玉子地の食感によって体中の緊張がゆっくりとほぐれていきます。里芋のねっとりとした食感と口の中でばらけていく鯛の卵の賑やかな動きが、物事が良い方向に拡がっていくように感じさせてくれました。後々、幾つかの専門料理書でこの料理の名前が「石垣豆腐」であること知るのですが、当初は少し物足りなく感じ、自分の店を持った後も暫くは「岩石流し」と説明していました。しかし店の経営にも慣れ、力みが取れ、物事を客観的に見る目が少しずつ身についてきた頃、確かに「石垣」の名がしっくりくると感じ始めました。会席料理や懐石料理には複雑な料理が多く、それらの多くは初めて口にするものかと思います。よく知る料理であれば、比較することで容易に味を表現することができますが、初めて口にする料理ではそれができません。感想を持とうにも戸惑いを覚えるばかりでしょう。しかし、比較できないからこそ、感想を言葉にするために体の反応を見る感覚が鋭くなっていきます。体の反応を客観的に見たり、或いはその反応を主観的に捉え直すことで、言葉にすることができるようになります。そしてその反応は人それぞれになります。修業時代の私は言葉に詰まりましたが、料理長の「岩石流し」という表現に強く共感できました。見習いだった私はとにかく逞しさや確かさを求めていました。きっと私と料理長は同じ景色を見ていたわけではないと思いますが、重なる部分が多くあったのではないかと思っています。この石垣豆腐は後年、割烹料理店で修業を重ねている時に、練習のために鰆(さわら)の卵を使ってまかない料理で作った際、親方に突き出しに採用された思い出深い料理でもあります。ですので当店では、その時々の季節の魚の卵を使い、年に何度か作ります。何度か来店いただければ、そのうち目にすることもあるかと思います。皆さんがこの料理を目にし、味わった時、どのような反応が体に生まれるでしょうか。そして、その反応によってどのような景色が胸の内に立ち上がってくるでしょうか。感覚と記憶が結ばれる、その一瞬に宿る小さな物語をそっと楽しんでいただければと思っています。
鯛は刺身や焼き物で使う上身ではなくアラ(骨の回りについている肉)を使います。多くの場合、捨ててしまう部分です。簡単な料理説明としては、魚のアラからせせった身やくず野菜を練り込んだ固めの玉子豆腐になります。作り方はアラからせせった身をすり鉢で良く擦り、卵と出汁を加え溶き延ばしていきます。味を付け、好みのくず野菜を混ぜ、流し缶に入れ蒸します。次に蒸した玉子豆腐の表面に卵黄を塗り、火が入りすぎないよう焼きます。卵黄は焦げやすいので塗って焼く工程を何度か繰り返します。その度に卵黄が厚みを増し、玉子豆腐の表面に見える鯛の身やくず野菜の色が見えなくなっていきます。この工程が蠟燭作りに似ているため、この焼き方を「蝋(ろう)焼き」と呼んでいます。卵黄の明るい黄が厚く塗り重なると、仕上げに味醂を塗り照りを出します。 御香典を包むために使われる袱紗は実際にはお金を包むものですが、本質的には大切な気持ちや感覚を包むものと言えるでしょう。この料理も同様に玉子と出汁という袱紗でアラや季節のくず野菜を包んでいます。そして本質的には「もったいない」という感覚を包んでいるのではないかと感じています。昔、この料理を作りこの名を付けた人がどのような気持ちや感覚を包み込んだのか、実際にはこれを推し量ることは難しいですが、時と空間を跨ぎ、誰かに手渡したかったものがあったのだと思います。そして袱紗に柄や刺繍を施すのと同じように、卵黄を何度も塗り重ね、艶を鮮やかに出し、「ここに大切なものが包まれている」ことを表象させ伝えたかったのかもしれません。
夏の夜が幾分過ごしやすくなる頃に供する際、この琥珀卵を中秋の名月に見立て「月見卵」と呼び、食卓に然を写し、麗しき秋を忍ばせます。濃醇な味、完全と輪廻を表す球体、悠久の琥珀色に憶える嫋やかな余韻には、実りの秋の夜長を過ごしているかのような奥床しさを感じます。
鶉のゆで卵をクチナシの実とともに湯がいて濃い黄色に染めます。白味噌、奈良漬の味噌、酒、味醂で味噌床を作り、ここに漬け込みます。出しガラ昆布をかたどって萼に、乾燥昆布を細く切り出して枝に見立てます。修業時代には料理に使うための季節の葉を週一ほどのペースで取りに行きました。12月は柿の葉になります。中旬にもなると殆どの葉は散っています。曇天に灰褐色の幹を遠目に見ると黒っぽくも見えます。その痛々しい姿が先の見えない修業に対する焦りと不安を思い出させるようで、心に冷やりとした隙間風を吹かせたものです。鮮やかな色の葉を散らした柿木は寂しくも侘しくも見えますが、見方を変えると、大地を轟々と突き破り何かを掴もうと、掌を力強く広げているようにも見える時がありました。この「確かな」感じ、この「揺るぎない」印象をどこかで見た記憶があると感じたものです。後年、昆布出汁と鰹出汁を比較している時に漸くこの事に解を得ます。この印象は以外にも昆布に感じた印象と重なっていることに気付きました。袋を開けると一気呵成に力強く感じられる鰹節は気分を恍惚とさせますが、その感覚の記憶は淡く、また鰹出汁自体の劣化も早いという特徴があります。それに比べ、昆布の味と香りは見た目通りのんびりと頼りなく感じられますが長保ちします。長期的に見た場合、昆布出汁の方が「確か」であると気付かされたのです。この料理を作るのは、このひと口にも満たない小さな料理が、山が眠り始め寒さが身に凍みる頃、物事を長い目で見る、そんな姿勢を思い出させてくれるからです。
作り方は、裏ごしわらび1、くず粉1、昆布出汁5、酒1、塩ひと摘み、砂糖お好み、を練る。ラップに取り丸め、結んで氷水で冷やす。水物ではなく八寸の小鉢で提供していますので、昆布出汁ベースの旨酢をかけて提供しています。6月に入ると、赤わらびが魚沼から入荷し始めます。赤わらびとは生の状態で赤黒や赤茶を帯びたわらびを指し、日当たりの少ない山奥で採取されます。一方、5月上旬から入荷していた青わらびは、日差しの強い山の麓で採取されるもので、名残の季節を迎えます。そのため、山菜採りの農家が山奥へ分け入っていく様子が目に浮かびます。この赤わらびは容器に入れ藁灰をまぶし、熱湯を注ぎ密閉し、4時間ほど置いておくと、一本ずつ或いは部分ごとに色は異なりますが、緑青、赤紫、青紫など元々の色に従ってメタリックな艶めかしい色に変わります。この色の出たわらびをミキサーにかけ、裏ごして使います。味や風味において、馬鈴薯の粉やわらび粉を使った一般的なわらび餅との違いはとても淡いものになりますが、仄かな苦味が爽やかに感じられるのではないかと思います。また色は画像のような青みがかった緑になります。この青みがかった緑が、梅雨を迎えるこの季節、里山で生きる人々の目に映る山奥の景色を写し取っているように思えます。何故、そのような連想を抱くのか。この赤わらびの葛豆腐のような「濡れた光」を放つものを目にする度に、淡い疑問が心に積もってきたように思います。当店の坪庭もこれに似ています。新緑の季節が過ぎ、様々な樹木が枝を伸ばし青々と葉を茂らせる姿は深い森の中を連想させます。雨が降ると殊更、葉や苔の緑が深く感じられます。そして、雨上がりの日射しが空を覆う樹木を透かし、雨露に濡れた苔を差す時、この赤わらびの葛豆腐のように濡れた光を乱反射させます。濡れた光を放つものを見ると、ひと目では焦点が定まりません。対象の輪郭が容易に捉えられないからでしょう。しかしこの僅かな「間」が、人の想像を膨らませる余地を生んでいるのではないかと、今では感じています。透明な葛豆腐、ゼリー寄せ、煮物椀、みずみずしい造り。或いは琥珀、濡れた瞳、SLの塗装、水槽の金魚、ジョジョの奇妙な冒険の画風、そして雨上がりの森の中。これらは皆、潤いの満ちた感覚を憶えさせ、時間への飽くなき渇きを満たしてくれるかのように感じられます
玉蜀黍(とうもろこし)豆腐は、胡麻豆腐から派生した料理の1つです。こうした派生料理は他にも数多く存在します。例えば、小売店でよく見かける落花生豆腐、黒胡麻豆腐、胡桃(くるみ)豆腐など。さらに、30年前の専門料理書には、アスパラガス、トマト、うすい豌豆、空豆、魚の白子、枝豆などを用いた豆腐も紹介されており、実に多彩です。当店でも、これらに加えて独自のアレンジを加えた豆腐を提供しています。たとえば、バターナッツ南瓜や新じゃがを使い、昆布出汁の代わりに牛乳と生クリーム、貝や海老の出汁を合わせたものなど、素材と調理法を工夫しています。こうした派生料理を時間軸で眺めると、徐々に味の濃い素材が用いられる傾向が見えてきます。玉蜀黍豆腐も、胡麻豆腐に比べて味が分かりやすく、親しみやすい料理です。さらに、唐揚げにすることで脂分が加わり、味が引き立ち余韻が長くなります。つまり、誰もが「美味しい」と感じやすい味へとシフトしているのです。・作り方まず、玉蜀黍を湯がいて包丁で実を外し、裏ごししてペースト状にします。次に、芯と昆布で出汁を取り、冷ました出汁に葛を溶かしてペーストを加え、練り上げます。下味は塩少量と淡口醤油数滴。練り上げた豆腐をパットに流し入れ、冷めたら切り分けて片栗粉をまぶし、唐揚げにします。煎り出汁は天つゆの半分ほどの濃度が目安です。もう少しコクが欲しい場合は、豆腐に練り胡麻を少量加えるレシピもあります。・味の記憶と感動現在は、身の回りの料理の味付けが濃くなっている傾向がありますので、皆さんがどのように感じられるかは分かりません。ただ、私がこの玉蜀黍豆腐を初めて自作し、味見したのは20年ほど前のこと。そのとき、「これは間違いない!」と確信できるほどの感動がありました。当時、勤め先で料理長をしており、玉蜀黍豆腐を小さく切って300円の突き出しとして提供していました。お替わりを重ね、パット一枚分を召し上がったお客様もいらっしゃいました。・裏漉しという荒行しかしこの玉蜀黍豆腐は、作り手にとって非常に手間のかかる料理です。想像していただけるかもしれませんが、とうもろこしをミキサーでペーストにすると繊維が混じり食感が悪くなります。
更に、繊維が多いと甘味が薄れます。そのため、甘味の割合を最大化するには、徹底した裏漉しが必要です。出汁を取る際に芯を使うのもこのためです。この裏漉し作業は、当店で提供する饅頭料理や練り物料理で頻繁にしますが、これらの中でも最も力を要します。きめの細かい百合根以上の力が必要で、20本のとうもろこしを裏漉すには約2時間を要します。工程は単純ですが強い力が要ります。裏漉しの網の上にとうもろこしを載せ、宮島(しゃもじ)で網目を通すように、背中・肩・腕・手首に力を込めて引きながら捻る、あるいは押し込みながら捻る。この動作を無心で繰り返すのみ。まるで座禅ではなく、荒行のような時間です。外部環境を意識せずに済む環境の中で、自分の内から起こる思考、感情、感覚を遮断し、眼の前だけに意識を向け続ける。まさに「今、ここ」と向き合う時間です。・甘味と感情の余韻甘味は人の緊張を和らげてくれます。無心で取り組む中で、「自分が注いだエネルギーが、その分だけ人をリラックスさせるのではないか」という無意識の想像が頭をよぎり、不思議な気持ちになります。私たちは細やかな感覚のやり取りをしているのだと、改めて気づかされ、普段はこのような細かな感覚をまとめてやりとりをしているのだとも気付かされます。とうもろこしには、ショ糖(グラニュー糖や上白糖に相当)より甘味の強い果糖、逆に弱い麦芽糖やブドウ糖など、複数の甘味物質が含まれています。この多様な甘味が、急斜面を駆け上がり、なだらかな裾野をゆっくり降りてくるような味のリズムを生み出します。これは、神経が強い刺激を早く短く、弱い刺激を遅く長く感じる性質によるものです。更に研究によれば、感情は神経の動きとは逆の動きをするとされます。つまり、強い感情には長い余韻があり、弱い感情には短い余韻がある。多様な甘味を持つ玉蜀黍豆腐は、強い感情と長い感覚的余韻をもたらすのだと思います。そして、具体的な方向へと派生した玉蜀黍豆腐の中に、胡麻豆腐にも劣らない淡い甘味が残されていたという事実も、興味深く感じられます。近年、夏は長く続きます。緊張感を保ってきた皆さんの心身に、この玉蜀黍豆腐が少しでも効果的なリラックスをもたらせれば、これほど嬉しいことはありません。
出汁の取り方。同量の酒と水を鍋に入れ(蛤が浸かる程度)、そこに昆布と蛤を入れ火にかけます。沸騰して蛤が口を開けると取り出します。この鍋に残った汁(蛤の出汁)のアクを取り除いてから濾し、鰹と昆布の合わせ出汁に足します。数滴の淡口醤油と適量の塩で味付けします。注意点としては蛤の出汁が濃い場合、渋味が強く感じられますので、合わせ出汁に足す分量を調節する必要があります。 この蛤の渋味の原因は恐らくコハク酸といううま味成分です。コハク酸の味は酸味と渋味からなるうま味です。市販のうま味調味料をそのまま舐めるとえぐい、不味いと感じ、舌が自然と収斂するように、うま味にはそれぞれに美味しく感じる濃度があるようです。グルタミン酸を主成分とした粉末状のうま味調味料を直に味わった際の収斂作用に比べると、酒と水に抽出されたコハク酸による収斂作用は強度は強いが持続時間が短いのが特徴的です。 因みに、神経の基本性質としては長時間の刺激は短時間の刺激に比べてより弱い刺激で興奮されます。これは強さ時間曲線(Strength-Duration Curve)というものでグラフで表されるようです。蛤は春が旬となります。そのため、歓送迎会や退職、卒業祝いなどの席で、この料理が提供されることが多くなります。それらの催しを目にすると、ふと自分自身の過去を振り返り、まだ雪の残る寒い季節に、来る日も来る日も卒業式の練習を繰り返した日々が思い出されます。親しかった先輩がいなくなること。今は大きく見える彼らが、より大きな世界へ旅立っていくこと。そのことを思うと、体育館の景色はどこか暗くぼやけて広がり、逆に自分の体は締め付けられるように縮こまり、心がひときわ白く浮かび上がるように感じたものでした。目は景色の陰りをとらえ、肌は鳥肌の予兆を覚え、鼻と口は変化への渇きを感じ、耳は体育館に響く振動の落差を拾い、景色はただただ、厳粛さと悲しみと淋しさを伝えてくるのです。練習を終え、出口から差し込む外光を目にすると、現実へ解き放たれたような感覚と安堵が広がります。体育館の出入り口は、異なる世界への入口のように思え、快さを覚えた時と場所に後ろめたさを感じつつも、やがて忙しない人の波に押されるように歩みを進めていきます。そして感覚が伝えてくる微細な情報、あるいはその情報を読み取る機能を、人波の中で見失うことへの恐れ。
そこに野性的な危機感を抱きながら、教室へ戻ると、日常へと引き戻されていきます。しかし繰り返し行われる練習の過程で、やがて別れは人生の常であり、そういうものだと受け止められるようになりました。それは、長時間の練習で疲れ、体から熱が失われ、力んでいた主観的な意識が力みの無い無意識へと切り替わる過程で反射的に感じられるのです。言わば、主観から客観への切り替わりなのかもしれません。艶やかな深緑の葉が冬を越え、やがて黄ばみ、音もなく舞い落ちることのように。 千枚剥がしと呼ばれる雲母の結晶が、風雨にさらわれて消えていくことのように、ありのままに自然と受け止められるようになったのです。これを思うと、日常の中でふと現れる「現実感を伴わない感覚」、或いは「客観」が、喪失から主観的な悲しみと淋しさを取り除く機能を備えており、適切にデザインされた感覚情報が人にもたらされた時、その役割を果たすのではないかと感じます。蛤の出汁に含まれる渋味と酸味から成るうま味は、感知する速さを基に説明すると、渋味→酸味→うま味の順に流れてきます。この流れが春に繰り返される別れと旅立ちの物語を連想させます。渋味の舌を収斂させ喉につかえるような感覚は、別れという現実を受け止めようとする心の動揺と重なり、酸味の熱が引いていく感覚は、悲しみがじわりと体に沁み込んでいく細く冷たい感覚と響き合います。故に私は蛤の出汁を鰹と昆布の合わせ出汁で割り薄めることで、客観的に、少し離れて感じられるデザインを施し調和させます。つまり悲しみと淋しさをうま味でそっと包み込み、全体として複雑でありながら、調和のとれた味わいに仕上げるのです。こうして、人生の過程に時折訪れる大きな痛みを、自然の摂理の一部として少し遠くから見つめ、新たな環境を迎える喜びを穏やかに味わっていただけたらと思っています。蛤のお吸い物を仕上げ、その小さな世界を眺める時、冬と春の境目、そして人生の境目がふと重なるように感じられます。加熱によって蛤から生まれた白い出汁はお椀の中で薄くたなびき、物事の区切りをやんわりと暈しているかのようです。それはまるで、しげる東山を紫紺に隠し、鴨川の陽光のきらめきを柔らかく包み込む春霞のように。そしてまた、この霞がかった佇まいの中に、この世界が醸すひとつの美しさ、「慈悲の構造」を垣間見た気がするのです。
新潟県、北魚沼から届いた極太の干しぜんまいを丁寧に戻していきます。一晩水に漬けてふっくらと戻し、一昼夜かけて湯がきます。その後一晩、水に晒して雑味を除き、油揚げで巻き、干ぴょうで結びます。次にたっぷりの出汁を使い、さらに鰹節を足して一昼夜掛けて炊いていきます。味付けは淡口醤油と砂糖のみですが、鰹節の豊かな香りとうま味が感じられる伝統料理です。まず、ぜんまいというのは春に採取される山菜のひとつです。山菜の多くが生の状態で出荷されるのに対して、ぜんまいは加工品になります。一度、天日で干して、干したぜんまいを手で良くもんで柔らかくしなければなりません。これらの作業は農家の方がされます。私たちはこの干しぜんまいを使い、時間を掛けて料理します。次に、信太煮の由来について説明しますが、これは大阪・信太山にまつわる葛の葉伝説に由来します。およそ1000年、語り継がれる葛の葉伝説は、大阪の信太の森を舞台にした物語です。安倍保名(あべのやすな)は、狩人に追われていた白狐を助けます。その後、彼は葛の葉(くずのは)と名乗る女性に看病され、やがて恋に落ち、一児の童子丸をもうけます。しかし、童子丸が5歳の時、母である葛の葉の正体が白狐であることが明らかになり、彼女は姿を消します。別れの際、障子に「恋しくば たづねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」と詠んだ和歌を残しました。後に、童子丸は安倍晴明となり、陰陽師として名を残します。この物語は浄瑠璃や歌舞伎、料理では信太うどん、信太寿司、信太煮などで知られ後世に伝えられてきました。料理に関しては油揚げが使われる料理が信太山の葛の葉伝説に因んで信太の名を冠することがあります。これは狐の好物が油揚げだとされているためです。味や味わい、形については、狩人に追われた苦い経験と家族との別れをぜんまいの苦味の強さ、また下処理と料理の手間暇で表し、幸せだった家族生活をたっぷりの砂糖と鰹節のうま味が沁み込んだ好物の油揚げで表しているのでしょう。拭い去れない苦い経験が家族愛で包み込まれた様が、画像の料理の形にされて、この物語の中にある様々な感覚を現代に伝えているのではないかと感じます。今では目にする機会は減りましたが、当店では晩春から初夏にかけて、干しぜんまいが手に入る季節には、手間を惜しまず、この料理を作り続けています
名の由来は酪農発祥の地とされる嶺岡牧場から。日本料理では牛乳を使った料理に嶺岡、峰岡の字が冠されます。使用食材は牛乳、生クリーム、少量の料理酒と塩と淡口醤油、くず粉。胡麻豆腐の昆布出汁と胡麻の代わりに牛乳を使ったパターンであると捉えれば分かり易いかと思います。作り方も胡麻豆腐と同じ要領ですが、練る時間が異なります。約3倍の時間を掛けて練りますので、もっちりとしてコク深くクリーミーになります。それでも胡麻豆腐に比べて味が蛋白ですので食感に具体性を持たせたのではないかと想像しています。またそれ故に先付にも水物にもなる二面性を持った料理でもあります。昔は牛乳は体に良いと言われていましたが、最近では異なり、牛乳の糖質である乳糖に対する耐性が加齢とともに減少することから大人は消化吸収しづらいとされています。これを乳糖不耐症といいますが、その割合は日本人では85%とも言われています。このことは牛乳と日本人の因果を表しています。一方で相関についての研究を耳にすることが少ないように思いますので、個人的な研究結果を記し、料理を楽しむにあたり新しい視点を提供できればと思います。ただこれは個人的な研究ですので成果は保証できませんし、個人差の面からこの研究結果を実用化できる方は限定的であると思います。以前、私は牛乳を飲むとお腹を壊すことがよくありました。幼い頃は背を伸ばすために、店を持ってからは賞味期限の近いものを勿体ないと感じて、また栄養があるからといった理由で飲んでいましたが、結果的にお腹を壊してしまうことが多かったのです。さらに匂いが気になるため、冷えた状態の牛乳を一気に飲むという習慣も影響していたのかもしれません。ある時、心を落ち着かせてゆっくり味わいながら飲むとどうなるのだろうかと何気なく思い立ち、意識と飲み方を変えた結果、気づけばお腹を壊さなくなっていました。それ以来、牛乳でお腹を壊すことがなくなった理由について思い出しては考えるようになり、以下の仮説に至りました。本来、飲食は消化と吸収を促進するために、副交感神経の働きを高める必要があります。副交感神経は、内部環境に対応して反応するため、交感神経が高まる頭脳活動や骨格筋の使用を避け、心を落ち着かせることでその働きを活性化することが重要だと考えました。この観点から、次の2つの側面を具体的に見ていきます。
一つ目の側面: 消化機能の改善 心を落ち着けてゆっくり味わうと、副交感神経が高まり、胃腸への血流が増えると考えられます。この変化によって、消化が難しい牛乳でも、胃腸の機能が高まることでお腹を壊さない程度に消化できるようになるのではないでしょうか。~対照的な過去の行動~ 一方、以前の私は目的を達成するために願いを呪文のように唱えながら、牛乳を一気に飲み干し、呼吸を荒げていました。この行動が冷たさで胃腸の活動を弱め、交感神経の働きを高めてしまっていたように思います。多くの血液が頭や心肺に集中する感覚があり、この状態ではむしろ消化吸収に不利な条件を作り出していたと考えられます。~自分と牛乳との相関を見直して~ 元来、大人の日本人は牛乳を消化・吸収することが難しいとされています。私自身も、そうした消化吸収が難しい状態を無意識に作り出していたと言えます。しかし、自分と牛乳の関係を見直したことで、栄養の吸収には確信を持てないものの、消化を助ける方法を見いだせたのではないかと思います。~意識の変化と内部環境の調和 ~ 「栄養がある」「価格が高い」「元気になれる」といった外部からの情報は、意識を外向きにし、社会的な評価基準に従った料理の選択を促します。これにより交感神経の働きが高まり、「闘争と逃走の反応」を誘発します。逆に、料理を口にした際に感じる臓器や感覚の変化そのものを楽しむことは、内部環境を知覚する行為です。その変化を興味深く感じられる人もおられるのではないでしょうか。私の経験を振り返ると、牛乳を飲むことがまるで戦いであったように思えます。具体的に見ていくと、意識的に頭で戦い、体は無意識に逃げていたと言えます。実感を伴わないことを深く認知するには想像に長い時間をかけなければ叶わないことが多いですが、経験を思い出すことは容易で、とても滑稽に感じられました。そもそも「ゆっくり食べる」、「落ち着いて食べる」ことは幼少期から教えられてきたことでもあります。この滑稽さを受け入れるには長い時間を必要としました。それは、私の場合は目的意識が強い分、大きな落差、つまり大きな相対性があったからだと思います。しかし、そうした過程を通じて私は、外部環境ばかりに意識を向けるのではなく、自分の内部環境に意識を向けることで得られる小さな冒険もまた良いものだと感じました。
胡麻菓子は、あまり馴染みのない料理ではないかと思います。私自身も修業先の料亭以外では、店でも本でも見かけたことがなく、いつ誰が考案したのかもよく分からない料理です。作り方は、水5・葛1・カラメル1・胡麻ペースト1の割合で合わせたものを鍋に入れ、火にかけて練り上げ、好みの固さになったら型に流して冷まします。仕上げに黒蜜をかけて供します。おおよそ胡麻豆腐と似た作り方ですが、材料にカラメルが加わる点と、割醤油ではなく黒蜜を合わせる点が異なります。近い料理としては、胡麻プリン、胡麻羊羹、胡麻餅、胡麻団子などが思い浮かびます。この胡麻菓子の美味しさは、カラメルのほのかな酸味のあとに続く甘味に黒蜜の甘味とコクが重なり、さらに胡麻の穏やかな香ばしさと苦味に、カラメルの力強い香ばしさと苦みが加わることで生まれる奥行きにあります。そこへ葛ならではの弾力と粘りのある食感が寄り添うことで、味わいが長く、力強く続くのだと感じています。私はこの料理がとても好きで、最近を除けば開店当初にも店で提供していました。しかし、提供したのは一度きりです。というのも、どういうわけか三〜四人に一人ほどの割合で残されて返ってきたからです。そこで、洋菓子や見た目の華やかなデザートのほうが好まれるのだろうと思い、素朴な見た目の胡麻菓子を長い間作らずにいました。最近になって再び作るようになったのは、この料理の良さを自分の言葉で説明できるようになったからです。味には、単なる「味の種類」だけでなく、舌や身体に生まれる“動き”として感じられる側面があります。その動きをベクトル(方向性とその強さ)として捉え直すと、苦味や甘味の性質がより立体的に理解できます。つまり、一般的には静的な性質として理解されている味を、動的な構造で理解するということです。例えば、苦味の強いコーヒーを飲んだあと、緊張によって舌が無意識に動き続けるような感覚は、「螺旋」の動きとして捉えることができます。また甘味は、甘いものを食べたあとに舌の側面が緩み、だらりと広がるような感覚が生まれるため、「左右」の動きとして捉え直すことができます。
生理学的には、緊張と弛緩という異なる反応、そして螺旋と左右という異なる方向性をもつ動きが同時に存在することが「矛盾」として感じられます。これが、強い甘味と弱い酸味で構成される一般的なデザートとは異なり、この料理の理解を難しくさせているのだと思います。しかし、この矛盾は私たちの日常にもあります。例えば、運動会で自分の競技は良い成績だったのに、最終的なチームの結果が振るわなかったとき、うれしさや喜びと同時に、口惜しさや落胆が胸の内に同居します。逆の場合もあるでしょう。いずれにしても、そこには緊張と弛緩、そして意識や身体の動きの方向性が異なる状態が同時に存在し、頭や体が痺れているのを感じるはずです。手足が動かしづらかったり、体が自分のものではないように感じられたり、耳が聞こえにくくなったりと、その痺れには部位や強弱の違いがあります。それぞれにより具体的な形容は可能ですが、これらを一段階抽象度の高い言葉でまとめるなら、「痺れ」という一語に収斂させることができるのではないかと思います。運動会の閉会式のときも、自宅への帰り道でも、また数日後にクラスで話題になったときも、その矛盾が胸の中に居座り続けていたのではないでしょうか。どう心の整理をつければよいのか、いくら考えても分からない。そして思い悩んでも解決しない。その「考え思い悩み続ける時間」こそが、私にはこの料理の美味しさに感じられ、またそこに人の営みに付随する「余情の美しさを味わう時間」でもあると感じています。この料理はまたいずれ、夜の長い季節に提供しようと考えています。その際はぜひ、この料理の動的な構造から浮かび上がる、痺れた景色を眺めていただきたいと思っています。「考え思い悩み続ける時間」。この時間にエネルギーを使い果たしたあとに見える景色。その「空っぽの私」から見える景色に、美しさを感じていただけるのではないかと思っています。
フランス産。アプリコットや洋梨の香り。しなやかな飲み口で丸みのある上品なストラクチャーが果実味と共にエキゾチックな風味を際立たせています。
フランス産。トロピカルフルーツのような甘い香りと仄かな樽香を併せ持つ、とにかく美味しい白。艶やかな味わい。
フランス産。ベリーやチェリーのエレガントな香り。熟した果実の風味から、ふくよかでバランスの良い味わいへ続く余韻も魅力。
スペイン産。パワーとバランスを兼ね備えた高品質の赤。フランス産の樽で八か月間熟成させています。
俳優、佐々木蔵之介さんの実家であり、洛中唯一の酒蔵が造る京都らしい個性のある日本酒。聚楽第跡の名水・銀名水 幻の酒米・京都産・祝 吟醸酵母・京の琴
柔らかな口当たりとほんのりした芳香。「はんなり」という表現が相応しい伏見のお酒。
辛口ならではの冴えわたる存在感と天然の酸味がもたらす爽快なキレ。奥床しいお米の余韻もお楽しみいただけます。
月の桂のなかでも最もポピュラーな純米酒です。食中酒に向きます。
透明感のあるすっきりとした味わいで万能食中酒。冷やでは穏やかな辛味とキレの良さ、燗では米のうま味が引き立ちます。
飲むほどに独特の軽さと深みが調和を醸し、癖になる旨さがまさに「やんわり」とした味わい。
洛中の名水・銀名水を使用。料理の味を引き立てる、すっきりとした辛口。何杯でも飲みたくなるお酒です。
仕込水は蔵の眼前に悠々とそびえる大江山連峰の「由良ヶ岳」中腹に流れ出る不動の滝の水を使います。この不動山水は超軟水でありながら甘口、辛口とも自在に醸せる不思議な水です。日本料理の出汁が鰹と昆布で調和をされることを鑑み、鰹を硬水の男酒、昆布を軟水の女酒と例えるならば、白嶺酒造の酒は正に女酒の代表です。その女酒は感情を大きく揺さぶるものではなく、時間をかけ無意識のうちに人をしみじみとリラックスさせます。白嶺酒造は創業1832年 江戸時代から続く伝統の酒蔵です。創業時に掲げた「地域社会への貢献」の理念は今尚受け継がれ、より一層強く受け継がれています。その取り組みに地域への収益の還元と地域社会の人々との商品作りがあります。自意識と乱雑さが増大していく社会にあって、この姿勢には不動の滝から悠々と湧き出る不動山水が多様な生命を育むように、揺らぐことのない概念の大なるものを感じます。白嶺酒造とは「再生の酒」を造る酒蔵です。
蔵元独自の、粗目に漉す製法で、米粒や米麹の粒子を残した、飲みごたえのある味わいです。
しぼったそのまま、一滴の水も加えない芳しく濃醇な旨み。杜氏が手塩にかけて育てた、男気が生きている、独特の風味が自慢です。
氷に負けない、香り高い本格原酒です。しぼったそのまま一滴の水も加えない、芳しい濃醇な旨みが特徴です。
しっかりと熟成された味わいが楽しめる本格原酒です。しぼったそのまま一滴の水も加えていなので、豊潤な飲み口で後味はまろやか。ひと夏タンクで寝かせ、味に深みと奥行きを持たせています。
飲み下した後の、引き締める様なDRY感!まさに辛口! 日本酒版のスーパードライ。何杯でも飲みたくなるお酒です。
言わずと知れた高知の雄、酔鯨。味わいは一気に広がる爽やかな旨みとピチピチとした酸味が個性的です。
飲みやすく、飲み飽きない。柔らかな口当たりと淡麗な味わい。冷やで良し、燗で良し、八海山を代表するお酒です。
ずばり、味のある辛口。原料米には蔵元の地元で育てた山田錦を使用。昔ながらの木の櫓で、弱い圧力でゆっくりと搾った木槽天秤搾りです。
奥伊吹山系の伏流水と地元農家による減農薬米を使用。昔ながらの少量手作りを最重点とし、濾過を極力抑えることで、深みのあるお酒に仕上がっています。
ずばり、香ばしい。柔らかく飲みごたえのある旨みと甘味が広がる芳醇な麦焼酎。
樫樽にて5年以上も寝かせることで、見事なまでにまろやかで香り高い美酒に仕上がっています。
南阿蘇の白川水と麦のみという、ピュアなお酒。飲みやすさは一番です。
芋の豊かな香りと風味が特徴的です。
黒麹の醸す旨さはとろりとした甘味にさえ感じられます。そしてそうでありながらも後口にキレも感じさせます。
二次仕込みの際に、水の代わりに焼酎を使っています。それにより、コクを持たせながらも後味のすっきりとした味わいになっています。
濾過を極力抑え、芋の風味と甘味をしっかりと残し、コクのある力強い味わいに仕上げています。
一口飲めば、黄金千貫の優しい香りと透き通った味わいを喉越しよくお楽しみいただけます。
黒糖の独特な香り、口当たりの軽さ、まりやかな味わいがあります。
・まっこい梅酒 ・梅の宿 あらごし梅酒 ・自家製梅酒・柚子酒 ・林檎酒 ・ライチ酒 ・バナナ酒 ・マンゴー酒・パイン酒 ・あんず酒
カシスベース カシスウーロン カシスオレンジピーチベース 上海ピーチ ファジーネーブルビールベース シャンディガフ レッドアイパッションベース パッソアパイン パッソアオレンジ
レモン カルピス ビワミン ウーロン
カシスオレンジ カシスソーダ ファジーネーブル 苺ミルク パッソアオレンジ パッソアパイン キャラメルミルク
抗酸化、血流サポート、冷え改善、リラックス。最も期待できる効果:ルチンによる血流サポート。具体的な症状例:冷え、むくみ、肩こり、軽い頭重感。
利尿作用、むくみ改善、整腸、血糖サポート。最も期待できる効果:利尿作用による水分代謝サポート。具体的な症状例:むくみ、体のだるさ、胃の重さ、食後の眠気。
抗酸化、血流改善、ホルモンバランスサポート、美肌。最も期待できる効果:イソフラボンによる巡りとホルモン調整。具体的な症状例:冷え、肌のくすみ、PMSのゆらぎ、気分の軽い落ち込み※PMSは月経前症候群のことであり、様々な心身の不調
むくみ改善、整腸、美肌、代謝サポート。最も期待できる効果:カリウムによるむくみ軽減。具体的な症状例:足のむくみ、顔のむくみ、体の重さ、便秘傾向。
肌荒れ改善、利尿作用、デトックス、むくみ軽減。最も期待できる効果:新陳代謝促進による肌トラブル改善。具体的な症状例:肌荒れ、ニキビ、むくみ、体の重さ。
デトックス、利尿、抗炎症、肌荒れ改善。最も期待できる効果:排出サポートによる肌・体内環境の改善。具体的な症状例:肌荒れ、便秘、むくみ、体の重だるさ。
ミネラル補給、疲労回復、整腸、代謝サポート。最も期待できる効果:ミネラルによる疲労軽減と体調安定。具体的な症状例:だるさ、食欲不振、軽い脱水、集中力の低下。
脂肪代謝、消化促進、抗酸化、口の中のリフレッシュ。最も期待できる効果:脂肪代謝サポート。具体的な症状例:食後の重さ、脂っこい食事後のだるさ、肌のくすみ。
疲労回復、整腸作用、美肌・抗酸化、血糖値の急上昇を抑える。最も期待できる効果:ポリフェノールによる疲労回復・血流サポート具体的症状例:身体的だるさ 眼精疲労、肩こり、肌のくすみ
疲労回復、抗酸化、整腸作用、血糖値の急上昇を抑える、脂肪代謝サポート。最も期待できる効果:リコピンと酢酸による脂肪代謝サポート・抗酸化作用。具体的な症状例:体が重い、代謝の落ち込み、食後の眠気、肌のくすみ、軽いむくみ。
疲労回復、整腸作用、美肌・抗酸化、血糖値の急上昇を抑える。最も期待できる効果:クエン酸による疲労軽減・代謝サポート具体的症状例:身体的だるさ、軽度の気分の重さ、食欲不振、肌の調子
ビワミンは「ワイン酢+米酢+ビワ葉エキス」を中心に、ビタミン・カルシウムハチミツ・ローヤルゼリーなどを加えた“飲みやすい健康酢”です。疲労回復、整腸作用、美肌・抗酸化、血圧の安定、カルシウム補給。最も期待できる効果:クエン酸とポリフェノールによる疲労軽減・血流サポート。具体的な症状例:慢性的な心身の疲労感、冷え、肌のくすみ、便秘傾向、軽度の高血圧
疲労回復、整腸作用、美肌・抗酸化、血糖値の急上昇を抑える。最も期待できる効果:クエン酸による疲労軽減・代謝サポート具体的症状例:身体的だるさ、軽度の気分の重さ、食欲不振、肌の調子
集中力アップ、代謝サポート、抗酸化、軽い疲労感の軽減。最も期待できる効果:カフェインによる意識のクリア化と集中力の向上。具体的な症状例:頭のぼんやり、気分の切り替えが必要な時、集中したい時、軽い疲労感
整腸作用、リラックス、食欲増進、免疫サポート、疲労回復。最も期待できる効果:乳酸菌による腸内環境サポート。具体的な症状例:お腹の張り、便通の乱れ、軽い食欲不振、気分の落ち込み。
疲労回復、整腸、美肌、代謝サポート、栄養補給。最も期待できる効果:麹由来の酵素による代謝サポートと腸内環境改善具体的な症状例:だるさ、肌のくすみ、便秘傾向、朝のエネルギー不足

